第20話 侵入

円形の大型ドームの観客席に、所狭しと並ぶ無数の学生達。そんな中、俺達が入場した瞬間……既に湧き上がっていた声が勢いを増す。どうやら会場内中央の上空より、ドローン数百台近くを用いて超巨大なモニターが掲げられていて……そこに我々の姿が映っているようだ。



「いやいや……マジでやりすぎだろこの規模……!!何千人いるんだこれ!!?」


「学園内のほぼすべての学生が集結してるから……何千どころか数万はいるね」


研究所入りディビエントという称号だけでも、本来は学生全ての憧れ。候補生だとしても……ホムンクルス研究を主軸に置くこの学園において、実際に彼らと契約を結ぶというは、この上ない名誉なのですわ」


「………そんな名誉を、この間まで2浪してた男が貰って良いのか……?」


「成績的にはもう研究所入りディビエントだし構わないでしょ」



そう言って、埜乃華は俺の背中を軽く押す。


観客席を抉るように設けられた一本の通路を恐る恐る進み、中央部の仰々しい真円のステージへと登壇していった。


……既に先客……いや、俺達が一番最後だったらしく、登壇していた者達が一斉にこちらを見た。



「あ、哉太さんと那奈美さん!!」



中でも、知っている顔が二人。まず一人は……



「え………八雲……!?なんでここに……確か研究所入りだったよな!?」


「はは……私もあのまま研究所だけで活動するつもりだったんですけど……埜乃華先輩に強制されて……」


「研究所にいたら食事以外永遠に寝るから、が必要だと思って」


「叩き起こす為に契約権を行使させるのか……!?」



だが当のお相手のホムンクルスの姿は無い。八雲だけでなく登壇している全員も同様だ。……そして、彼女も。



「…………水島」


「おや、いたのかい富和哉太。それに元脱走犯と……研究開発部の竜前主任。………樋口さんもいらしたんですねぇ、随分お暇な事で」


「お陰様でね」



あくまでも無表情で水島の嫌味を受け流す埜乃華。



「ひ、樋口さんは暇ではありませんわ!!ただやる事がなくて、取り敢えず私について来て下さっただけですの!!」


「”暇”の地盤を固めちゃってるよ竜前さん」



あくまでも無表情のままつっこむ埜乃華。



「………お前、本当にレルンさんと契約を……」


「何か問題が?研究所入りディビエント候補生以上であれば、学年問わずいつでも使える権利なのだがね」


「俺は認めねぇからな。お前みたいな考えの奴と……ホムンクルスを一緒に行動させるなんて……」


特例お情け入学の人間の意見など、聞くに堪えんね」



あくまでも小馬鹿にしたような態度の水島に、思わず苛立ち睨みつける。何を言っても……コイツには微塵も響かないらしい。



「ち……ちょっとお二人ともどうしたんですの!?な、仲良く……」



あからさまに慌てふためいた竜前さんが、オロオロしながら仲裁に入ろうとした。……それを見て、ぐっと怒りを心に抑え水島から目を逸らす。



「………」


「……何も、言わないんだね。那奈美」


「私が何か言い返しても、余計に哉太が悪態突かれるだけだしね。……まぁいずれは骨ごと溶かすけど。あの女」


「…………さすが。……じゃ、私は観客席に行くから。あとはよろしくね竜前さん」


「ま……任されましたわ!!」







『さぁ!!!遂に集結致しました本年度の契約者10名が!!!』


しばらくして、会場内に女性の甲高いアナウンスが轟々と響き渡る。それに呼応し会場内の学生達が一斉に声を上げ、全身が振動でビリビリと揺れ始めた。


『類稀なる成績を修め、今後の研究に多大なる影響を齎すであろう名誉ある方々を、今ここで!!歓声を以って讃えようではありませんか!!!』


「「「「ウオオオオォォォォオオ」」」」


「アメリカのスーパーボウルかよこの歓声………。無駄に緊張してきた……。あれ、埜乃華は?」


「樋口さんは、観客席の方に移動しましたわ!」


「そうか…………で、竜前先輩は………」


「え?だって私は……」



『ではまず最初にご紹介するのは!!!我が学園都市を支える無数の特殊装置ガジェットを日夜開発し、更には約定環フルリング全ての設計、製作、調整を行った、まさに彼らとホムンクルスとを結ぶ架け橋!!!研究開発部、竜前英玲奈主任です!!!』


「………ええぇ!!?そ、そうなんですか竜前先輩!!?すげぇ!!!」


「そ……そんなに褒めないで………あ、いや………そそそそーーーですのよ!!!優秀なんですの私!!!褒めて褒めて崇め奉りなさい!!!」



明らかに褒められ慣れていない露骨な赤面を浮かべつつも……半ばヤケクソでスタッフからマイクを受け取り、客席へと高笑う。その瞬間煽られるように歓声が上がった。



『続いては、倫理的問題によって二度の浪人を経験しながらも……謎の話術と謎のカリスマ性で我が研究所が誇る最強のホムンクルスを篭絡し、その能力を買われ入学を果たした!!!謎の元浪人生、富和哉太さんです!!』


「全部が全部不名誉な気がする……」


「私が篭絡したんだけどねー」


「そういう事じゃねぇ!!」



しかし、俺の番でも歓声は上がる。……もはや取り敢えず叫びたいだけの集団な感じだが……取り敢えず軽く頭だけは下げた。



『そして、研究所入りでありながらも急遽契約コントラクトを希望した新入生!!!床でも土でも針山さえも全てが寝床!!!東雲八雲さんです!!!』


「さすがに土は汚れちゃって嫌ですねぇ」


「針山はイケるのかよ……」



………そうして、宛ら地下格闘技の様な紹介が立て続けに行われいき……最後に、水島の名が会場内に轟く。



『最後は唯一の二年生!!類稀な分析能力を備えた現役の研究所入りディビエント!!水島桑鳲みずしま いかるさんです!!!』


「……やっと私か……なんとも騒がしく無駄な時間だ」



至って退屈そうに、瞼を擦りながら欠伸をしていた。



『以上が計10名の契約者!!!………そして、そんな彼らと契約を結ぶホムンクルスの方々の登場です!!!』


……俺達が入場した通路から、列を成した人影が現れる。


恐らく彼らが契約を行うホムンクルスなのだろう。飽く無く湧き上がる声をそのままにして彼らはステージへと登壇し、俺達の眼前へと立ち並ぶ。


当然、レルンさんもそこに居た。



『さぁさぁ!!!ここからは一層熱く、彼らホムンクルスの紹介に移ります!!!』


「………これ、まだ続くの?」


押し黙っていた那奈美が、身も蓋も無い愚痴をこぼした。



『まずは、先程紹介した宇陀神うだがみグリス君のパートナーで……』



「では私は約定環授与の為、ステージの中心に移動しますわね。……また後程」


「あ……はい。了解です」



そう言って、竜前さんは足早に中央へと向かう。


……其処に置かれている金色の杯の様なテーブルの上へ、先程俺達が見た指輪の箱と同じようなものを次々に並べ始めた。



「あれもその……約定環とかいうやつか……」


「ね、哉太。授与の時は私の左手薬指に嵌めてね!!私も哉太の薬指に嵌めるから」


「なっ……何言ってんだよ……。ていうか勝手にオーダーしたって言ってたけど、俺の指のサイズなんて分からないだろ?そもそも嵌まらないんじゃ……」


「それは大丈夫。哉太の指のサイズを目視で推し量るなんて、私にとっては造作も無いから」


「造作はあってくれよ怖いから……」


「ほら哉太、右手出して」


「……右手?何で?」


「いいから出して!」



言われるがまま、右手を出す。



「左手じゃないからまだセーフだもんねーー………ほらぴったり!!どう?目視でも完璧でしょ!?」


彼女の言う通り……指輪は俺の右手の薬指にすっぽりと違和感なく嵌まった。


「うおっ………す、すげぇな那奈美……マジでピッタリじゃないか……」


「ふふ、これで事前練習はばっちりだね」


「あぁ。確かにばっちりだな……………ん?」


そこで違和感に気付く。


「お前、これ……何だ?」


「何って………私達の約定環じゃん。さっき見たでしょ?」


「…………いやいやいや!!何でお前が持ってるんだこれ!?さっきは見せてもらっただけだろ!?」


「鞄から狙った物品をスティールするなど、私にとっては造作も無いよ」


「やかましい!!すぐ戻して来なさい!!!」


「えーーー………。……はーい」



急いで物品の返却を指示する。………案の定、俺達の約定環が無い事に気付いた竜前先輩が5歳児の様に慌てふためいていた。可哀想に。



「………楽しそうですね」


「えっ………」



那奈美が竜前先輩の下へと向かった直後、一人となった俺に誰かが声を掛けた。……見るとそれは俺と同じくらいの背丈、且つ中性的で……男物の服を着ていなかったら完全に女性と見間違えていたであろう眉目秀麗な学生だった。



『続いて3人目は新入生、森野理名さんのパートナー!!!名は……』


「あの子、あなたと契約するホムンクルスですよね?」


「あ……え……は、はい。そうですけど……」



何故だろう。ただ目が合っているだけだ。しかし思わず息を呑んでしまう。……暗く、濃い深緑の瞳。


張り付けた笑みは、抱え持つ歪な感情を仮初に抑えているだけの様に見える。確かに見ている筈なのにその姿の輪郭はどこか漠然としていて、言い知れない恐怖さえも覚えた。


一言、感想を抱くなら………人とは思えない。



「でも彼女は、違いますね」


「ち、違う……?何が……」


「純正じゃない、という意味です。……が聞こえない」


「声………?」



『次に7人目の紹介です!!!』



アナウンスは止まず、次々に紹介を続けている。



「………途絶えて尚、嬲られ……辱められ………。挙句の果てには、何も知らない奴らの赤子達がそれを希望として、未だ弄び続けている」



歓声も鳴りやまない。……だがその中でも、彼の声は鼓膜に張り付く。



『そして最後は10人目!!!水島桑鳲さんのパートナー、レルン・ディエスさんです!!!』



「そんな諸行に対する……」



『……では、契約者の方々!!彼らの前へと進んでください!!!』



最後に、彼は俺の耳元で囁く。



の嘆きですよ」



………俺と竜前先輩を除けば、登壇している人間は9名の筈だった。


しかし、今視界に移るのは……を入れて、10名。



「お前………誰だよ……!!?」


その瞬間、前方より悲鳴が木霊する。


咄嗟に視線を移すと……立ち並ぶホムンクルスの内数名が、激しく悶え苦しみながらステージ中央にて暴走していた。


まるで、何かに取り憑かれたかのように。



「うーん……。まぁ、君達が”原初の細胞”と呼んでる……化物共の末裔ですよ」



暴走する彼らの中には……レルンさんの姿もあった。

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