バイクの秘密
帰りは九州縦貫道から山陽道に。しまなみ海道と走って松山に帰宅。帰宅してからもビデオの編集に没頭。加藤もそうで、一週間ぐらいはPCと格闘していた。これをやらなきゃ、食べられないからな。
ビデオ編集が一段落し番組を上げれる段階になったので、無理やり考えるのを押さえつけていた謎のバイクの事を考えていた。短時間しか乗れなかったが、加藤の言うアクティブサスはある気がした。
とくに加速した時、今から思い出してもゾッとするような代物だったが、急にフロントの接地感が無くなったからな。たぶんウィリーぎりぎりの状態だった気がする。これがゆっくり流すと、あきらかにサスどころかダンパーの動きまで変わった気がした。
車体の剛性は高いと思う。カーブなんか怖くて試せなかったが、加速からブレーキをかけた時にキシミすらしなかった。だが、低速で走るのは苦手そうな気がした。というか、高速が得意とも言えないか。
たしかに物凄い加速をするが、あの加速をコントロールしながらのコーナーワークはすぐには出来ないな。旋回中にうっかりスロットルを開けたりすれば、横滑りが発生するだろうし、下手にスロットルを戻したりすればハイサイドで飛んでいく。
その辺の制御がどうなっているかを見たかったが、命だけでなく、破産と天秤と思うと出来るものか。低速コーナーで無理せず安全なコーナーリングをあの二人はやっていたから、その辺のコントロールは苦手なのかもしれない。
あの二人も言っていたが、ガチガチのレーサー仕様を無理やりツーリング用に改造したような感じかもしれない。それも現代のレーサー仕様でない、それこそケニー・ロバーツが使っていたようなマシンをだ。
あのバイクの失敗はエンジンをロータリーにしたことだろうな。それも低速で極端にトルクが無くて、ある時点から鬼のように回りだすセッテイングだ。それもだ、
『あいつら4ローターにするなんて言いだしよったから却下した』
馬力の謎も判明した。1ローターで二五馬力の3ローター、七五馬力ってなんだよ。だいたいだぞ、PWRが〇・二六なんて化物なんてものじゃない。人込みでも彼女たちなら〇・八だ。
もう一つ謎があった。加藤も指摘していたエンジンの過熱だ。どうみても水冷でないのはラジエーターがないだけでもないだけでわかる。125CCの3ローターとはいえどうやって解決したのかだが、
「ああそれか。最初は真冬でも暖房になるぐらい熱かってんよ。そやから水冷にせいって言うたんやけど」
「意地でも水冷にしてくれなかったのよ」
採用されのは油冷だったのか。そんな冷却方式がかつてはあったと聞いている。メリットは水冷に較べるとコンパクトになる点だが、冷却方式としては水冷に劣るので滅んだ技術のはず。
「劣るんは間違いあらへん」
「だいぶマシになったけど、気を遣うのよ」
ロータリー・エンジンの冷却はローターをオイルで冷やし、ハウジングを冷却水で冷やすと加藤は言っていた。それをハウジングまで油冷にしていたというのか。オイルクーラーも実物を見るとサード・パーティ品より明らかに大きい。
水冷にせず油冷にしたのは改造がバレないようにする配慮と思われるが、良く出来たものだ。それでも無理がありそうな気がするが、それをなんとかしてしまったのが科技研と言うしかないのかもしれない。
おそらくエンジン本体にも相当な工夫が凝らされているのだろうが、そこまでになるとオレが聞いてもわからないだろう。これもおそらくぐらいしか言えないが、エンジンオイルも特製なんだろうな。
素直に思ったのだが、エンジンはそのままにして、その他の軽量化だけやった方が良かった気がする。チタン合金のエンジンもトンデモないが、エンジンをチタン合金化するだけで一八キロぐらいに軽量化する。他もあのままの軽量化なら車体重量は五十キロ切る気がする。たとえ十馬力でも、それだけ軽くなれば、
『後の祭りや』
『エンジンから始めちゃったもの。わたしに言わせれば、エンジンもそのままで、他の軽量化だけでも十分だったはずなのに』
そうだよな。資金を湯水のように使った天才集団の趣味の塊のようなバイクだ。あの軽量化の秘密も聞いたのだが、
『エンジンとタンクとブレーキ・ディスクとかはチタン合金やけど、フレームも、マフラーも、チェーンもスプロケも、ギアボックスもカーボンやねん』
チタン合金とカーボンで出来上がったバイクとは恐れ入った。だがマフラーはともかくチェーンやスプロケ、ギアボックはカーボンでは耐久性の問題が、
『あれか。カーボン・ピコ・チューブの試作品やねん』
カーボン・ピコ・チューブの噂は聞いたことがある。カーボン・ナノ・チューブでも重さがアルミの半分で強度が鋼の二十倍なのに、これがピコチューブになればさらに千倍以上の強さを持つ可能性があるとされてる。もちろん最先端も良いところの研究だが、その試作品があるのがさすが科技研だが、
『試作品と言ってもね・・・』
まだまだ研究中も良いところらしく、最先端の実験室でごく少量作られるものをかき集めて作ったとか。考えただけで空恐ろしいほどの手間とヒマとカネが・・・
『あんなもの実用化までには、まだ五十年は無理に決まってるじゃない』
『そうやねん商売にもつながらん。エンジンかってアホかと思うけどアルファ型チタン合金の削りだしや。その削りだし機械だけでいくらかかったか』
たしかに。サードパーティのカスタム・グッズとして売るには、バカみたいどころか天文学的に高くなるってことか。でもあのサスペンションシステムは、
『ああ、あれか。マルチやないで・・・』
低速域の改善はセッテイングだそうだ。それがある速度ゾーンに入るとサスやダンパー、エンジン出力を制御する仕組みで良いようだ。
『汎用化なんて頭にも置いてへんから、商品化するのは遠いんよ。そもそもうちは、バイクもクルマも扱っとらへんし』
『乗りにくかったでしょ。あれはわたしとコトリに特化しすぎたセッティングだからなの。そもそもプログラムからして二台はまったく別なのよ。考えた人が違うから』
だったら、だったら、もう一度、エンジン以外の軽量化で作ったら理想のバイクが出来るはず。
『わかっとらへんな。そんなもん作ってくれるかい。あいつらはロータリーを使うから熱中してくれてるんよ。馬力だけは出るけど、後は欠点だらけのエンジンやから、面白がってやってくれてるだけや』
『科学者って気まぐれなのよ。というか、気の向くように誘導するのが大変な人種なの。このバイクも欠点が多いけど、良い息抜きになってくれてるから安いものよ』
安いって、純金よりはるかに高いバイク。
『あれこれやってるうちに、おカネになる新技術が生まれるかもしれないでしょ。あのバイクから直接生まれなくても、どこかのアイデアにつながるかもしれないじゃない。研究ってそんなものなの』
それも経営の一端とか。
『そういうこっちゃ。とりあえず走るから満足してるし』
『だいぶ慣れたしね』
あの二人に言わせると、のんびり走らせるのが一番コツがいるそう。
『悍の強い馬に乗っとるようなもんや』
バイクを馬に例えるのは昔からあるが、
『杉田さんは若いから知らへんかもしれんが、昔の大型バイクは乗りにくかってんで。馬力だけはあっても、曲がるんに一苦労してんよ。それを乗りこなしてこそバイク乗りって言うとったんや』
『そういうこと。エンジンだってかけるのにコツがいったの。今のバイクは良く出来てるけど、乗りこなしていく楽しみが少ない気がする。そういう意味では楽しいバイクよ』
EBバッテリーの登場はクルマを変えてしまった。とにかくEBバッテリーは高いから、それ以外でコストダウンのために、モーターを始めとする部品の全メーカーの共通化を国策もあって一挙に押し進めてしまった。
お蔭でコストは抑えられたが、どこのメーカーのクルマも一皮剥けばすべて同じだ。オレもそうなってしまった時代は記録でしか知らないが、安全性、経済性、環境重視からクルマは実用性さえあれば良いとなってしまったぐらいしか言えない。
自動運転も大歓迎され、各種安全装置も全車共通、高速だけでなく一般道でも自動運転義務ゾーンは増えている。高速を自分の手で運転したければ、居酒屋の大将のようにガソリン仕様の旧車をレストアするしかない。あれは文化財保護法みたいな法律で認めらているそうだ。
バイクがクルマのようにならなかったのは、EBバッテリーが高すぎてコスト・ダウンの余地がなかったのが一つだ。それにバイクで自動運転は無理だ。一時研究されたそうだがライダーの関与する部分が大きすぎてあきらめたそうだ。
もっと根本的な違いはバイクは実用性より趣味性が高い乗り物だ。原付のスクーターやカブならまだしも、中型以上のバイクに実用性は求めない。走って楽しみたいから買うのがバイクだ。
さらにクルマで望まれる快適性はゼロだ。日ざらし、雨ざらしだし、気温の変化も直撃だ。すべては走る事の楽しさのためにのみ存在する。それを忌む人は最初から乗ったりしない。
それでもバイクにも規制がかかっている。エンジンの進歩だ。おそらく二十一世紀の初めぐらいから、ほとんど変わっていないとして良いだろう。燃費とかは良くなってるし、環境対策も進んではいるらしいが、走る楽しみとしての進歩は無きに等しい、むしろ後退している気がする。
だからバリ伝の時代と今でも、驚くほどにはバイクの差が少ないと言えると思う。オレもあの時代の話を読んだが、バイクを乗るなら、あんな時代の方が良かったかもしれないと思ったぐらいだ。
『バイクは自由なのよ。クルマみたいに決められたルールでしか走れない代物じゃない。それが楽しいのじゃない。あなたもモト・ブロガーなら、そこを発信すべきだと思うよ』
これもいつしか忘れていた部分がある。オレの根本はそこだ。バイクの楽しさを発信し、これをわかってくれる人を増やす事だった。
『まだまだ時間はあるで。EBバッテリーのこれ以上の量産は当分無理や。バイクがモーター化されるには、そこまでは無理やってことや』
どれぐらいと聞いたのだが、
『杉田さんが生きてる間は余裕で無理やな』
『そうね、孫ぐらいじゃないかしら』
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