第52話『続・月の女王』



「ほら、鍵の修理は終わったよ」


 ……翌日。鍵の修理が終わったということで、俺たちはロッドさんの工房を訪れていた。


 さすが本に載るくらいの腕前というだけあって、室内は何に使うのかもわからない工具や、見事な装飾が施された品々が所狭しと置かれていた。


「手間を掛けさせたな。ところで、代金は?」


「金貨20枚……と、言いたいところだが、長老の客とあっちゃ金をもらうわけにはいかない。代金は気にせず、持っていってくれ」


 鍵を受け取ったゼロさんが問うが、ロッドさんはそう言うと、軽く手を振って背を向ける。


「でも、そういうわけには……」


「……徹夜で作業したから眠いんだ。品物は渡したし、悪いが、出てってくれよ」


 なかなか引き下がらないルナに、ロッドさんはあくびを噛み殺しながら、気怠そうに言った。それを取引終了の合図だと察した俺たちは、一度だけお礼を言って、ロッドさんの工房を後にした。



 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※



「ほっほっほ。鍵の修理は無事終わったようじゃの」


 そして外に出ると、笑顔の長老が待っていた。


「……長老、まさかとは思うが、ロッドの方に色々手を回してくれたのか? これだけの仕事、ただでやるなんてありえねぇぞ?」


 その姿を見るなり、ゼロさんがそう詰め寄っていた。ゼロさんが持つ鍵は、まるで壊れなどしていなかったかのように綺麗になっていて、ロッドさんの技術の高さがうかがえた。


「んー? 何か言ったかの? 歳を取ると、耳が遠くなっていかん」


 わざとらしく耳に手を当てる仕草をする長老に「都合の悪いときだけ年寄り面するんじゃねぇ!」と、ゼロさんが声を荒げる。


 それすらもひょうひょうと受け流して、一言「頭が固いのぉ。気にするでない」と口にした。


「わーったよ……長老、色々と世話になったな」


 後ろ頭を掻いたゼロさんがお礼を言い、俺たちも続けて頭を下げる。長老は「だから、気にするでない」と笑いながら言った後、「そろそろ、村を発つのか?」と聞いてきた。


「ああ、ちょっとばかし、こいつを使って確かめたことがあってな」


 ゼロさんの手のひらで光る鍵を見て、長老は「そうか。気が向いたら、またいつでも顔を見せに来るが良い」と言い残し、去っていった。


「……なんていうか、エルフ族って揃って素直じゃないよな?」


「そういう性分なんだろ。ま、無事鍵も直してもらえたんだし、いいじゃねーか」


 俺が思わずそんな感想を口にすると、ゼロさんは手のひらで鍵を弄びながら言う。


 確かに、これでようやく月の神殿を調査することができるけど……なんて考えていたら、背後から「ねえ」と、ルナの声がした。


 振り返ると、ルナとソラナは神妙な顔つきで俺たちを見ていた。二人とも、朝から元気ないと思ってたけど、どうしたんだろう。



 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※



「「月の女王?」」


 ルナから昨夜の出来事を聞いた直後、俺とゼロさんの声が重なった。


「うん。女王様は、月の国の民がわたしを待ってるって、そう言ったの。それで、月の神殿が、月の国へ導く道標になるんだって」


「あの神殿が、道標ねぇ……」


 話を聞いたゼロさんが腕組みをし、何か考える仕草をしていた。俺としても、突然の展開に頭がついていかない。月の神殿と月の巫女、何か関係があるだろうとは思ってたけど、まさか、一気に月の国と、その女王まで出てくるなんて。


「言っとくけど、あたしもその『女王様』の姿は見たんだからね!」


「わかってる。別に疑っちゃいねーけど、妙なタイミングだと思ってな」


 ルナを庇うように声を上げるソラナをなだめつつ、ゼロさんが言う。


「妙って?」


「その、月の女王って奴な。どうせ姿を見せるんなら、ルナが月の巫女に選ばれた直後とか、一人でいる時とか、いくらでもタイミングはあったはずなんだ。何故、今なのか……って、不思議に思ってよ」


「それは……」


 言って、ルナも口ごもる。正直、ここにいる誰にも答えはわからなかった。


「あーもう! そんなのどうでもいいじゃない!とりあえず、月の神殿には行くんでしょ?考えるのはそれからでもいいんじゃない?」


 まるで責められているようなルナを見ていられなかったのか、ソラナが一層大きな声を出す。


「確かに、ソラナの言うことも一理あるな……どこか腑に落ちねぇよ」


 ソラナの言葉に絆されるように、心なしかゼロさんの態度が柔らかくなった気がした。


「それで、このペンダントを月の神殿の祭壇で掲げなさい……って言われたの。神殿の中、祭壇あるんだよね?」


「祭壇……記憶にないが、それなりの広さがある場所だし、隠されてるのかもしれねぇな。ソラナの言う通り、神殿についてから考えることにするか」


 頭を掻きながら笑って、ゼロさんは村の外へ向けて歩みを進める。俺たちも慌てて、その後を追った。


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