第35話 奇襲

「それで? 俺の訓練を受けるのか?」


 声を掛けると女は枕に埋めていた顔を上げ、汗ばんだ肌に張り付いた黒髪を手で払った。


「勿論ですわ。むしろこちらからお願いしたいくらい。あっ、でもあの約束は絶対守ってくださいましね」

「それはいいが、そんなに気にすることか?」

「師匠は不敗のまま、剣聖になりました。格好良くありません? 私もそうなりたいんですの。師匠以外に負けたことはない。みたいな感じのセリフを言いたいんですの」


 目をキラキラさせるサーシャには悪いが、まったく理解できない感性だ。


「でも実際負けてるよな?」

「名声と事実はイコールではありませんわ。そして私が欲しのは名声ですの」


 なるほど。そう言われると先程よりも女の感性が理解できた気がする。


「だ、そうだ。こいつのことは黙っててやれ」

「へ? 誰に言ってますーー」

「畏まりました」

「のぉおおおおお!?」


 今の今までメイドの存在に気が付いていなかったようで、ラーミアの声を聞いたサーシャはすっ裸のまま飛び起きた。


「な、な、な、な……へ? しょ、将軍? なんでこんな所に!? というかなんですの、その格好。なんでメイド? いや、それ以前に、ま、まさか、み、見てましたの?」


 サーシャは己の裸体を腕を使って慌てて隠した。


「お久しぶりでありますサーシャ殿。壮健そうで何よりであります」

「見てましたの?」

「えっと……申し訳ないであります。自分、メイドなので」

「どこから、どこから見てましたの?」

「その、初めからであります」

「いやぁああああ!!」


 黒髪を掻きむしってシーツの上を転がりまくる女の動きに合わせて、ベッドが上下に揺れる。


「大丈夫か?」

「全然大丈夫ではありませんわ。というか、貴方まさか将軍がいること気付いてましたの?」

「俺のメイドだからな」

「信じられませんわぁあああ!!」


 白い肌を茹でられた蛸のように赤くして、女がポコスカと俺の体を叩いてくる。


「その鈍さで今までよく生きてこれたな」


 行為の最中とはいえ、普通気付きそうなものだが。


「んなっ!? きょ、今日は特別。そう特別だったんですの。普段であれば気づいていましたわ」


 とても言い訳くさい。だが生娘であったことを考慮したら、女が通常の精神状態でなかったのは事実だろう。丁度いいことに何やら敵意を持った者達がやってきたし、ここは一つーー


「お手並み拝見だな」

「はぁ? 何を言ってーー」


 スッ、とサーシャとラーミアの瞳がほぼ同時に鋭さを帯びた。直後、窓を破って黒装束達が飛び込んできた。

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