第6話 到着

「…………マジかよ………」



約30分程度の車移動、その果ての目的地は、楼ヶ峰研究所と大学が包含されている巨大なキャンパスの門前であった。……受験で二回、そして先程のテレビ越しで計3回以上は見ているが、やはりこの桁違いの規模には圧倒される。


……埜乃華は、自ら足に負った傷に車内で応急処置を施し、血に濡れた白衣を替えのものと交換した後、未だ平然とした顔でここにいる。病院のある場所で降りて処置して貰えと何度も言ったが、”まだやることあるから”の一点張りで微塵も話を聞いてくれなかった。



「マジだよ哉太。……ついさっき、室長からOK出たから……学園側の申請通ったら君は楼ヶ峰大学の一員として迎え入れられる筈」


「い、いやいや展開早すぎてついていけないって!!……こんなの異例中の異例じゃないのか!?ついさっきまで二浪してた一般人なのに、試験も受けずに即入学って……」


「何度も言うけど、成績的には問題ないんだし……この子を制御できる唯一の存在っていうアドバンテージはウチとしても即欲しい人材なの。だから切り替えていこう。はいっ」



軽く彼女が手を叩く。そんな子供だましで受け入れられる程純朴な歳ではないのだが。



「っていうか、何で私まで入学させられる訳!?」


「哉太という制御装置が手に入った今なら、あなたのその捻じ曲がった倫理観を彼経由で徹底的に矯正できるという判断。……不満?」


「好き勝手言ってくれるなぁ………私こんな所で知らないし知りたくも無い他人と生活なんて絶対嫌だから!!」


「あらぁ?………じゃあいいんだ?………哉太と、出来なくても」


「んぐっ………」


「この学園都市で、哉太と思う存分キャンパスライフを楽しめなくても……いいんだね……?」


「っぎぃ~~~………」


「どういう説得なんだそれは……?俺と入学する事にアドバンテージなんぞ無いだろ」


「さぁ~~~テンプレートな鈍感は放っといて、どうなの?入学したいの?したくないの?ほらほらっ」



再び埜乃華は軽く手を二回たたく。


意味不明な誘い文句を付け加えられても、そんな子供だましを受け入れる程単純では……



「入ります~~~~~!!!」


「入るんかい!!!どういう心の変遷を遂げたんだこの短時間で!!」


「よく言えました~~~。んじゃ、入学に先駆けて………早速キャンパス見学しようか。それ以外のめんどくさい手続きとかルールとかは、追々私から二人に説明するから」


「切り替えが速すぎるなお前は………。っていうか早く足を看て貰えよ!せめて研究所の人間に………」


「見学終わってからね」


「………お前は昔から何言っても聞かないな………!!」


「その通り」


「はぁ…………。じゃあ、簡単で良いから頼む。終わったら速攻で看て貰えよ」


「りょーかい」


「…………というか研究所は俺に、具体的に何をさせたいんだ……?」


「まぁ、端的に言えばこの子を他のホムンクルスとか人間達と交流させて、その中で精神面の安定とかその他の成長を促す為、哉太が言ってた通り保護者として見守って欲しい………って感じかな」



……そこで少し、首をかしげる。


種族単位のみの話をするならば………俺は一応人間、彼女は一応……ホムンクルス。



「いや、学部が違うだろ」


「ん?」


「二人して入学しちまったら、人間側とホムンクルス側で学部分けられて、ろくに会話も出来なく………」


「そこは心配いらないよ、哉太」



突然、左方から聞き覚えのある声が鼓膜を揺らした。咄嗟に声の主を振り向くと、長身で白衣を着た赤髪の女性が、静かにこちらへと向かってきている。



「は!?あれ………瑞葵みずきおば……」


「おおおおおおい君ぃ~~~~………今”叔母おばさん”と言いかけたのかい……?」



極めた縮地でも使ったのかという程に、一瞬で彼女と俺の距離が無くなり……いつの間にか俺の喉元へ、何処から出したかもわからない一本のメスが突きつけられていた。



「ひぃっ!!!すんません瑞葵さん………親殺しにも向けない様な殺意はやめてください………!!」


「分かればいいのだよ哉太。………いやぁ、随分久しいね」



恐怖に慄く俺を見て、心なしか若干悦に浸った様な表情を浮かべてその物騒極まりない代物を懐へとしまう。



「ち、ちょっと!!哉太になんてことするの!!?まず誰よあんた!!」


「……室長。富和瑞葵室長だよ」


「室………………えぇっ!?み、瑞葵さんって………この研究所の職員……だったんですか!!?」


「あぁそうだよ。知らなかったのかい?」


富和瑞葵。俺の母親の妹……要するに叔母である。年齢は多分10は離れていたと思う。昔からちょいちょいは逢っていたが……相変わらず不気味な程に若々しく、一切隙の無い人だ。………いや、まぁそれは別として、まさか自分の身内がこのキャンパスに、しかも白衣を着て登場するとは夢にも思わなかったので、未だに脳の処理が追いついていない。


「え、えぇ……。だって仕事について聞いてもはぐらかされてきたし、イベントとか法事で親戚集まった時も……”シリーズ優勝時並みにアルコールをソロで浴びまくる妙齢のヤバい人”って印象しかなかったし……」


「その脳内評価については後日改めて鉄槌を喰らわせるとして、入学についての説明は一部、私が変わろう」



反論も許さぬ程に間を置かず、彼女は続けて口を開き続けた。




「君は、彼女と一緒に………”楼ヶ峰大学生命科学部、特殊能力討究学科”に入学するんだ」


「…………え、その学科って………」


覚えている。俺が志望していたのは人工生命学科だったが……、特殊能力討究と言えば………



「そう。人間とホムンクルスの比率凡そ1:9。ほぼ彼らホムンクルスのみが占める学科だ」


「なっ………!!?」



………いや、彼女と行動を共にするうえで学部が同じなのは至極当然の措置で、揃える学科は……万が一彼女が暴走した際に、設備的にも人員的にも緊急性に適応した環境で固められた、彼ら側になるのは頷ける。


ただ……俺はともかく彼女を、大勢のホムンクルスが在籍する環境に……




「どうした?その表情、もしかせずとも何か……思う事が?」


「…………いえ、何でもありません」




一瞬、無意識下で……昔科学誌で目にしたホムンクルスに関する或る論文を思い出した。だが、それは現状杞憂でしかないだろう。論文自体のエビデンスレベルも低く、彼女が故意にそんな事をする筈が……




「そうか。………なら、私からの説明はこのくらいだ。後は引き続き樋口主任に建物の案内をお願いするよ」


「了解しました。…………それと、室長」



立ち去ろうとする瑞葵さんを、埜乃華は若干低い声色で呼び止める。




「なんだね?」


「………私は、反対です。退任の件と………次期室長の件」


「はは、またそれかい?……彼は優秀だ。志も純朴で清く、そして現実的だ。心配いらないよ」


「……………」


「え?何?……退任って……!?」


「じゃあ、健闘を祈るよ学生諸君。数奇な青春を楽しみたまえ」


「ちょっと瑞葵さん!?それっぽい捨て台詞でスルーしないでくださいよ!!」



俺の呼びかけに応じず、彼女は軽い足取りで我々の下から去り、そのままキャンパス出口の方へと去ってしまった。




「室長、ドイツの研究機関からずっとヘッドハンティングされてて、今月を以てそっちに所属を変えるみたい」


「ド、ドイツ……!?そんなに優秀なのあの人……?」


「本当に知らないんだね身内なのに………。ま、あの人の凄さについても追々語らせてもらうよ」


「どーーーでもいいけど、あたしお腹減ったーーー」




全く興味のない様子で、彼女が腑抜けた声と共に空腹を告げる。




「テンポ狂うな………。じゃあ、まずは食堂まで案内するよ」


「わーーーい!当然お金ないから埜乃華のおごりねーーー」


「悪い……俺も財布から何まで全部家だわ……」


「いや、別に最初から奢るつもりだったけど………」




………そう言って、一同歩き始めた直後だった。


俺達の前を、一人の女性が走り抜けていく。……髪色は金で、サイドテールの様に右側へ束を作っており……白衣やフォーマルな格好の人々が往来する中で、どこのものかも分からない高校生の様な制服を極限まで気崩した、”オタクに優しいかは置いといて取り敢えずギャルな事は確実”といった装いだった。



「な、何だ……?すげぇ焦ってる感じだったけど」


「顔見えなかったけど、私……あんな格好の学生見た事無いかも」


「どーーーでもいいけどお腹へったーーーーー」




………そこで、地面を一瞥する。


突然の出来事に視覚以外追いついていなかったが……足元に、銀色のブレスレットが落ちていた。………今通り過ぎた学生のものだろうか。


後ほど事務局に届けようと、取り敢えず俺はそれを拾い、先程自宅を飛び出す前……パニくった結果何故か財布よりも優先して懐に入れていたハンカチに包んで、出来るだけ丁重に仕舞うのだった。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る