第21話 硝煙香る、日常の空気
――カン、カン、カーンッ
ハイドはフライパンを鳴らす。
――カン、カン、カーンッ
――カン、カン、カーンッ
――カン、カン、カーンッ
規則正しいリズムが生まれる。機械的なまで最適化された動作で、一切のムダを省き、音を奏でることだけに集中していた。
硝煙の匂いは、草原を流れる風がかき消した。
二秒以下でマガジンを交換し給弾動作を終えると、ふたたびフライパンが鳴り響く。
五十メートル先で時速十キロほどの速度で飛び回っている二十四センチのフライパンが三つ。
――カン、カン、カーンッ
穴が増えてゆく、フライパンたち。
――カン、カーンッ
スライドが後退した黒い銃を水平に構えたハイドは、大きく息を吐く。
「おつかれ」
「助かる」
ハイドの従者は板づくりの無骨なテーブルのうえで、マガジンに弾を入れて続けていた。
氷の入った薄はりのグラスに、透明な水差しからフルーツジュースがひとりでに注がれる。やさしい甘さのジュースを、ハイドは三口で飲み干した。
シルフィアがシルクのグローブを装着した手で、マガジンに弾を込めていた。質の高く安価で有名な弾薬メーカーのマークの目立つ、百発入りの赤い箱の封を開ける。二段になっている内箱を取り出し並べ、フルメタルジャケット加工された銃弾を一発ずつ黒いマガジンに押し入れる。バネが下がり、何発入っているか目視できるオレンジのレバーを十七まで下げると、重くなったマガジンを横に置き、次のマガジンに弾を込める。
ハイドが使用している銃は、軍に採用されたこともあり、大量生産される銃特有の無骨でおもしろみの無いデザインをしていた。ベストセラーのハンドガンであり、正規・非正規を問わないカスタムパーツが大量に出回っているにも関わらず、ハイドは飾ることがあまり好きではなかった。唯一の改造としては、セミオートとフルオートの切り替えができるようにしてある。
世界中のどこでも手に入るこのハンドガンに、ハイドは何度も助けられてきた。あえてひとつを選ぶなら、特徴がなく何者でも使えるそれらを選ぶ。しかし、弾が精確に飛ぶ調整さえしてあれば、装備品にこだわることはなかった。そう考えていながらも使う武器には偏りが生まれる。共に過ごした時間に愛着は生まれ、いまもよく手に馴染んでいた。
「ずうっとやってるね」
「だいじょうぶ?」
「わふーっ、慣れたよっ」
獣人族のルイは、ハイドに場所を貸しながらも立てる音にびっくりして離れていた。シルフィアがつくった獣人族用の耳当てのうえから、さらに手をあてながら音と匂いにビクつく体でハイドを眺めている。
「見えるの?」
「うんっ、追えるよ」
ハイドが銃声を鳴らすたび、ルイの目が素早く左右に揺れていることに気づいたシルフィアが聞いていた。
九ミリ・ルガー、百十五グレインの弾をハイドは撃っていた。撃っているハイドは、飛んでいる弾を視認することはできないが、どこをどう飛ぶかを計算することができていた。
「何回、撃てるんだっけ?」
「十七」
「よおし」
ルイは後ろ脚を一歩引いて、体を前に倒す。
「いち、にー、さんっ。よん、ごー、ろくっ」
ハイドが撃つ弾数を、ルイは数える。
「じゅうろく、じゅうななっ!!」
――ドンッ
銃声に負けない大きな音が鳴り響く。ルイが地面を蹴ったところは、緑が陥没し土色になっていた。となりにいたメイドの金髪が暴風に揺れる。なびく長い髪をこめかみの位置で押さえていた。
「もうっ」
メイドは、小言を漏らした。口角はあがっていた。
「わわっ、アッツーい」
「ルイッ」
ハイドは自分の射線に飛び込んできたルイからスライドが後退した銃を背け、しゃがみこむルイに弾が当たったのではないかと心配し駆け寄った。
「わふっ。なんだか、キレイだねー」
川辺で丸い小石を見つけた子供のような反応だった。
ルイは自慢の豪脚で放たれた銃弾に追いつき、素手で掴んでいた。指先がすこし赤くなっているぐらいで、ケガはない。
「信じられん」
「本気で飛ぶドラゴンぐらい、はやいんだ! すごいね、これ。あれっ、もう飛ばないの?」
ルイは弾頭を投げてみると、へろへろと地面に落ち、甲高い音を立てた。
「すごいのはルイのほうだ」
「えへへー。わかんないけど、褒められちゃったあ」
尻尾をふり、前髪のメッシュを揺らすルイ。
ハイドはルイの腕を取り、指先を確認する。表皮すら傷ついていないルイの頑強さには、あきれるしかなかった。
「お手? がうがう」
甘えたように鳴きながら、ルイはハイドにじゃれついていた。
こすりつけるようにハイドに体を寄せると、腰回りに抱きつきハイドを足止めする。「かまって、かまってー」と尻尾が遊びたそうな顔をする。
そんなとき、ルイの耳がピンと伸びた。
「まおーさまだっ」
「ここにいたのね、探したわよ。うふふっ、ほんと仲良しなんだから」
外行きの格好で、リースメアは手を振りながら歩み寄る。もう片方の手には怪しく光る宝玉を持っていた。
「ハイド、これを預けるわ。防衛当番、よろしく」
「なんだ、これは?」
「わたしの心臓」
「毛が生えていないな?」
「わたしのこと、なんだと思ってるのよっ。頼んだからね!」
リースメアはそれだけいうと、転移するとき特有の唐突さで立ち去ってゆく。
「いったい、なんなんだ」
「えーっとね、ダンジョンの鍵? まおーさまの、とっても大事なものだよ。壊れたらね、まおーさまのお城もダンジョンも維持できなくて無くなっちゃうの」
「〝罪の宝玉〟魔王が、魔王である証。カルマを所蔵しながら、運用するための装置。ふだんは自分で持ってる。城を離れるときだけ、だれかに預けるの」
紫色に光るオーブをハイドは両手で抱えた。
「なぜ、そんなものを俺に」
「わふっ、まおーさまが、言ってたよ。魔王の心臓だってね」
「聖剣は魔王を倒せども、心臓までは届かない。またすぐに、次の魔王が現れる。ひとで言うと、それは国そのものだよ」
「俺がこいつを壊すとは思わないのか」
悪態をつくハイドであったが、無意識にリースメアの心臓を両手で抱え自分の胸の近くに抱き寄せていた。
「壊す理由、ないでしょ?」
天使の青い瞳は、ハイドを見透かしていた。
宝玉を守るハイドを見て、ルイは遊びたくてウズウズしてしまう。
「わふっ、わるい冒険者だぞー。魔王の心臓をだせーっ。がおーっ」
両手をあげてハイドを威嚇するルイ。ハイドは思わず身をよじる。
天使も目を輝かせ、唇を歪ませた。
「魔王を狙い続けてた、メイドだよ。いまが、チャンスかも?」
お遊びの反逆に、ハイドは付き合うことにする。
「ざんねんだ。魔王を殺すのは、俺の仕事でな。魔王の信頼のために、ここで躓くわけにはいかないんだよ」
ハイドはルイの手の届く範囲まで接近すると、片手で宝玉を抱えたまま強引に体をスピンさせると、あっさりと抜きさった。
「なんだ、なんだー!?」
「あはっ。スポーツになっちゃった。追うよ、ルイ」
「うんっ、シルフィー!」
ラグビーボールのようにガッチリとリースメアの宝玉を抱えたハイドは、全力で後ろのふたりを振り切ろうと巧みなステップで方向を変えながらも走りつづける。
すぐにルイに並ばれ、攻防がはじまる。隙を見てルイのタックルを受けたハイドは、大の字になり地面を転がった。
「もらいっ」
シルフィアは甘くなったハイドの腕から、宝玉を奪いとる。
「あーっ。追うよ、おにーさんっ」
「ああッ」
三人は、宝玉をボールに遊びほうける。
外では日が暮れようとするころ、ハイドに用事のあったコルトが宝玉で遊ぶ三人を見て叫んだ。
「なにをやっとるか!? ばかものーーーーっ」
ハイドと天使と狼は並んで正座させられ、コルトの説教をくらう。リースメアが帰ってくると、事情を聞いて笑い転げるのであった。
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