死にたい私の手を取るキミは
西影
プロローグ
第1話 死にたい私と出会い
九月下旬になると日暮れが早い。教員室で先生の手伝いをしていただけで、外は茜色に染まっていた。それでもまだ日は完全に落ちていない。だから私は日頃の習慣に従って屋上に向かう。
廊下の突き当たりにある階段を上り続け、重いドアを開ける。そこにあるのは二年間で見慣れた景色。等間隔に設置されたベンチ。おへそ付近までの高さしかないメッシュフェンス。いつもならベンチに座って授業の復習を始めるだろう。
しかし今日はそのフェンスから身を乗り出している男子生徒がいた。
――自殺。
一瞬で状況を理解する。いじめか、家庭の事情か、はたまた一時の気の迷いか。私には分からない。それでも彼からは明確な『死の予感』が溢れ出ていた。
何もしなければ彼はこの屋上から姿を消してしまうだろう。そんな勇敢な行動を前にして私は……。
「ダメーっ‼」
気付けば叫んでいた。カバンを落とすように放り捨てて彼のもとへ近寄る。驚いたように彼が慌ててフェンスから離れ、振り返ったところで私はその腕を掴んだ。
「――っ」
自殺に失敗したからか彼は顔をしかめる。それでも私は問い詰めるように近づいた。
「なんで自殺しようとしてるの!」
「じ、自殺?」
目の前の男子生徒が素っ頓狂な声を上げる。そんな風にとぼけても無駄だ。だって私も同じだから。私も……死にたいと思っているから。
「そうよ、今飛び降りようとしてたじゃない!」
「いやいや、違うって。死ぬ気なら勉強なんて真面目に頑張らねぇよ」
勉強。その言葉を耳にして、先程まで気にもしていなかった彼の顔を眺める。黒い髪に海のような水色の瞳。一年生のときに同じクラスで見たことのある顔だった。それにいつもテスト順位表に載っていたはず。
「
「『不動の女王』さんに覚えてもらえてるなんて光栄だな」
「それやめてください」
「ははは、ごめんごめん」
周囲が呼んでいるらしいあだ名を切り捨てる。入学してからこれまで、一位を逃していないことから付けられたのだとか。初めて面と向かって言われたけど、やっぱり中二病みたいで恥ずかしい。
それに、その言葉は『
「
「あ、ごめん」
無意識に握っていたままだった腕を離す。
……そんな力強くないわよ。
「それならなんで身を乗り出してたのよ。危険じゃない」
「遠くを見たい気分だったんだ。ここの景色は美しいから」
「まぁ、そうね」
校舎が三階建てということもあって、ここから街が一望できる。特に自然がない街並みでも夕焼けに染まっていく様は見ていて飽きない。その景色を見て自殺なんて考えるのは私ぐらいか。本当にバカらしい。
「それじゃ、俺はここで」
「あ、うんバイバイ」
足元に置いてあったカバンを取って
下に見えるのは部活動で青春を謳歌している学生たち。その輝きは勉強しかしていない私からすれば眩しすぎる。灰色の高校生活を送っている私には届きそうもない世界だった。
努力しないと人並みにもならない生きづらい世界。文字通り何もかも犠牲にして一位を取り続ける生活。正直、こんな毎日に疲れてきた。
それに
少しずつ前屈みになり、フェンスから離れる。空中に放られた体は頭を下にしてどんどん地面へと近づいていく。そうして十秒もしないうちに激突。即死。そこに痛みは生じない……だろう。
頭に描かれたイメージを実行するために足を地面から離す。しかしどうにも足の様子がおかしい。ビリビリと痺れているような感覚に陥る。それに加え体が一向に前へ進んでくれない。
動け! 動け! 動け!
念じたところで意味はない。ほんの少しの勇気、ほんの少しの度胸。それが私には存在しなかった。
諦めて地面に足を着ける。先程は言うことを聞かなかった体が、嘘のように動いて私は項垂れた。
頬に一筋の涙が伝ってくる。そこに含まれるのは恐怖か、苛立ちか、安堵か。正直どれでも構わない。単純に『今日も自殺ができなかった』という事実だけが私に残った。
どうして私には死ぬ勇気がないのだろう。それさえあれば『彼女』のもとへ行けるのに。こんな臆病な私に腹が立つ。
実行に移せない。移す力を持たない。だから私は今日も自嘲するように呟くのだ。
「死にたい」
……と。
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