第51話 死にたい私の勇気

 明日が早く来てほしい……なんて思っていた時期が私にもありました。


 次の日、二枚のムービーチケットを持ってバイトに出かけたことまではよかった。でも話しかけるタイミングが見当たらない。いや、話しかける勇気も私にはなかった。


 だってこんなのデートのお誘いだもん! 私はあなたに好意がありますって伝えているようなもの、告白と同じである。


 それに言ったところで来てくれる保証だってない。かなり分の悪い賭けでもある。


琴葉ことのはさん、四番席の人も会計に向かっているよ」

「あ、すいません、すぐ行きます」


 いけない、また呆けてしまっていた。今日で注意されるのは何回目だろうか。まだお昼時にもなっていないのに。


 はぁ、私ってダメだなぁ。


 昨日の夜のテンションが嘘みたいに今はネガティブだ。どうしてあのときは過程を考えなかったんだろう。私みたいな人間が響也きょうやくんを誘えるわけないのに。


 食器を持って厨房へ向かう。マスターさんは料理を作っていたので私は溜まっている食器を洗い始めた。


「ねぇ、何か悩み事でもある?」


 マスターさんが料理の手を止めず尋ねてくれる。


「別に、そんな大層なことじゃないですよ」

「でも今日の琴葉ことのはさんはどこか様子がおかしいよ。そわそわしているというか、心ここにあらずみたいな」

「すみません、仕事しないといけないのに」

「いや、怒っているわけじゃないんだよ。心配してるんだ。もしかして僕が『響也きょうやを見ていてくれ』なんて言ったこと気にしてる?」

「違います、違うんですけど……似ているかもしれません」

「似てる?」

「あ、すみません。とにかくマスターさんは何も悪くないです。私が勝手にこうなっちゃっているだけで」


 ほんと、なんで匂わせみたいな発言しちゃったんだろう。こんなの構ってほしいアピールしているみたいでみっともない。


「そっか。まぁ相談したいことがあればなんでも聞いて」

「ありがとうございます」


 相談、相談かぁ。大人なマスターさんなら何かいいアドバイスをくれるだろうか。恋について打ち明けるのは恥ずかしいけど、デートに関しては相手さえ打ち明けなければ……。


「マスターさん、早速聞いてほしいことがあるんですが」

「いいよ、僕に答えられる範囲であれば」

「男の人って泣ける映画というか、感動できる映画好きなんですかね?」

「そうだなぁ。もちろん人によって違うだろうけど、嫌いな人は少ないんじゃないかな。ちなみにそれってクリスマスデート?」

「は、はい……まだ誘ってすらいないんですけどね」

「いいねぇ、青春してるねぇ。僕の学生時代は色恋沙汰がなくて暇だったからなぁ。男子はそういうの誘われるだけで心が舞い上がるよ。ちなみに彼氏さん?」

「か、彼氏だなんて……一方的な片思いです」

「片思いか。うん、それが悩みの種だったかな」

「私事ですみません」


 ほんと、こんなことでバイトに集中できないなんて情けない。


「あはは、学生なんだからたくさん悩めばいいんだよ。僕の意見を言うならば高校時代は恥ずかしくてもそういう経験はしたほうがきっと楽しくなる。ファイト、琴葉ことのはさん」

「ありがとう、ございます」


 話したら心が軽くなった。手は冷たいのに体は温かい。少し勇気を出してみようかな。


 結局バイトの時間は話すタイミングが見つからず、夜になった。いつものように二人で外に出ると響也くんがドアに付いている札を回して『CLOSED』にする。


「それじゃあまた明日」


 いつもなら分かれて家に帰る場面。でもここを逃したら今日はもう誘えない。


 勇気を出せ琴葉ことのは 涼音すずね、自分で動かないと状況は変わらないんだ。


響也きょうやくん!」


 名前を出して呼び止める。響也きょうやくんは振り返ると不思議そうにこっちを見た。


「どうした?」

「あのね、十二月二十五日の予定って空いてる……かな?」


 言っちゃった、言ってしまった。もう後には引けない。外にまで聞かれてるんじゃないかと思うほど心臓がバクバクとうるさい。外は寒いはずなのに体は熱く火照っていた。


「あ、えっと、これ一緒に見に行きたいと思ってさ。お母さんがもう二人分予約しちゃってるのに自分は行けないとか言ってるから一人分余っていて……」


 あー私何言っているんだろう。恥ずかしくて言い訳ばかりしてしまう。


「あ、けど強制とかじゃないし響也きょうやくんが嫌なら違う人と……」

「空いてるよ」


 その一言で言葉が止まった。


「え、ほんと?」

「あぁバイトもマスターに言えば休めるかもしれない」

「じゃあ……」


 響也きょうやくんと一緒に映画が見れる? デートができる?


「うん、行こうか。俺もその映画気になってたしな」

「ほんとのほんとに?」

「本当だって。取り敢えず明日報告してくるから、その後ちゃんとした予定決めよ」

「うん! それじゃあまたね」


 自転車を跨り強く漕いで家に向かう。


 言えた! 誘えた! 成功した! 響也きょうやくんとデートできるんだ!


「たっだいまー!」

「おかえりなさい、いつもよりちょっと早いわね」

「うん、まぁね」


 鼻歌を歌いながらリビングへ向かう。冷蔵庫にあるお茶をコップに注ぐと一気に飲み干した。


「やけに気分がいいのね。ちゃんと響也きょうやくんにチケット渡せたんだ」

「……それとこれとはまた違うでしょ」

「別に隠さなくってもいいのに」


 はぁ、と分かりやすくため息を吐くのが聞こえたけど全然気にならない。早くクリスマスになってくれないかなぁ。

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