人を食らう家

永嶋良一

第1話 おうち探検隊 1

 「さあ、今週もおうち探検隊の時間がやってまいりました。今日のおうちを紹介するのは、太陽テレビの新人アナ、わたくし、川辺舞歌で~す。よろしくお願いしま~す」


 私はテレビカメラの前で飛び切りの笑顔を作った。


 太陽テレビの人気番組「おうち探検隊」の放送が始まった。「おうち探検隊」は、ゲストとテレビ局の新人女子アナがいきなり個人の家に入っていって、家の中を探検するという番組だ。

 「いきなり個人の家に入っていく」と言っても、それはあくまで番組上の建前であって、もちろん事前にテレビ局が家の持ち主と住人に話をつけている。視聴者もその辺は十分わかっていて、放送開始以来3年が経つが、視聴者からクレームが来たことは一度もなかった。


 昨今、この手の『家紹介』がテレビ番組の中で花盛りだ。その中でも「おうち探検隊」は群を抜いて視聴率が高い人気番組だった。その理由は「おうち探検隊」が、いまどき珍しく録画ではなく生放送の番組だという点にある。


 「おうち探検隊」は、生放送ゆえに毎回ハプニングには事欠かなかった。


 文字通り予期せぬ出来事が起こったり、家の紹介番組なのに1時間の放送時間内に家を全部紹介できなかったり、逆に家を全て紹介したのに放送時間が余ってしまったり・・といったハプニングが毎回必ず起こるのだ。


 おまけに進行役は新人の女子アナだ。そういったハプニングに対処できず、放送中に進行役の女子アナが泣き出すこともしょっちゅうだった。


 視聴者はそういった予期せぬドタバタを毎週楽しみにしている。「おうち探検隊」は、家の紹介をしながら、素人がドタバタするお笑いの要素もふんだんに盛り込まれている番組だった。これが人気の秘密なのだ。


 私は川辺舞歌。


 今年、太陽テレビに入社した新人の女子アナだ。親がダンスと歌が大好きなので、舞歌という名前にしたと聞いている。安易なネーミングだが、私は舞歌という名前を気に入っていた。私自身、バレエが大好きで、学生時代はずっとバレエを習っていた。


 私は去年までは女子大の学生だった。大学時代、この番組はよくテレビで見て笑っていたが、まさか自分が進行役をしようとは夢にも思わなかった。私は今年太陽テレビに入社し、クイズ番組のアシスタントを担当していた。「おうち探検隊」では新人の女子アナが交替で進行役を務めている。そして、とうとう、私は今週の番組進行役に抜擢されたのだ。


 私は明るい声で言った。


 「さあ、それでは今週のゲストを紹介しましょう」


 ディレクターの元山さんがさえないオッサンをカメラの前に押し出した。生まれてから一度も櫛で髪をいたことがないというようなぼさぼさの頭に、黒縁のメガネを掛けている。眼鏡のレンズはまるで牛乳瓶の底のようにぶ厚かった。よれよれのスーツに、破れかけた革靴を履いていた。その革靴をスリッパでも履いているかのように、ズリズリと引きずりながらこちらに歩いてくる。

 

 私は心の中で天を仰いだ。


 何? このオッサンは? もうちょっと、ましな人はいなかったの? 私が進行役をする回なのに、ゲストはもっと素敵な人にしてよ。


 しかし、私の口からは、そんな心の中の思いとはかけ離れた言葉が飛び出していた。


 「さあ、今日もたいへん素敵なゲストに来ていただいています。今日のゲストは皆さんよくご存じの京都建築大学教授、石頭いしあたま一郎先生です。先生、今日はよろしくお願いします」


 石頭教授は私の横に立つと、京都弁か大阪弁か知らないが、カメラに向かってポツリと言った。


 「わてが石頭でんねん。よろしゅう頼んますわ」


 そして、石頭教授はそれきり黙ってしまった。


 もう~。愛想のないオッサンだわ。それに一体どこの方言でしゃべってるのよ。


 私は頭にきたが、そんな気持ちはおくびにも出さない。笑顔をカメラに向けた。


 「では、もうお一人の素敵なゲストを紹介します」


 横から若い女性が出てきた。いかにも軽薄な感じだ。知性がありませんと顔に書いてある。でも彼女は大学に通う現役の大学生なのだ。来年二十歳になるというのに、パンツの見えそうな真っ赤なミニスカートをはいている。歩くたびにスカートのフリフリのフリルが揺れていた。横にいる同性の私が恥ずかしくなってきた。


 「もうお一人のゲストは、皆さん、お待ちかね、今年デビューした歌手の鬼頭きどう紗季さきちゃんで~す。では、さっそく、紗季ちゃんに歌っていただきましょう。歌は紗季ちゃんのデビュー曲です。大ヒット中の『私はパープリン』で~す」


 紗季が舌足らずな声を出した。


 「は~い。みなさん、こんにちは。鬼頭紗季で~す。それでは、私の歌を聞いて下さ~い」


 誰かの家の前だというのに、大音量で音楽が鳴り響いた。それに合わせて、紗季が舌足らずな声で歌い出した。音楽も紗季の声もすさまじい大音量だ。私は思わず耳を手で塞いだ。


 ちょっと、これって、音が大きすぎない? ご近所に迷惑じゃないの?


 静かな住宅地に音楽と紗季の歌が大音量で響き渡った。


 ♫ パープリン。パープリン。私はホントにパープリン。どうにもならないパープリン。ホントにアホなパープリン ♫


               (第1話 了)




 





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る