第10話『魔物との遭遇』



「……後ろに何かいる。気をつけろよ」


 右手に魔力を溜めながら振り向くと、そこには三体のゼリー状の生物がいた。何かと思えば、スライムだった。


「え、あのぷるぷるしてるのが魔物なの?」


「そう。ルナは見るの初めてだっけ?」


「初めてだけど……えっと、あんまり怖くないような……むしろぷるぷるしてて、触ったら気持ちよさそう」


「のんきだなぁ」


 予想外の見た目にルナも拍子抜けしたのか、そんな感想を口にしていた。


「スライムは一体ずつだと大したことないけど、数が集まるとヤバいんだぞ。手が付けられなくなる」


「そうなの?」


「ああ、自警団のオッサン曰く、村外れの畑がスライムの大群に襲われて全滅したことがあるらしい。作物にくっついて、じわじわと溶かしていくんだ。きっと、とりつかれたら服とか溶かされるぞ」


「えええ、嫌だよ。この服、新調したばっかりなのに」


 その話を聞いて、ルナは自分の身体を守るように抱きながら数歩後ずさる。


「……まぁ、後ろ半分は誇張したんだけどな。実際に溶かすにしても、何時間もかかるらしい」


「そ、そうなんだ……もう。どうしてそんな嘘をつくの」


「いや、そこまでビビるなんて思わなくて」


 まぁ、スライムとはいえ魔物であることに変わりはないし、あれくらい警戒してもらったほうが良いかも。


「とにかく、俺が戦うからルナは下がっててくれよ」


「う、うん」


 さらに数歩。ルナが後ずさったのを確認してから、俺は手元の魔力を解放して、火球を生み出す。


「……でい!」


 そして手にしたボールを投げつけるように、俺は火の玉をスライムにぶつける。


 同時にゼリー状の身体が弾け、半透明の物質を一部残して四散した。手のひらサイズの小さな火球だけど、威力はそれなりにある。


「……へへ、焼きスライムだぞ」


「あ、あんまり美味しそうじゃないね」


 背後のルナに向けて冗談っぽく言ってみるけど、気は抜かない。残るは二匹。


 ……直後、その中の一匹が飛びかかってきたけど、俺はしっかりと動きを見定めて火の球をお見舞いする。


 その様子を見て危険な相手だと悟ったのか、最後の一匹は素早く方向転換。街道を横切ると、その先の草藪へと消えていった。


「ふー」


 魔物の気配が完全に消えたのを確かめて、ようやく俺は安堵する。見た目通りの、弱い魔物で助かった。


「……なんか、ねばねばするね」


 気がつけば、ルナは俺より前に歩み出て、草の上に残されたスライムの一部をおずおずと指でつついていた。


「指が溶けるぞー?」


「……それ、嘘なんだよね?」


「いや、もしかして強いスライムになると、溶かす奴もいるかもしれない」


「えええ、そんなのいるの!?」


 これも口から出まかせなんだけど、それを信じたルナは水筒の水で必死に手を洗っていた。心配しなくても、この辺にはいないはずだけど。



 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※



 ……魔物を倒して街道を進むと、やがて小さな村が見えてきた。


 ここがエラール村。この村は広さこそセレーネ村と大差ないけど、より王都に近いという利便性の良さを利用して、定期的に王都の商隊を招いて青空市場を開いている。それが盛況で、村は常に活気に溢れていた。


「おお、誰かと思ったらお前たちか。久しぶりじゃのぉ」


「じーさん、元気にやってるか?」


「ああ、おかげさんでの」


 その入口に掲げられた古ぼけた看板の下に、一人の老人が立っていた。この人はラゲスじーさん。セレーネ村に住むゲレスじーさんの双子の兄らしい。


「お前達の来た目的はわかっておるぞ。青空市場じゃろう?」


「そうです! もうやってますか?」


「ああ、朝早くから始まっておるぞ」


 ラゲスじーさんは両手を杖に置いたまま、顎の先で村の奥を示してくれる。言われてみれば、奥の方から賑やかな声が聞こえてきていた。


「ありがとうございます! それじゃ、行ってみますね!」


 じーさんに会釈して、俺とルナは村の中へと足を踏み入れた。


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