第3話 死にたい私の昼休み

 四時限目終了のチャイムが鳴って昼休みに入る。私は今日使ったノートとお弁当を持って教室を後にした。廊下の突き当りにある階段を上り続けて屋上に足を踏み入れる。いつものように誰もいないことを確認すると、ベンチに腰を下ろしてお弁当の蓋を開けた。


 私は今日も独りでお昼を過ごす。俗にいうぼっち飯。しずくちゃんは部活の友達と食べているから、他に話す相手もいない私は独りなのだ。


「いただきます」


 早速卵焼きを口へ運ぶ。うん、美味しい。我ながら完璧。再び卵焼きを口に運んだ。


 ――瞬間。


 目の前のドアの開いた。ちょうど開けられたドアが死角になって相手の姿が見えない。


「お、こりゃ貸し切りか?」


 ドアから顔を覗かせたのは相原あいはらくんだった。手には購買のレジ袋を持っている。


「「あ……」」


 お互いに目が合う。昨日の件のせいで話しづらい。なのに相原あいはらくんは考えるような仕草を見せるとこちらに近付いてきた。


「昨日ぶりだな」

「……はい、先日はすみませんでした」


 あまり関りがないので他人行儀な言葉を選んで接する。


「はは、急に自殺どうのこうのって言われたからビビったよ」


 昨日の話題を出しながら愛想笑いを浮かべると自然に私の横に座ってきた。……どういう状況? 他にたくさんベンチは余ってるでしょ。


「え、えっと……なんで隣に?」

「そりゃ、お互いのぼっち回避のためさ」

「ぼっちって……」

「事実だろ?」


 実際にそうなので反論できない。


「ってその弁当美味しそうだな。彩りも凄くいい」

「ありがとうございます」

「なんで琴葉ことのはさんが礼を言うんだ?」


 心底不思議そうに尋ねられる。だって自分の料理が褒められたんだからお礼を言うのは当然じゃないの? 普通の高校生は自分でお弁当を……。


 そこまで考えてやっと気付いた。


「このお弁当、私が作ったんです」

「え、そうなんだ。てっきり親が作ったものだと思っていたよ」


 やっぱり相原あいはらくんは勘違いをしていた。それが普通だから仕方ないと思うけど。


「にしてもこのお弁当、冷凍食品使ってないよな」

「分かるんだ」

「俺もある程度料理するからな。スーパーとかにどんな冷凍食品あるかも大体分かる。それになんか見た目が手作りって感じするし。毎日弁当作ってるのか?」

「まぁ、一応」

「毎日は疲れないか?」

「晩ご飯の余りを使ってるからそこまでの手間じゃありませんよ」

「晩も作ってるんだ。すげえ」


 急な質問攻めにあってお弁当を食べる機会を逃してしまった。ずっと右手のお箸が行き場をなくして困っている。でも今食べたらちょっと失礼だし……。


 そう思っていると相原あいはらくんは袋からメロンパンを取り出して食べ始めた。私はお弁当を食べる手を止めたのに、そっちは質問が終わるや否や食べ始めるなんてどれだけ自由人なんだろう。その態度に小さな怒りが込み上げてくる。


 ……でも、寂しさが消えた。


 久々に人と過ごすお昼休み。例えそれが日頃話さない相手でも楽しく感じる。いや、相原あいはらくんだからこそ楽しいんだろう。


 彼の明るい声色に話し方。相手を話しやすくしている話題提供。陽キャの人たちが自然と行う手法だ。それができる相手だからこそ楽しく思えるのだ。


 お弁当を食べる手を再び動かす。隣に座っている相原あいはらくんの片手には気付けばノートが開かれていた。


「昼休みなのに勉強するんですね」

「ん? まぁ中間テスト二週間前を切ったからな。それに勉強するためにここへ来たんだ」

「別に教室でもできますよね」

「いやぁ、教室でみんな楽しく話しているのに一人だけ勉強って恥ずいだろ?」


 相原あいはらくんは自嘲気味に笑う。でもその気持ちは私にも分かる。私も人の目を気にしてるからここで勉強しているんだし。


「ごちそうさまでした」


 食べ終わった私もノートを開ける。


琴葉ことのはさんも人のこと言えなくないか?」

「テスト二週間前なので」


 相原あいはらくんの言葉をそのまま借りて返答する。毎日ノートを読んでいるは内緒にしておこう。二人、静かにノートを見て復習する。隣に人がいるなか勉強するというのは不思議な感覚だった。


 暑くも寒くもない、穏やかな空気が私たちを包み込む。私はまだ半袖だけど相原あいはらくんは寒がりなのか長袖を着ていた。男子は長ズボンなのに暑くないのかな。


 ふと空を見上げる。太陽は雲に隠れているが澄んだ青空が描かれていた。

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