第24.5話 死にたい俺の現実
「……寝たか?」
名残惜しいが
「おやすみ」
部屋の電気を消して部屋を後にする。途端に緊張の糸が途切れ息が零れた。
ほんとうに理性が持ってくれてよかった。
それだけ信頼を寄せてくれてるってことなんだろうけどさ。
複雑な心境のまま靴を履いて外に出る。そこで重要なことに気付いてしまった
「そういや鍵どうするんだ?」
もちろん俺は鍵を持っていない。つまり俺がこの家から出れば、一晩ここの出入りが自由になるのだ。
女性のひとり暮らしで夜に鍵が閉められていないなんて、不用心極まりない。だったら安全面を考慮して俺がここに泊まるべきか?
…………なんて、家に帰りたくないからか変な言い訳考えてしまったな。
自分の思考回路に呆れて白い息を吐く。
この現代日本において空き巣はそう多くない……はずだ。データがあるわけではないがそういう事件をあまり耳にしない。一晩ぐらいこのままでも大丈夫だろう。
それともこういうのを平和ボケと言うのだろうか。
浮かれていた心を冷ませるように夜風が襲いかかってくる。今では温かかった手も随分冷たくなっていた。まるで先程までの幸せな記憶が夢だったかのような錯覚を覚える。
でも、夢じゃなかったんだよな。
最寄り駅に向かう電車に乗り、確かめるように両手を見つめる。
俺よりひとまわり小さくて、柔らかくて、温かい手。少し力を込めれば壊れてしまいそうで怖くもあり、だからこそ守りたくなる。
『フォレスト』で全部じゃないだろうけど、過去の話を聞いたのも原因かもしれない。
世の中あんなにも凄惨な過去を持っている人だっているんだ。それに比べて俺の家庭の事情なんてありふれたもの。そんなものに絶望するなんてアホくさくなってきた。せめて高校卒業ぐらいまでは耐えてみせる。
今を立派に生きている彼女に敬意を示すように、力強い一歩で電車から降りた。
そのまま住宅街の歩き慣れた道を辿る。自分の家に赤い車が止まっていても俺は迷わずドアを開けた。
『ただいま』は言わない。どうせ『おかえり』が返ってこないんだから。
リビングに足を向ける。部屋を開けてまず感じるのはアルコール。換気をしていないせいか、匂いが篭っていて頭がクラクラする。
「あ~? やっと帰ってきたのか」
あぐらをかいていた”男”がのそり立ち上がりこちらへ近づいてきた。俺が何もせずに見ていると”男”は大きく拳を振り上げる。
「──かはっ!?」
拳が見事に腹部へ直撃し思わず膝を付いた。激痛に顔を歪めても”男”はやめず今度は横腹に蹴りを入れられる。
「まったく、何度言えば分かるんだ。オレが帰るまでに粗方家事は終わらせろ」
「す、すみませ……」
「声が小せえ!」
「ぐっ……」
変な抵抗はせず、されるがまま理不尽な暴力を受け入れる。普段ならここで終わるはずなのに今回は攻撃が緩まない。
「くそっ! くそっ! あの上司、オレにクレーマー押し付けやがって! オレをこき使いやがって!」
暴言を吐き散らし、日頃の鬱憤を晴らすように踏みつけられる。どうやら今日は仕事でトラブルがあったようだ。
いつ終わるか分からない暴行に必死に耐える。全身の痛みで痺れてきた頃、スッキリしたのかタバコの匂いと共に足が退けられた。
「はぁ……とにかく飯作れ。風呂上がる前に用意できなかったら分かってるな?」
一方的な言葉を吐き捨てられて俺は痛む体を起こす。このまま自室に戻り休みたいが、そんなことは許されない。冷蔵庫から食材を取り出して夕食の用意を始める。とはいえ、時間がないので簡単な生姜焼きだが。
ご飯は炊いてないので昨日冷凍していたものを解凍し、サラダを生姜焼きの横に盛り付けて一人分の夕食完成。俺の分は時間があれば後で作ろう。食事より今は休みたい。
俺はすぐ部屋に向かうととベッドに全体重を預ける。このまま眠ってしまいたい……が日課があるのでまだ眠らない。
ただ、まだ今はこのまま休ませてほしい。
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