第10話 モテた

「郷間、クリスタルを貸してくれ」


凛音が運転する帰りの車の中、郷間にクリスタルを渡す様に言う。

何となく嫌だという理由で、記された名前を変える為だ。


「ん?何をする気だ?」


「魔法で俺の名前を変えるんだよ」


「え!?そんな事もできるんですか!?」


「まあな」


もう凛音にも異世界帰りって事はバレている。

今更隠す意味はないので、ぶっちゃけた。


「マジか?つか、なんで名前なんて変えるんだ」


「なんとなく。心情的に嫌なんだよ」


「なんだそりゃ。まあ別にいいけど」


郷間からクリスタルを受け取り、悪魔の偽装イービルフェイクを発動させた。

黒い靄がクリスタルに吸い込まれ、俺の名前の部分をエギール・レーンに変える。


「え?もう終わったのか?魔法って地味だな」


クリスタルを返すと、郷間が文句をつけて来る。

恐らくだが、魔法陣が現れて……とかを想像してたんだろう。


「攻撃魔法じゃないんだから当たり前だろ」


まあ流石に攻撃系の魔法はド派手だ。

相手を吹っ飛ばしたり、燃やしたりする訳だからな。


「ちょっと、お兄ちゃん見せて」


凛音が郷間からクリスタルを受け取る。

運転中だってのに、確認する気満々の様だ。

アブねぇな。


「ほんとだ!名前が変わってる!凄い凄い!」


「どれどれ。成程、確かに変わってるな」


郷間も確認して感心する。


「ところでこのエギール・レーンって名前、女のこっぽいですけど。ひょっとして、異世界の彼女だったりします?」


凛音がニヤニヤしながら、とんでもない事を口にする。

確かに女ではあるが、彼女所か、相手は俺がこの世で一番嫌いな相手だ。


「全然違う」


「ありゃ、違いましたか。でも勇者だったんなら、蓮人さんモテモテじゃなかったんですか?」


女にはモテたか?


ああ、モテたよ。

その大半は暗殺者だったがな。


魔族との激しい戦いの最中だから、人間同士一枚岩になって戦う。

そうだったなら、どれだけ素晴らしかった事か。


人間の欲望は底なしだ。

当然そんな事にはならない。

人間同士の足の引っ張り合いは、当然の様に横行していた。


本当に愚かな話である。


勇者と呼ばれていた俺は、当然ながら、魔族との戦争で多大な功績を上げていた。

そして目立てば目立つ程、それを目障りに思う奴らも多くなっていく。

人類側が優勢になり、魔族との戦争が終盤にもなってくると、俺の元には次から次へと暗殺者が送られて来る様な有様だった。


そしてその大半は、見目麗しい女性だ。

その方が、俺が油断すると考えていたんだろう。


え?

そいつらをどうしたかって?


当然すべて返り討ちにしたよ。

あの時の俺は、長く続く戦いに心を荒ませていたからな。

相手が人間だろうと容赦しなかった。


ひょっとしたら、暗殺者の女達にも止むに止まれぬ事情があったのかもしれない。

今思うと可哀そうな事をしたと思う。


だが当時の俺には、そんな余裕はなかった。

自分が生き残る事。

共にする仲間達を守る事でいっぱいいっぱいで。


「魔族との戦争続きで……周りの人間がドンドン死んでいく中、色恋に現を抜かす余裕なんてなかったよ」


異世界での事を思い出し、つい刺々しい言葉で返してしまった。

凛音は何も知らないのだ。

その彼女に当たるのは筋違いだというのに。


「あ……ごめんなさい」


「気にしなくていいさ。ただ、異世界の事はできれば聞かないでくれ。あんまりいい思い出はないんだ」


それだけ返すと、俺はポケットからスマホを取り出してゲームを始める。

とてもそんな気分ではなかったが、とにかく、今は自分の殻に逃げ込みたかった


ホント……我ながら器が小さくて嫌になる。

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