第60話 光へ
子供の頃、私は正義のヒロインに憧れていた。
その中で特に心惹かれたのが魔法少女だ。
本来、そう言った夢物語は成長と共に色褪せ消えていく物である。
だが私はそうならなかった。
「沙也加。いつまでそんな子供っぽい物を見てるの。貴方は姫宮の血を引く人間なんだから、もう幼稚な物を見るのは止めなさい」
小学校1年生の頃、私は親にアニメを見る事を禁止されてしまう。
そんな物にうつつを抜かさず、姫宮の血筋として恥ずかしくない立ち振る舞いを覚えろと。
それ以降、両親の監視の目は厳しかった。
だがそれでも私は止まらない。
同級生にお金を握らせて録画させ、そのデータを持ち帰って深夜こっそり正座して視聴を続ける。
数々の習い事や剣術の稽古。
そんな忙しい日々の中、自らの貴重な睡眠時間を削ってでも続けた理由は、私自身にも分からない。
だが……止まったら死ぬ。
そんな本能的な衝動が私を突き動かす。
「ついに一人暮らし……」
小中高と親の期待に答え続けた私は、大学に入学する事で念願の自由を得る事になる。
親元を離れ、1人暮らしが実現したのだ。
これでもう、こそこそ隠れて魔法少女物のアニメを見る必要は無い。
「自由よ!」
――そこからは夢の様な生活だった。
魔法少女アニメや漫画、小説の鑑賞と、グッズを買いあさる日々。
勿論親の目を誤魔化すために勉強もある程度はやっていたが、それでも、それまでとはまるで別世界だった。
そんな至福の生活を2年程続けた二十歳の春。
それは急に現れた。
――クリスタルだ。
突如世界中に現れた未知の物質、クリスタル。
それは物理兵器を全く受け付けず。
しかもその内部には、魔物と呼ばれる存在が徘徊する広大な空間――ダンジョンが内包されていた。
時間の経過とともに巨大な魔物へと変化するクリスタルは、平和を乱す大きな脅威となる。
そんな中、各地に特殊な能力者を持つ者達が現れ出した。
それはまるで人類の危機を救うヒーローの様な存在だ。
だが――その中に私の憧れる魔法少女は居なかった。
しょせん魔法少女は空想の存在。
それは分かっている。
だがダンジョンなんて非常識な物があり、それの対抗手段として特殊な能力を持つプレーヤー達がいるのだ。
今はまだいなくとも、いずれは――
そんな夢みたいな希望を胸に、私は魔法少女が現れるのを待ち望んだ。
それから2年経ち、私は大学を卒業。
そのまま姫宮グループに就職する。
勤務先は本社の予定だったが、私の強い希望でダンジョン攻略企画という子会社へ出向という形にして貰った。
――いつか現れるであろう、魔法少女の力になる為に。
そう……私が影となって、魔法少女を支えるのだ。
「え!?」
そんな風に考えていたのだが、私は思わぬ形で魔法少女との邂逅を果たす事になる。
そう、他でもない私自身がその力を得たのだ。
特殊能力、魔法少女を。
「やった!やったわ!」
私は歓喜した。
幼いころから憧れ、恋焦がれた魔法少女。
その魔法少女に見る側ではなく、私がなる。
これを喜ばずにいられようか?
早速特殊能力で変身してみた。
「ピピルプパパルプ。ブルーアースパワー!」
変身の呪文は適当だった。
こういうのはフィーリングが重要なので、胸の内から湧き出た魂の言葉が呪文となるのだ。
「これが……魔法少女……」
姿見に映る自分の姿を、じっと見つめる。
黒かった髪と瞳が薄いブルーへと変化し、頭のカチューシャにはブルーサファイヤがふんだんに使われキラキラしていた。
格好は青のノースリーブにマント、ひらひらのスカートと膝上まであるブーツも青で統一されている。
どうやら私のカラーは青の様だ。
「少し短いわね。まあでも……」
スカートは超が付く程のミニである。
少し恥ずかしい気もするが、まあ仕方がない。
――何故なら、魔法少女とはそう言う物だからだ。
「武器は剣ね」
腰元には細身の剣がかけられていた。
昔の感覚で言うならステッキが王道なのだろうが、昨今の魔法少女は基本何でもありだ。
中には銃やロケットランチャーを使う様な者までいる。
それに比べれば、剣はまだ全然魔法少女らしいと言えるだろう。
「まずは下準備が必要ね」
特殊能力者が現れる様になって既に2年経つ。
弱い魔法少女などありえない。
私は立場を最大限生かし、自分専用のダンジョンを用意してまずはレベル上げに勤しむ事にする。
「ブルースフィア!」
魔法少女は強力な特殊能力だった。
変身すれば身体能力が大幅に向上し、更に必殺の魔法?まで扱えるのだ。
弱い訳がない。
更に私は剣術を幼い頃から学んでいた――姫宮は剣術を尊ぶ一族である――ため、剣での戦いもお手の物だ。
それに加え、魔法少女と同時に覚醒していたオーラウェポンも相性が抜群に良かった。
それらの要素がかみ合い、私は単独でダンジョンを攻略しまくって高速でレベルを4まで上げる。
「さあ!魔法少女デビューよ!」
Aランクダンジョン。
それが私の魔法少女デビューの場だ。
姫宮グループの抱える能力者達とダンジョンへと侵入。
そこで私は早速、変身をお披露目する。
「ピピルプパパルプ。ブルーアースパワー!」
完璧な変身ポーズ。
決まった。
そう思っていたのだが、周囲からの反応はない。
見ると皆、困った様な顔をしていた。
「アイドルやらされてる私が言うのもなんだけど……24歳でその口上と格好は、正直どうかと思うわよ?」
衛宮玲奈の容赦ない一言。
そして周囲の冷ややかな反応から、私は気づかされてしまう。
24歳で魔法少女は無理があるという事に。
――この日、私の中で魔法少女は死んだ。
それが2年前の話だ。
あれ以来魔法少女である事を捨てた私は、過去を黒歴史として封印し、仕事一筋に生きて来た。
だが虚しい。
どれ程仕事で成果が出ても、そこに喜びは見いだせない。
だがそれでも私は仕事に打ち込むしかなかった。
何故なら、立ち止まれば背後から這い寄って来るのだ。
捨てたはずの魔法少女が。
――
一度
いつも直ぐ傍から、私の背に手を伸ばしてくる。
だから私は、逃げる様に必死に仕事に打ち込んで来た。
だがそんな無理をした結果、私はストレスで四六時中イライラする様になってしまう。
周囲にきつく当たる私を、周りの人間は「陰険」「ヒス」と陰で中傷する。
そんな状況も更に私をイラつかせた。
こうなったら「行くとこまで行って嫌われ者を極めてやらぁ!」と考え出す程に。
「レベル6ですって?」
ある日、協会に用があって立ち寄った所、新たなレベル6の登録者の情報を私は聞かされる。
そのレベルの能力者なら是非とも欲しい。
これはチャンスだと思った私は、情報提供者に賄賂を渡しその人物の元へと急いだ。
――それはただの偶然だった。
――もし今日この場に来ていなければ、流石に私自らスカウトする様な事はなかっただろう。
――だから私はこの幸運に感謝する。
何故ならその男性――勇気蓮人こそ、第二の魔法少女人生の扉を開くチャンスをくれる人物だったからだ。
「そしてもう一つが――魔法少女」
そう、この日私は扉を開く事になる。
絶望し封印された黒歴史を光へと変える、希望の扉を。
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