第18話 夜這
夜。時刻は23時過ぎ。
異様に眠れない。……昼間のレルンさんの事がどうしても気になって。しかし直接聞いてもこれ以上の答えは聞けなさそうだし、水島や七瀬さんの父親の事について露骨に調べまくるのも色々と怪しい。……埜乃華ですら水島の事はあまり分かっていない様だし、後者に関しては七瀬さんも詳しく語ったことは無いとのことだった。……何か親子の確執でもあるのだろうか。
「くそ……瑞葵さんにも聞きたいけど電話繋がらんし……八雲だって新入生だから知らなさそうだしな……」
うじうじと、時間だけが過ぎていく。
………そういえば、あの時電話で……明日は契約式とかいう催しがあるとか言ってたな、瑞葵さん。
「……そこに行って、やっぱり直接何か聞き出すか……」
もはや執着レベルの所まで来ている気がするが、どうにも胸騒ぎが止まないのだから仕方ない。……そうと決まれば、さっさと寝て明日の契約式(隠密出席)に備えねば。
……と、ベッドに首まですっぽりと入った直後、ドアの向こうで小さなノックが3回聞こえた。
「…………はーい」
「あっ………か、哉太?……少しいいかな……」
「那奈美……?あぁ、今開けるから待っててくれ」
昨日の朝とは真逆と言えるほど神妙な声色だった。取り敢えずベッドを抜けて歩み寄り、ドアの鍵へと手を掛ける。
ゆっくり開けると……変わらず黒ジャージ姿の那奈美が、俯きながら立っていた。
「ど、どうした……?」
「入って……いい?眠れなくて」
「あぁ、別に……いいけど……」
いつもの内耳まで破壊し兼ねないテンションは何処にいったのか。入室を促すと、彼女は首を一度こくんと落とした後ゆらめく様に足を踏み入れた。
……だが、何故か向かう先は俺のベッドで、さも当然かの如くシーツに身体を入れ込んでいる。
「いやいやいや、何してるの那奈美さん」
「……哉太も入って」
「いやいやいやいや、何言ってるの那奈美さん」
流石にその要求は聞き入れられないので、ベッドの傍らにある簡易的な椅子に腰かけた。
「入って。………入らないと消すよ、西日本」
「東に居ながら西を………!?」
那奈美であればギリッッッギリで実現してしまいそうな脅迫に負け………俺はおそるおそるベッドへと登り、彼女から出来るだけ遠くの端の方へ腰を落した。
「照れてるの?………もっと近くに来てよ」
「いや……流石にこれ以上はちょっと……」
「西がどうなってもいいの?与那国島まで沈めるよ」
「見方によっては最西端じゃねぇか………ごめんごめん」
何の所縁も無いが、俺が少し彼女に寄れば本土の西側は助かる。
謎の責任感を以って、再びおそるおそる彼女の方へと身を寄せた。
「………近いね」
「そりゃ……そうだろ、寄ったんだから……」
何なんだいきなりこの状況は。………ていうかそもそも、那奈美と出会ったあの日いきなり抱き着かれた時も爆裂するくらい心臓が慄いたのに、こんな同じ空間で近い距離となると……爆裂とまではいかなくとも炸裂くらいはしそうだった。
「やっぱり、意識はしてくれるんだ。ホムンクルスでも」
「か、からかってんのか?……って………うぉっ……」
突然、横から那奈美が飛びこんでくる。反射的に受け止めてしまった結果……腕を自然と彼女の背中側へと回してしまっていた。
「わぁ、大胆だね」
「ちがっ……!!落ちるかと思ってつい……」
「ねぇ哉太、分かってる?」
「………な、何が」
「今この部屋に居て、哉太に抱き着いてるのは、世界一哉太の事が大好きで……哉太の事本気で自分のものにしたいホムンクルスだって事」
「ぐっ………んな……な……」
「テンプレートなラブコメヒロインみたいに、なんだかんだで一線は超えないなんて……思わない方がいいよ。私は、最短距離で哉太と結ばれたいの」
そう言って、徐に俺の右手を掴んで引き上げる。……もう頭の中は何が何だか分からなくなっていた。
「お、おい……なに考えて……」
「ねぇ哉太。いいよ」
「は、はぁ!?」
「とぼけなくていい。………しても、いいよ」
いつしか赤面していた彼女の表情を見て、そしてその言葉の意味について思考した結果、ついに脳が沸騰した。
荒れ狂う呼吸と鼓動を、辛うじて残っている理性が決死の想いで抑え込んでいる状況だった。
「だ………だぁあああぁ!!!何言ってんだ那奈美!!……も、もう出てってくれ!!」
「やだ。絶対する」
「ぐっっ……力強っ……!!」
情けなくも非力な俺の腕は逆らえず……どんどんと彼女の身体へと引き寄せられていく。
「お、おい那奈美!!ダメだって!!!こんな事……!」
「……怖がらなくていいよ。ほら哉太」
「や………やめろおおおぉぉぉおおおぉぉお!!」
最後の理性を振り絞って、俺の慟哭は夜の静寂へと呑まれていくのだった。
◇◆◇
「はわぁあ~~~………!!きもちぃ……最高ぉ………」
「…………」
………夜。時刻は23時10分頃。
先程、魂ごと燃やし尽くす勢いで理性を振り翳した俺の汗だくな身体、もとい右手は今……那奈美の頭頂部にて、一定のリズムで左右に揺れていた。
「あっ……やば……最高過ぎる……」
「那奈美………。これって……」
「えっ?………あっ……頭……撫でられるのって………ん……最上級の……愛情表現ん……なんでしょ……?」
「………」
「だからずっと私……哉太にこれしてもらうの……夢だったんだぁ……あぁ~~やば……白目剥きそう……」
……無知とは、ここまで人を躍らせるものなのか。
これでは完全に俺一人だけ勘違い変態男エンドじゃないか。
だが………彼女のそれ系知識の乏しさ故に無用な過ちを犯さずに済んだ。……いや、乏しくなくても誤らなかったんですが。絶対に。
「ほらもっと撫でて哉太ぁ」
「…………分かったよ。撫でりゃいいんだろ……」
観念して、自ら能動的に手を動かす。……緊張からの解放で、もはや彼女の距離感に慣れ始めてしまっていた。
「わ………んぐ………ぅ……わはぁぁ……!!」
「変な声を出すな頭撫でたくらいで」
「な……撫でたくらいで!!?……もしかして他の女の頭撫でた事あるの哉太……」
「あるわけないだろ!!」
「っていうか、昼間から会わないうちに……埜乃華と、もう3人知らない女の匂いするんだけど」
八雲とレルンさんと……水島の事か?……どんな嗅覚をしてるんだ……
「こないだの東雲って子と、同じ討究学部のホムンクルスの子、あとは……埜乃華の同期の研究員だよ」
「んなっ!!知らない間にもう女侍らせてる!!?………くっ……明日にでもそいつらの頭皮剥がして……塩酸に付けなきゃ……」
「スプラッターでも出てこない文字列やめて……。ただ知り合っただけだから……」
………相変わらずの発言をあしらい、許しが出るまで頭部を撫で続ける。
はじめはいちいち変な声をだしていた那奈美だったが、いつしか口数が減っていき……最終的には俺を含め、無言になった。
寝ている様子はない。だが妙に静々とした雰囲気を醸しつつ、まるで探るような声色で、那奈美が口を開いた。
「哉太。昼間はごめんね。……いきなりあんなこと言っちゃって……」
昼間………。
”全てのホムンクルスを消して、コアを奪う”。この発言の事だろう。何故いきなり……。
「……………いつから、そんな事考えてたんだ?そもそもコアを奪って永遠の命が手に入るなんて話、何処で……」
引き続き撫でながら、会話を紡ぐ。
「半年前、別の研究所から数人の研究員が何かの用事で楼ヶ峰に来たの。………その日の昼、全員が荷物置いたまま食事に行ったタイミングで、暇だったし全部漁ったの。荷物」
「暇を理由に漁らない方がいいよ」
「そしたら、誰かの荷物から論文をまとめたファイルが出てきて………その中から、全ホムンクルスから核を得て、人間を永久的に生きられるようにする技術についての論文を見つけたの。結構古くて……12年くらい前のやつだったけど」
「………ん!?論文!?………論文を見て、その考えに至ったのか!?」
「……そう……だけど」
そんな内容が書かれたものなど、そうこの世にあるものじゃない。きっと、俺が昔見たものと同じなのでは……!
「そ、その論文の著者……誰か一人でも覚えてるか!?」
いつしか、彼女を撫でていた手は動きを止めていた。
「著者……?確か……単著論文だったからそもそも一人だったと思うけど……」
「は……?一人で……?それだけの内容を……?」
単著論文でさえ珍しいというのに、ホムンクルス研究という莫大な資金と大規模な施設を有する研究を……一人で行ったってのか……?
「名前はね……えっと、さらっと呼んだだけだから苗字しか覚えてないんだけど……」
「……あぁ、それだけでもいい。教えてくれ」
急かす様に問う俺とは相反して………彼女は至って淡々と、その名を告げた。
「確か………七瀬……っていう研究者だったよ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます