第34話 錬金術師イライジャ
「ふむ、なるほど。願わくば、無事な目が残っている状態で見たかったな」
倒したアレをどうやって持ち運ぶか。
瓶に詰めて持ち運ぼうにも、触れた瞬間に融けてしまう。
思案に暮れた末に出した答えは持ち帰るのではなく、ギルドに使いを出す事だった。
これは三人になったからこそ取れる方策である。
かくてナツメが一旦ギルドへと戻り、ギルドが派遣した調査要員を連れてやって現地調査が行われる運びとなった。
「無茶を言うなよ。シャンヌが木を蹴って道が開けたと思ったら、こいつがいきなりこっちに迫って来たんだからな。調査の為にとか考えている暇は無かった」
目玉を一つくらい残しておけと言う調査員に、こちらも必死だったとナツメは言う。
実際は初見のインパクトと触ったら融ける騒動を乗り越えてからは、わりとさっくり倒してしまった気がしなくもない。
それでも、後の事を考えている暇が無かったのは本当だ。
他のメンバーよりも一つでも多く目玉を潰さなければ、自分の取り分が減ってしまう。
「シャンヌとはそちらの女性の事か? 木をバッタバッタと蹴り倒すなど、随分と剛毅な女性もいたものだな……」
「違うわよ! 適当に蹴ったら、何らかの装置が作動して木立が割れたのよ!」
「うーむ。その辺りの事は私は専門外なので、よく解らんな」
「むしろそっち系は俺の方が専門だな」
「どうでもいいが、調査費用を請求されたりはしないのだろうな?」
ナツメの言葉足らずな説明のせいで物凄い誤解が生まれそうになっていたので、早々に芽を摘んでおく事を忘れない。
よく解らないという調査員に対して一番警戒感が強いのはサイラスだった。
金を取られやしないだろうかと心配しているらしい。
「ご安心下さい。この調査は当ギルドの発行するクエストとして執り行われ、彼らへの報酬も当ギルドの負担にて支払われます」
「クレアさん!? どうして貴女がここに……?」
「あら、ギルドの行う調査ですから、ギルドの職員が同行したって不思議はありませんわよね?」
危ぶむサイラスの疑問に答えたのは、クレアさんだった。
突然の天敵とも言える人物の登場に驚く私に対して、彼女は自分がここにいるのは至極当然だと言う。
「たまに、ろくに調査も行わず適当な報告のみをして、報酬を受け取ろうとする不届き者もいますからね。今回は急造部隊なので、私が監視役として同行する事になったのです」
「それにしたって、非戦闘員がこんなところまで出て来るなんて危険じゃないの」
「あら? 私、戦えないだなんて一言も申し上げておりませんが?」
嘘だ、と思った。
戦う鬼畜なんて、恐ろし過ぎだろう。
けれどそんな私を嘲笑うかのように、クレアさんは太股にくくりつけていたらしい鞭を手に取り、ヒュンッと空を切り裂く。
「……似合い過ぎだろう」
「女王様かよ」
堂に入っただとか、板に付いているだとかいう言葉が浮かんでくるクレアさんのその様に、我がパーティーメンバーの男二人も悪い夢でも見ているかのような顔をした。
「因みに、探索者ランクは?」
「Bランクですが、何か?」
「それだけではなく、クレアさんは初級程度の魔法なら器用に使いこなすぞ」
「エリートだ、エリートがいる!」
道理で低ランクの探索者をゴミ屑のように見下してくる筈だ。
Bランクといえば、人並み以上にやれる、という事だ。
Fランクの探索者など、彼女にとっては埃や塵に等しいに違いない。
「そんなに大騒ぎする程の事ではございませんわ。ギルド職員になる以前はせいぜいCランクでしたので」
「というと?」
「純粋に腕っぷしだけでBランクに上がったわけじゃないって事だ。俺みたいな鑑定技能持ちだと、鑑定依頼のクエストを受けてランクを上げる事も出来るんだぜ?」
「ああ、そう言えばそうだったわね」
ナツメに解説されてようやく話の呑み込めた私は、大きく頷いた。
この辺りの事情は、ナツメからひと通り聞いている。
まず、探索者といえば今は魔法使いか弓使いが主流だが、探索者ギルドに登録している学者や錬金術師も意外といるらしい。
その理由は単純明快、学問の追究の為だ。
もともと歴史の古く、また迷宮からごく稀にではあるが
「私も迷宮の攻略と、こうした依頼の受注で生計を立てている口だな。申し遅れた。名をイライジャ・イーストウッドという。職業は錬金術師だ」
「どうしてこう変わり者ばかりいるのかしら?」
地面に膝をついて、鞄から取り出した小瓶に例のモンスターのネバネバを詰め込んでいた青年の自己紹介にそんな感想が零れたのも無理からぬ事だった。
いくらギルドに登録しているとはいえど、自ら迷宮に潜りたがる研究者はそうはいない。
大抵の研究者は、ギルドに持ち込まれる鑑定やら、製薬などの美味しいクエストを今か今かと指をくわえて待ち構えているのだ。
「それについては君も人の事を言えた義理ではないぞ」
「貴方に言われたくないわよ、空前絶後の守銭奴」
「何やら、賑やかなパーティーだな」
やり合うサイラスと私の姿を見て、イライジャが微笑ましいとでも言うように目を細める。
そんな顔をしているが、彼もナツメと同じで、基本的にインドアな印象の強い研究者全体から見れば、立派な異端、マイノリティーだ。
「さて、問題のモンスターも採取し終えたところだし、持ち帰って調査する事にしよう」
「そんな疑わしげな目で見られていますが、彼の腕は確かですよ。以前、貴女方の持ち込まれたラピッドキングを鑑定されたのも彼ですから」
「何!?」
「何ですって!?」
「何と!」
いまいち、イライジャの事を信用しきれない。
そんな私たちとの間を取り持つように告げるクレアさんだったが、そんな彼女の言葉に驚いたのは私たちだけではなかった。
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