第58話『戦いを終えて』



 月の神殿の攻略を終えて数日後。俺たちは王都の食堂を訪れていた。


 理由は簡単。先日の通り、祝勝会が開催されたんだ。


「さあ、お前ら好きなだけ食ってくれていいぞ。ここは俺の馴染みの店だからな。いくらでもツケがきくんだ」


 すっかり夜も更けてきたというのに、お酒の入ったゼロさんはテンションが高い。店のマスターすら苦笑する中、どんどん新しい料理を注文しては、俺たちの前に並べてくれる。


「……この量、食いきれる自信ないんだけど」


「わたしも無理かな……二人とも、頑張ってね」


 俺が呟くと、ルナも微妙な顔で言う。その隣に座るソラナは、黙々と料理を口に運んでいた。以前から思ってたけど、こいつ、よく食べるよなぁ。


「……何?」


 魚の串焼きにかぶりつくソラナを見ていたら、ルナ越しに睨み返された。俺たちはカウンター席に横並びで座ってるし、しょうがないけどさ。


「いや、よく食うなって思ってさ」


「いつ食べられなくなるかわかんないから、食べられる時にできるだけ食べとくの。癖みたいなものね」


 串焼きを一度皿に置いて、今度はバリバリとサラダを頬張りながら、当然のように言う。まぁ、ソラナはその日の食事にも困っていた時期があるらしいし、仕方ないことなのかも。


「てゆーか、ルナはもっと食べなさい。力出ないわよ。ほら!」


 言いながら、ルナの前にずいっとソーセージの盛り合わせが押し出された。本人も口では「ありがとう」とお礼を言っていたけど、その顔には「え、もうお腹いっぱい」と書いてあった。俺には分かるぞ。


「ソラナの言う通りだぞ。しっかり食って体力つけとけ。これから別の大陸に行かなきゃらなねーんだからな」


 笑顔で言って、ゼロさんは葡萄酒をあおる。この人はこの人で、よく飲むなぁ。


「ま、初めて大陸を移動するには、手続きにそれなりの時間がかかる。数日はゆっくりしとけ」


 酒のつまみにナッツを注文しながら、さらに続ける。確かゲートを使っての大陸間移動は、それぞれの国が発行した許可証が必要のはずだ。


 その辺りはゼロさんに任せておけば問題ないんだろうけど、ソラナの処遇はどうするんだろう。本人の話からして、間違いなく不法入国なんだろうけど。もしかして、もみ消すのかな。


「……他の大陸にも、月の神殿があるなんて。なんだか、話がどんどん大きくなってるよね」


 カップのお茶を一口飲んで、ルナが良く通る声で言う。その様子を見て、俺たちは食事の手を止める。


「……他の大陸に行くの、やっぱり怖いよな」


「怖くないって言えば嘘になるよ。でもね……」


 俺が尋ねると、ルナはそこで言葉を区切り、目を閉じる。言葉を探しているみたいだった。


「月の女王様も、村を襲った人たちも、わたしのこと――月の巫女のことを知ってるみたいだった。だけど、わたしは自分のこと、何も知らないから」


 両手を添えたカップを見つめながら言葉を紡ぐ。俺たちに対してというより、自分に言い聞かせているような、そんな口調だった。


「セレーネ村を焼き払ってまで狙われたわたしが、何者なのか知りたい。月の国に行くことで、それが叶うなら、わたしは……行ってみたい、と思う。皆は、どうかな?」


 そこまで言って、俺たち全員の顔を見る。その青い瞳の奥からは、ルナの覚悟が感じとれた。


「……ルナが行きたいんなら、俺たちは反対しないぞ。もちろん、一緒に行くぞ」


「あたしも行くわよ。オルフェウスなら詳しいし。危険な道も教えたげる」


「まぁ、どんな危険があっても、俺が守ってやるけどな」


「言うわねー。言っとくけど、暑さや熱に強い魔物も多いのよ?」


 俺の言葉を皮切りに、ソラナも賛同する。続けてルナを挟んで、冗談とも本気とも取れるやり取りをする。


 ルナはそんな俺とソラナを交互に見てから、はにかんだような笑顔で「ありがとう」と言った。


「……お前ら、だいぶ変わったな」


 そんな俺とルナを見ながら、ゼロさんが静かな声で言う。その顔を見ると、先程までとは打って変わって、真面目な表情になっていた。


「それこそ、最初は俺が無理にでも引っ張っていってやらねーと、すぐ立ち止まっちまいそうだったんだが。そろそろ、旅立たせてもいい頃か」


 どこか満足そうに言って、ゼロさんは立ち上がる。いつの間にか、その背後に騎士団のアグラスさんが立っていた。甲冑を着ていないから気づかなかったけど、ずっと食堂にいたんだろうか。


 同時に、店の中がやけに静かなことに気づいた。思わず店内を見渡すと、俺たち以外の客の姿はなくなっていた。店じまいの時間にしては、俺たちには声がかからないのはおかしい。


「お楽しみのところ、申し訳ありません。陛下、よろしいですか」


「……おう。どうした」


 畏まって、囁くような声で言うアグラスさんの方を見もせず、ゼロさんは「大方、話の内容は予想できてるけどな……」と面倒くさそうに付け加えた。


「リシュメリア帝国が怪しい動きを見せているようです。至急、王宮へお戻りを」


「わかった。大臣たちを集めておけ」


 一瞬で国王の顔に戻ったゼロさんが短く伝えると、アグラスさんは一礼し、去っていった。


「……とまぁ、こんな具合でな。俺はしばらく、城に籠もることになりそうだ。通行許可証は用意してやるが、オルフェウスにはお前らだけで向かえ」


 ゼロさんは申し訳無さそうに言う。俺たちは頷くも、心のどこかでゼロさんも一緒に来てくれると思っていた分、動揺が顔に出ていたらしく「そんな顔すんな。お前ら三人なら大丈夫だ」優しい口調で付け加えてくれた。


「ゼロさん、ありがとう」


「礼はいらねぇ。その代わり、ここの料理をしっかり食って英気を養え。ここは、馴染みの店だからな」


 ルナがお礼を言うと、ゼロさんは背を向け、ひらひらと手を振ってそんな言葉を返してくる。先程のやり取りを見て見ぬ振りをしているところからして、この店のマスターもゼロさんの正体を知っているのかも。


「許可証が完成したら、屋敷に使いを送る。また城でな」


 最後にそう言って、ゼロさんは去っていた。その背中を見送った後、俺たち三人は顔を見合わせて、どこか開き直ったかのように料理に取りかかったのだった。

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