第15話 懸念
「では、私は再び最高の仮眠を求めて
「研究は………?………色々話させて悪かったな、ありがとう」
食堂を出て、軽く手を振りながら八雲と別れる。
………暴走し、七瀬先輩を傷つけてしまったホムンクルスが、先程俺に声を掛けてきたレルン・ディエス……。
「”もうすぐ、いなくなる”………か」
彼女の背景をある程度知った今では、あの言葉がとても軽いものとは思えなくなっていた。
退学?……いや、理由が無い。彼女も楼ヶ峰研究所のホムンクルスであれば居住もこの学園都市内で管理されているだろうし、わざわざ別の研究機関……それもホムンクルス特化の教育設備が整うという希少な所へ移るとは考えにくい。
会話した限りでは微塵も危険な印象は無く、大学を辞めさせられその後も研究所で拘束され続けるような問題行動も……最初の暴走以降、起こしているとは全く思えなかった。
あと他に、いなくなるという意味に合致しそうなものは………
「…………殺処分………」
七瀬先輩の父親はレルンの殺処分を嘆願した。”七瀬”という研究者に思い当たる著名な人物は思い浮かばないが………もしある程度上を動かせる権力があった場合、時間を掛けてでもその処分を強行する可能性はあり得なくはない。
「でもそれじゃおかしいよな………。予めその事実を知ってなきゃ”いなくなる”なんて自分から言えないし………」
物騒な考えばかりが浮かんでしまうが、どうにも胸騒ぎがしてしょうがない。
「ってことはまさか…………自分で………?」
レルンが、自分自身が起こした暴走事故について知らない筈は無い。……そうなると、少なくともその事について罪悪感や自己嫌悪が生じる。もし、それらが彼女の中で……この上ない程に膨れ上がってしまっているとしたら………
「…………っ!!」
この可能性の方が……はっきり言って高い。
………呑気に昼飯なんて食ってる場合じゃなかった!!……こんだけ広大な学園内だ、殆ど人目に付かない場所なんていくらでもある……。
………レルンと話をしてから、およそ一時間弱。かなり時間が経ってしまった。
「とにかく見つけて……止めるしか……」
俺の考えすぎであればそれでいい。しかし……一ミリでも最悪の可能性があるなら見過ごすわけにはいかない。
……取り敢えず俺は、一時間前彼女と出会った講堂方面へと全力で走り出すのだった。
◇◆◇
「レルン!!!レルン・ディエス!!!どこだぁ!!!」
ものの数分で元居た場所へと戻り、そこから彼女が進んだであろう進路を爆走する。当然周囲の人々の大注目を浴びるが最早それどころじゃなかった。
「ハァ……ハァ……そりゃ……すぐ見つけられるわけ……ねぇよな……」
あの後、念のため瑞葵さんに連絡して手の空いている研究員等、彼女の事情を最低限知っている人たちを捜索に当てて欲しいと、電話で頼んではみたが……
「っ………!瑞葵さんから……」
その時ちょうど、彼女から着信が来た。
慌てて懐からスマホを取り出し耳に当てる。1秒程度の間の後に、どこか困惑した調子の声が聞こえて来た。
『………哉太、見つかったかい?彼女は』
「えっ……てことは、瑞葵さん側が見つけた訳じゃ……ないんですか!?」
『そうだ。だが……名を聞いて思い出したんだが、彼女は
「………と、いうと……?」
『明日行われる、”契約式”に先駆けて……今後パートナーを結びつける為のガジェットが配布されているんだ』
契約の為のガジェット………?
もしかして先日、河瀬先輩が腕につけていたような……
「あのリストバンドみたいなやつですか?」
『……いや、ガジェットの形態などは個人でカスタマイズできるが……ともかく、それには互いに居場所を特定できるGPS機能が搭載されている』
「っ……てことは!!それで位置が分かるんですね!?ど、どこですか瑞葵さん!!?」
………だが、彼女はすぐには答えなかった。
「?……瑞葵さん?早く教えて下さい!!」
『哉太……先程電話で、講堂に向かうと言っていたが……今はどこだ?』
「えっ!?………い、今は……えっと、講堂から多分500メートルは東に行った………あ……”ミレトリア”っていう名前のデカいレストランが建ってる路地……です」
『…………それが………GPSも、そこを指してるんだ』
「はぁ!?」
咄嗟に、周囲を360度見回す。………だが当然彼女の姿は無かった。
「………いませんよ……?レルン……」
『では……何故、哉太と位置が……』
有り得ない状況に、ただでさえ焦りと不安で当惑した思考が更に乱れる。
……そんな時、後方から俺を呼ぶ声が聞こえた。
「何してるの?………哉太」
「っ!!………の、埜乃華……と………?」
振り返ると、そこには埜乃華……ともう一人、見知らぬ女性が立っていた。
その服装は……白衣やフォーマルな格好の人々が往来する中で、どこのものかも分からない高校生の様な制服を極限まで気崩した、まさしくギャルの………ん?
「あっ!!……初めてここに来た時にぶつかった人……!」
そうだ。その時、この子が持ち物を落として………。
落とし物って事で相応の受付に届けるのをすっかり忘れていた。その上横着してたせいで、まだリュックの中に入れっぱなしだ……。
「あ、そうそう。あの時私、”見た事無い学生”だなんて言ってたけど実は……」
「あ………あ……」
何故かそのギャルは顔を赤らめ、こちらを見ないよう必死に顔を背けているが……今はそれどころじゃない。
「埜乃華!!この辺りで、白いワンピース着た黒髪の………レルン・ディエスっていう名前のホムンクルスの子を見なかったか!!?」
「っっっ!!」
「え………?なんでレルンちゃんを探してるの?」
「詳しい話はあとだ!!!とにかく居場所が知りたいんだ……何か分からないか!!?」
「いや………て言うか……」
『哉太!!』
そこで、耳から離していたスマホより、瑞葵さんの声が聞こえる。
「ど、どうしました!?」
『ていうか君………もしかして持ってるんじゃないか?』
「何をですか!?」
『その、彼女のガジェットだよ。どこかで拾ったとか……』
「いやいやいや、そんなもの拾ってる訳………」
……………。
数秒の沈黙後、半ば脊髄反射で己のリュックを漁る。
そしてあの時拾ったブレスレットを……皆の前で取り出した。
「あっ、それ……こないだ哉太が……」
「ぅっ………!あ………わ……」
「これ、お返しします………」
ほぼ無思考のまま、ブレスレットをギャルに渡す。相手も依然顔を真っ赤にしながら、反射的にそれを受け取った。
「………」
そして、俺はその場から無言で後ろへと走り出す。彼女たちとの距離を遠ざける為。
「何してんの哉太……」
「………瑞葵さん、俺今……その場から離れたんですが………どうですか?
GPS……」
……ほどなくして、再び瑞葵さんが淡々と結果を言う。
『………一歩も動いていない』
「……………マジすか……」
そこで、何も知らない埜乃華は至って普通に……悉く呑気な声でギャルに話しかけた。
「ブレスレット、戻ってきて良かったね。レルンちゃん」
「あっ………!あっ………!」
「レ………レル……ン………!?」
目の前で、半ば泣きそうになりながら赤面し続けるそのギャルの相貌は、目を凝らしてみると………あの時、哀し気な顔で微笑んでいた筈のレルン・ディエスの面影が、疑いようがない程はっきりと表れていた。
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