第102話 祖父

「おわかれね……」


「駄目だエニュ!俺も最後まで君と一緒に!」


「駄目よ。貴方には帰るべき場所が……待ってくれている人がいるじゃない。だから、貴方は生きて」


エニュが俺に口づけをする。

それは永遠の別れを意味する口づけだった。


「さあ!元居た世界に帰るのよ!そして……どうか、私達の事は忘れて幸せに生きて」


「エニュ!」


エニュが送還魔法を発動させ。


そして終わった。


俺の……わしの異世界での戦いが。


完全なる敗北によって。


◆◇◆


「夢か……未だに引きずっておるとはな。いや、忘れられる訳がない。彼女の事を。そしてあの世界の事を」


かつてわしは異世界へと召喚され、勇者としてその世界を救うために戦った過去がある。


――敵は世界そのものを亡ぼす、邪悪な7柱の破壊神。


その力はどうしようもない程強力で、わしの全てを出し切っても、そのうちの一体と引き分けるのが精いっぱいだった。


その戦いで重傷を負ったわしは本来の力が発揮できなくなり、そのまま元居た世界へと送り返された。


愛する女性の手によって。


わしを生かすために。


「あの時わしに、もっと力があれば……まあ、今更嘆いても詮無い事じゃな」


地球に戻ったわしは、生きるしかばね状態となる。

そんなわしを支え、苦しみから救ってくれたのは、中学時代の学校の先生だった。


やがてわしは先生と恋に落ち、結婚し、子宝に恵まれ。

そしてその子が結婚し、更に孫が生まれた。


心のどこかでエニュ達の事が引っかかってはいた物の、帰還してからのワシの人生は幸福だったと言って差し支えないだろう。

彼女が望んだ様に。


まあ婆さんには7年前に先立たれてしまったが。

ちょっと早いが、それはある程度年齢の問題じゃから、どうしようもあるまい。

ばあさん、わしより一回り近く上じゃったからな。


「ふむ……久しぶりに、孫の顔でも見に行くとしようかの」


わしの孫は、今現在、能力者プレイヤーとして活躍している様じゃった。

どうやら、傷ついた心はある程度癒えた様である。


「あいつが消えたと聞いたときは、本当に驚いたもんじゃ」


孫は一度失踪していた。

6年前の事じゃ。


わしは孫を見つけるため、あらゆる手を使ったが、その行方を突き止める事は出来なかった。


わしにとっても。

息子夫婦にとっても。

それは辛い、地獄の様な日々じゃった。


じゃが5年程経ち、何事もなかったかの様に孫は帰って来た。


当然じゃがわしは帰って来た孫に会いに行き、そして気づく。

その内に秘められた力に。


プレイヤーと呼ばれる者達とは違うその力は、わしが異世界で身に着けた力に近いものじゃった。

だから分かったんじゃ。

暗い顔をする孫が、自分と同じ様な経験をしてきた事が。


「本人が自分から話さない限り、5年間の事はそっとしておいてやってくれんか。頼む」


心の傷を癒すには、時間が必要である。

無理に聞き出そうとすれば、傷口をえぐる事になってしまう。

そう思ったわしは、息子夫婦に口出ししない様頼んだ。


その際、わしの異世界での事を話そうかとも思ったんじゃが、それだと胡散臭くなってしまう。

ゆえに、事情は話さなかったのだが――


「わかったよ。父さん」


「お義父さんがそうおっしゃられるんでしたら」


二人は快諾してくれた。


それから一年。

孫が就職したという旨が伝えられる。

友達の会社だそうだ。


そしてその直後程に、大きな事件がニュースに流れた。

それはSランクダンジョンが、世界中に同時に発生したという物だ。


そしてそのニュースの続報映像で、わしは孫の姿を見つける。


「何をやっとんじゃ、あいつは」


攻略隊とやらに混じる孫は、何故か黒い全身鎧を纏った女性の姿をしていた。

その意図が分からず、わしは混乱する。


じゃがまあ、なんにせよ、である。

戦いの場に出れる様なら、もう心配はいらないだろう。


「さて、急に行ってびっくりさせてやるとするか。婆さん、孫に会いに行って来る」


仏壇にそう報告し、わしは手早く用意を終わらせ家を出た。

都会にいる孫の蓮人に会うために。

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