第3話 鑑定

「何でお前がここに?」


唐突なかつての悪友との再会に、俺の疑問が口を吐いた。


「おばさんから電話があったんだ」


オカンめ。

連絡するなっつったのに、余計な事ばっかりしやがる。


「このゲーム。面白いのか」


郷間がベッドに座る俺の横に座り、画面を見て呟く。

それに対して俺は迷いなく答えた。


「おう!最強だぜ!」


「ははは、最強か……」


その返事に郷間が笑う。

だがそれは俺の知る、無邪気な馬鹿面の悪友の笑顔ではなかった。

疲れ切った、寂しそうな笑い顔だ。


「何かあったのか?」


きっとなにかあるのだろう。

そんな顔を見せられては、流石に放っておくわけにもいかない。

助けてやれるかどうかまでは分からないが、友達だし、話位はきいてやらんとな。


「実はさ、会社が潰れそうなんだ」


「会社……確かダンジョン関係だっけ?」


「能力者を抱えて、ダンジョンを攻略させる。所謂、ブローカーって奴さ」


ブローカーか。

何だかカッコイイ呼称だ。


とは言え、疲れ切っている郷間の顔を見る限り楽な仕事ではないのだろう。

実際、会社が潰れそうだって言ってるし。


「奮発してダンジョンを用意したんだけど、攻略直前に大手にうちで育てた能力者が引き抜かれちまってさ。そのせいで大損害さ」


引き抜き、か……


「その引き抜きには、移籍金とかなかったのか?」


ニュースで優秀な能力者の移籍には、巨額な契約金が動くと流れたていたのを思い出す。

抜かれた側が唯々損するのではなく、代わりに金が入ってくるシステムだ。

野球とかサッカーとかでも、確かそう言うのがあったはず。


「はは、普通はそう考えるよな。けど、うちの親父が古いタイプの人間でさ。契約で人は縛れない。重要なのは心だって……」


「そうか……」


最後の方は言葉になって無かったが、何となく言いたい事は察する


そういや、郷間の親父は昔気質の人情深い人で、他人との繋がりを大切にするタイプだったな。

恐らく契約には、違約金などの条項が含まれていなかったのだろう。


「今日俺がここに来たのは、お前のおふくろさんに謝りに来たんだ」


「母さんに?」


「ああ。お前に仕事見つけてやってくれないかって頼まれてたんだけど、会社がこんな状態じゃ……とてもそんな事無理だからな」


どうやら母は俺の就職のため、密かに連絡を取っていた様だ。

それでさっき郷間の名前が出たのかと納得する。


「お前が謝る事じゃないさ。それで、郷間はこれからどうするつもりなんだ?」


「会社を畳んで、一能力者プレイヤーとしてダンジョン攻略で稼ぐさ」


「お前!?プレイヤーなのか!?」


プレイヤー。

それは異能を持つ者の総称だ。

ダンジョンという、まるでゲームの様な場所に挑む事からプレイヤーと呼ばれている。


「ああ。とは言え、俺の能力は鑑定だけだからな。それだけの俺じゃ、どこかに所属しても薄給だ。いつ借金を返えし終える事が出来るやら。下手したら一生かかっちまうかもな」


「どれぐらい借金があるんだ?」


「ダンジョン購入にかかった費用は2千万ちょっとだから、大した事はないんだが――」


いや二千万でも相当なもんだが?

まあ会社って単位で考えると、少ない方なのだろう。


「問題は攻略費だ」


「攻略費?」


顕現けんげんは知ってるよな?」


「えーっと、確か――ダンジョンクリスタルが発生してから一定期間が立つと、クリスタルが魔物に変わる……だっけか?」


ダンジョンと言っても、洞窟が現れる訳ではない。

クリスタルの様な物が現れ、それを使って飛んだ先が魔物の巣窟になっている事から、便宜上ダンジョンと呼ばれているだけである。

そして一定期間それを放置すると、クリスタル自体が魔物化して暴れ出すそうだ。


ダンジョンが出始めた当初はそれを知らなかった為、そこかしこで魔物化が起こり、相当な人的被害が出たと聞く。


「購入者はクリスタルが赤信号レッドライトになる前に、攻略して消滅させる義務が背負わされるんだ」


赤信号と言うのは、クリスタルの色から来ている。

基本的にクリスタルは出現時には青色をしており、時間が経つと黄色に変化する。

そして更に時間が経って、顕現直前になると赤色に変わってしまうそうだ。


赤青黄色――まるで信号機の様な変化から、そう呼称されていた。


「うちの所有してるダンジョンは、もう黄色に移行してる。だから、何処も足元をみて吹っ掛けてきやがるのさ。ま、それでもレッドライトに移行するよりましなんだけどな」


「それはどれぐらいなんだ?」


「二つ合わせて、だいたい最低でも三億はかかる」


「……マジか」


2千万の不渡りダンジョンの始末にかかる金が三億とか、全く笑えねぇ。

足元見られすぎだろ。

こういうのを、華々しい仕事の影に潜む闇っていうのかね。


「そういや、ダンジョンって攻略出来たら凄く金になるんだろ?それで返せないのか?」


「そっちの方も依頼先の全取りだよ。それを含めて三億だ」


郷間は辛そうにため息を吐いた。

その様を見ていると、今にも心労で倒れてしまいそうで不安になる。


「能力者なんだったら、自分で攻略に挑んでみるとかは?」


「言っただろ。鑑定しかないって。魔物の情報を得たって、倒す力がないからな。絶対無理だ」


鑑定だけか……


魔物と戦う時、相手の情報があるというのはそれだけで大きなアドバンテージになるものだ。

異世界で戦ってきた俺にはそれが良く分かる。


とは言え、確かに情報があっても、それだけでは魔物を倒せないのもまた事実。

この手の能力は強い仲間と組んで初めて力を発揮する物だから、仲間がいないと話にならない。


――そしてその郷間の組むべき仲間は、引き抜きでいなくなってしまっている。


つまり、ツミだ。


「そっか……」


重苦しい沈黙がその場を支配する。

そんな空気を吹き払うかの様に、郷間が急に笑いだした。


「ははは。ま、何とかなるさ!それより!俺の能力を見せてやるよ!魔物でも紙切れでも、なんでも鑑定できるんだぜ!」


「はは、そいつは凄いな」


「そうだな。じゃ、お前を鑑定してやるよ」


「へ?いや待て!俺はいい!」


なんだか嫌な予感がして、俺は手を振って拒否する。

が――


「ははは。まあ遠慮するな」


俺の言葉を無視して、奴が能力を使ってしまう。

郷間の右目に、魔法陣の様な物が浮かび上がった。


「!?」


――俺を鑑定した郷間の笑顔が、一瞬にして驚愕に変わる。


「異世界を救って、帰って来た勇者……だと?」


俺を見開いた眼で凝視したまま、郷間はそう呟く。


嫌な予感が的中してしまった。

奴の鑑定は、俺の異世界での記録すらも見抜いてしまった様だ。

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