第17話『慟哭の村』



 ……ウォルスがようやく眠りに落ちた頃、セレーネ村を見下ろせる丘に、無数の松明の灯りがありました。


 その正体は昼間村にやってきた兵士たち。格好は同じですが、その人数が違います。ざっと30人はいます。


「お言葉ですが……ガルドス隊長、本当に決行するのですか? 村襲うなど、ランドリムス様へなんと報告するおつもりで……?」


「今回の作戦については、皇帝陛下から勅命が下った。旦那への報告は後回しで構わねぇ」


 その集団の先頭には、既に鞘から剣を抜き放ったガルドスの姿。松明の光に照らされた剣は、焔色に染まっています。


「奴ら、村ぐるみで月の巫女を隠していやがるからな。痛い目を見せてやるんだよ」


「言い分はわかりますが、何もこのような方法で……」


「……まさかお前、皇帝陛下のご命令に逆らうのか?」


「いえ、そのようなことは……失言でした」


 ガルドスは進言してきた兵士を睨みつけます。覆すことのできない上下関係を盾にされ、彼は小さくなりながら隊列へと戻りました。


「いいかお前ら、月のペンダントに選ばれているのは、間違いなく女だ。年頃の女を見つけたら、身ぐるみ剥いででもペンダントを確認しろ」


 それを見届けてから、この場にいる兵士一人一人に届くような大きな声で言います。


「あの村にも曲がりなりにも自警団が存在するようだし、抵抗するようなら、躊躇うなよ! 全軍、出撃!」


 剣を高く掲げ、鉄の足音を響かせながら、彼らは寝静まったセレーネ村へ向けて進み始めました。



 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※



 ……ちょうど眠りが浅くなっていたタイミングで、ドアを蹴り破るような音がした。


「な、なんだ!?」


 俺は思わず飛び起きて、周囲を見渡す。まだ暗い時間帯だと言うのに、窓の外からはやけに赤い光が差し込んでいた。


 不思議に思いながら窓の外を見ると、眼下に見える村の至る所に火の手が上がっていた。え、なんだこれ。


「……俺、また10年前の夢を見てるのかな」


 視界に飛び込んできた光景が信じられず、思わず頬をつねってみたけど、夢じゃない。現実だ。


 その頬の痛みと、家の中に響き渡る足音で我に返る。もしかして、昨日の兵士たちが夜襲を仕掛けてきたのか?


 考えたくないけど、状況を見る限りそうとしか思えない。それこそ、子供の頃に村が襲われた時の光景に酷似している。


「くそっ!」


 俺は枕元に置いてあった上着を乱暴に羽織ると、すぐさま窓から外へ飛び出した。


 ……直後、部屋の扉が開く音がして、足音が一層大きくなった。俺は息をひそめながら、外壁に張り付く。


「この部屋には誰も居ません!」


「どこかに村長がいるはずだ。探せ!」


 姿こそ確認できないけど、今の声は昼間に村で騒ぎを起こしていた兵士のものだ。あの野太い声、間違えるはずがない。やっぱり、あいつらだったんだ。


「……居ました! ガルドス隊長、こちらです!」


「な、なんじゃお前達は!?」


 その時、隣の窓から村長の声が聞こえた。どうやら、さっきの兵士が村長の部屋に侵入したらしい。俺は壁に張り付いたまま慎重に動いて、その様子を盗み見る。


「まさか、村に火を放つとは……これがお前たちのやり方か」


 窓の外の状況を見て、村長も事の次第を察したんだろう。声が震えている気がする。


「我々にとってはこれが『多少強引な手段』でね。最終通告だ。月の巫女を差し出せ」


 ガルドスと呼ばれた男は、今度ははっきりと月の巫女の名前を口に出していた。やっぱり、ペンダントだけじゃなく、それに選ばれた人間を探しているんだ。


「証拠も挙がっている。今からでも素直に従えば、命だけは助けてやろう。俺は年寄りには優しい男なんでね」


「ほっほっほ。知らんのぉ」


「……白々しいジジイだ。やっぱ、テメェと話しても時間の無駄か」


 苛立ちを隠すこともなく、ゆっくりと剣を振り上げる。


 ……それ以上は見ていられなかった。


「村長ーーー!」


 俺は叫びながら飛び出し、右手に発生させた火球を全力でガルドスにぶつけた。


「おおぅ!?」


 窓の向こうからの奇襲に奴は驚いていたけど、それだけだった。直撃したにもかかわらず、その鎧には焦げ目の一つもつかなかった。


 ……あの鎧、魔法が効きにくいのか?


「……ウォルス、そんなところで何をしておる! 早く逃げんか!」


 俺の姿を見た村長はそう叫ぶと、手にしていた杖で床を叩く。どういう仕掛けになっているのか、直後に大量の煙が部屋に立ち込める。


「うおぉ!?」


「なんだぁ!?」


 混乱している兵士たちを尻目に、村長は俺の方に向き直る。煙の出口になっているからか、窓際は煙幕の影響を受けていないらしい。


「……こうなることは薄々気付いておったが、予想以上に相手の動きが速すぎたのう。ウォルスよ。ルナを連れて、早くこの村を脱出するんじゃ」


「それなら、村長も一緒に……!」


「……ふん。わしのようなおいぼれを連れて逃げられるほど、こいつらは甘くはないわい。悩んでおる時間はないぞ。早く行け」


「……嫌だ。じーちゃんを置いて行きたくない!」


 俺は思わずそう口にしていた。普段から怒られてばっかりだけど、この村に来てから一番大事にしてくれたのはじーちゃん……村長だ。このまま逃げたら、みすみす見殺しにするようなもんじゃないか。


「……この期に及んで、わがままを言うでない。この村がどうなろうと、お前とルナは生き延びねばならん。それが月の巫女と、その守護者の定めじゃ。わかったか」


 守護者? 定め? じーちゃん、何を言ってるんだ?


「わかったか!?」


「……あ、ああ!」


 気になることはたくさんあったけど、すごい剣幕に圧されるがまま、俺は返事をした。


「……それなら、早く行かんか! バカモンが!」


 そして、じーちゃんはもう一度だけ俺を叱責すると、背中を向けた。


「……ありがとう。じーちゃん!」


 俺は声を張り上げてお礼を言い、家が建っている高台から、裏手に向かって飛び降りた。


「……妙な小細工をしやがって! じじい、くたばりな!」


 ……一瞬の間を置いて、重力に任せるまま落下していく俺の耳に斬撃音が響いた。


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