第37話 死にたい私の家デート?

 一度解散し、家に帰った私は嬉しさと恥ずかしさに苛まれながら自分の部屋を片づけていた。


 主に机の上に積んだままの教科書やノートを本棚に戻し、写真立てに入れてある文化祭の写真も勉強机の中に仕舞う。


 これから相原あいはらくんがやってくる。そう思うだけで胸が高まった。


 コップとお茶を自分の部屋まで運ぶ。お菓子はいるかな。普段食べないから家にないし、買ってきた方がいい? でも入れ違いになるわけにもいかないし。


 逡巡している私を止めるようにインターホンの音が鳴り響く。思わず自分の服装がおかしくないか確認してしまう。


 うん、大丈夫。いたって普通のはずだ。私は玄関へ向かうと覚悟を決めてドアを開けた。


「ごめん、待たせちゃったね」

「いや俺もいきなりで悪かった。上がっていいか?」

「もちろん、私の部屋でいい?」

「あぁ」


 二階にある私の部屋へ相原あいはらくんを連れていく。そういえば今この家には私と相原あいはらくんの二人しかいないんだ。


 これってもしかして家デート?


 …………何もないよね?


「急に立ち止まってどうしたんだ?」

「ううん、なんでもない」


 首を横に振って邪念を振り払う。ほんと、最近の私はどこかおかしい。


 部屋に着いた私は勉強机に置いてあるお茶に手を付ける。


相原あいはらくんも飲む?」

「じゃあ貰おうかな」


 お茶を注いだコップを手渡す。相当喉が渇いていたのか、相原あいはらくんは一口でコップ一杯を飲み干した。その様子を尻目に私も飲んでいく。


 勉強机に空になったコップを置くと改めて相原あいはらくんがこちらに体を向けた。


「それで何かあったのか?」

「うん、実は……」


 お母さんと喧嘩したこと、面会ができなくなったこと、私が疑問に思ったこと、だから絶対に一位を逃してはいけないことを話した。相原あいはらくんは事情を知ってくれている人だからか、すんなりと打ち明けられる。


「なるほどな。けどそこまでしなくても、いつもの琴葉ことのはさんなら一位になれるだろ?」

「分からない。私の点数は毎回同じぐらいだけど、みんなの点数はどんどん伸びてるし」

「うーん。でも気負いすぎると体に悪いし、ご飯はちゃんと栄養あるもの食べないと」

「…………日頃から菓子パンばかり食べてる人には言われたくないかも」

「ははは、ごもっともだ」


 私の嫌味が笑って受け流される。


「あ、そうだ。キッチン借りていいか?」

「どうして?」

「全然料理する時間がないって琴葉ことのはさんは言ってただろ。だから俺が作ろうと思って」

「……相原あいはらくんって料理作れるの?」


 男子高校生の料理をする姿が想像できない。ましてや相原あいはらくんのお昼ご飯はいつも菓子パン。本当に料理なんて作れるのだろうか。


「任せろ、これでも毎日作っているからな」


 不安しかない。なんていうか、茶色い食材ばかりの食卓が思い浮かぶ。だけど相原あいはらくんの料理は食べてみたいかも。


「ちなみに何作るの?」

「そうだなぁ。温めるだけで食べられるやつがいいし……肉じゃがなんてどうだ?」

「肉じゃがかぁ」


 比較的簡単な料理だ。ちゃんと分量さえ量れば誰でも作れる。ちょうど前に作ったカレーの材料が余っているしそれを使えば作れるだろう。


「嫌いか?」

「そうじゃないんだけどね、ちょっと罪悪感が」

「俺が好きでしていることだから気にしなくていいよ。琴葉ことのはさんは勉強でもして待ってて」

「じゃあお言葉に甘えて。でも気になるからリビングで勉強するよ」


 二人で一階に降りる。相原あいはらくんはキッチンに、私はリビングの机に勉強道具を広げた。


「それじゃあ冷蔵庫開けていいか?」

「うん、というかキッチンは自由に使っていいよ。わざわざ聞いてたらキリがないし」

「了解、それじゃ失礼しまーす……お、ちゃんと材料揃っているな」


 相原あいはらくんは材料を冷蔵庫から取り出すとどこに何があるか先に確認し始める。確かに料理慣れはしているようだ。


 トントントンっとキッチンから聞こえてくるリズミカルな音が心地よい。おかげで勉強も捗る。


琴葉ことのはさーん、ちょっとこっちに来てくれないか?」

「どうしたの?」

「あぁ、ちょっと汁の味見をしてくれないか?」

「うん、分かった」


 勉強に集中していて気付かなかったけど、キッチンから鼻孔をくすぐる良い匂いがしていた。


 汁を注がれた小皿を受け取り口に含む。男の子が作ったとは思えない優しい味わい。しかし薄いわけでもなく、十分な満足感があった。


「ん……美味しい」

「口に合ってよかったよ」


 私の反応で安心したのか微笑まれる。しかし顔を合わせるのが恥ずかしくて料理の方へ視線を向ける。キレイに作られているがなぜか量が少ない。明らかに一人分だ。


「ねぇ、なんだか少なくない?」

「え、琴葉ことのはさんってこれだけじゃ足りなかった?」

「十分だけど私の分しかないよ」

「そりゃ、琴葉ことのはさんの分しか作ってないからな。俺は家で食うし」


 一緒に食べるわけじゃないのか。なんだか寂しい。


「あとこれあげるよ」


 留め具付きの黒い手帳を渡される。小さくてポケットにも入りそうだ。


「手帳?」

「あぁ。どれだけ辛くても日記のように書いて後で読み返したらさ、心が楽になるんだ。だから琴葉ことのはさんもやってみたらいいよ」


 日記、日記かぁ。小学校のときに出される週末の宿題に必ず日記があったっけ。それと長期休暇のときに絵日記を書かされた思い出がある。


 でも私は日記があまり好きではない。あったことを書くだけじゃ面白くないし、思ったことを書くのも恥ずかしい。


 だからこれを持っていたところで無駄だ。無駄なんだけど……。


「ありがとう、じゃあ貰っちゃっていいかな」


 単に相原あいはらくんが私にプレゼントしてくれたことが嬉しい。


「もちろん。そのために買ったんだから。それじゃあ明日も来るよ」

「うん、また学校でね」


 玄関まで見送って私はリビングに戻る。まだ湯気が立っている肉じゃが。手に持っている手帳。本当に相原あいはらくんが来てくれた証拠のように残ってくれていて、心も温まる。


「……ちょっと書いてみようかな」


 留め具を外して手帳を開く。初めのページを開き、上に今日の日付を書いたところで手が止まった。


 どういう始め方がいいのかな。ていうか何を書こう。


 相原あいはらくんが家に来て嬉しかったこと? 相原あいはらくんにご飯を作ってもらったこと? それとも相原あいはらくんからこの手帳、プレゼントを貰えたこと?


 ……やっぱり恥ずかしい。もし誰かに見られたらと考えると、恥ずかしくて書こうと思えない。


「……あーもうやめたやめた」


 手帳を閉じる。せっかく貰ったけど使う機会はなさそうだ。


「…………」


 でもそれじゃあもったいない。何か利用用途はないかと手帳を見つめる。授業のメモに使うのはもったいないよね。それが本来の使い方なはずだけど。


 ……もう使わなくてもいい気がしてきた。


 ズボンのポケットにしまって外から触れる。このポケットに入るなら制服のポケットでも入るだろう。


 これはお守りとして持っておくだけでいい。それが一番私に合っている。

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