第18話 ホワイト・フレッシュ・何とか
「因みに、お前がたった今兎肉に擦り込んだ草はホワイト・フレッシュ・クリアガムって名前で、歯磨き粉の原料な」
「は、歯磨き粉……。いいじゃない、食べながら歯磨き出来るなんて画期的よ!」
「どんだけポジティブシンキングなんだよ、お前は!」
何はともあれ、私の兎料理は完成した。
魔導式オーブンから、一呼吸するだけで胸がいっぱいになりそうな、ホワイト・フレッシュ・何とかの清々しい香りがする。
「ほら、美味しそうに見えるじゃないの」
「見た目だけはな。匂いが食い物の匂いじゃないだろ、コレ。臭み取り、というよりもはや芳香剤の次元だ」
「ガタガタうるさいわね。ほら、食べてみなさいよ」
「もがっ……」
歯磨き粉と言われ、不安になった私は毒見をさせるべく物を鋭く突くようにしてナツメの口へと押し込んだ。
「コホッ……」
ナツメの喉の奥を刺激したのは果たして、肉の塊か、それが放つフレーバーか。
一瞬にして咳き込んだ彼は、何とも言えない表情になる。
「まうい……」
「え? 美味しい、ですって?」
「ちげーよ! 不味いに決まってんだろう!」
美味しいのか、と聞き返す私の目の前でナツメは口の中のものを吐き出した。
「そんなに言うほど不味くはな……マズッ!!」
口に入れた瞬間、謎草もといホワイト何とかは強烈な存在感を放った。
どうやら私は大将の料理を食した影響で舌が肥えてしまったらしい。
昨日までなら、えも言われぬ風味をものともせずに呑み込めたのに、それを吐き出してしまいそうになっている自分がいる。
「それでもお前はそれを食うのか?」
かなり不味いという事実に気付いてしまった。
それでも嚥下して見せれば、ナツメは目を見張る。
「ええ、食材は一片たりとも無駄にしてはならない。これは探索者たる私の矜持よ」
「天晴れな食い意地だな。今、ちょっとだけ尊敬したよ」
「ふふん、もっと尊敬しなさい、敬いなさい、崇め奉りなさい」
「いや、そこまではちょっと……」
「何でよ!? 貴方に謎草フルコースが完食出来るというの?」
「いや、出来ないし出来るようになりたくもない。そんな事より何故、不味い物を我慢して食う方向じゃなくて、旨い物を探したり、美味しく作る努力をする方向に発想が行き着かなかったのか……」
「うっ……」
グサリと核心を突く指摘をされ、一気に旗色の悪くなった私は黙秘を決め込んだ。
「……まあいい。これから改善していくんだ。問題は食材選びだな。調理技術自体は悪くないのに、食えない物を食材として選んでしまうせいで、全てが台無しになる」
「食べられない物とは失敬な!」
「無理をすれば食べられなくはないものと、美味しく食べられるものを一緒にするな」
「……ハイ」
一つ分かった事があるとするならば、ナツメもまた食に並々ならぬ思い入れがあるらしいという事だった。
彼もまた、食の求道者なのだ。
私とて、不味い物を好きこのんで食べたい訳ではない。
毎日、大将の手料理並の物を口に出来たら幸せだと思う。
「……私はどうすればいいの?」
「まずは意識改善だな。ド貧乏だったせいで、きっとお前は旨いものを知らなさ過ぎなんだ。頭で覚えられないなら、身体で覚えろ。まずはしっかり、旨いものを堪能するんだ。……ちょっと借りるぞ」
「なっ、何をする気なの?」
ニヤッと悪戯な笑みを浮かべてから調理台の前に立つナツメの、意外な程に頼もしい背中に問う。
「厨房で男が袖を捲ってやる事と言えば、料理しかないだろう」
「……出来るの?」
「腕前じゃあ、大将には全然敵わないけどな。だけど、俺の故郷の料理も捨てたもんじゃないぜ?」
まだ見ぬナツメの故郷の料理に期待感を募らせて、私はごくりと喉を鳴らして唾を呑み込んだ。
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