やりやがったな

 エレギオンHDの肩書上の序列は、


 社長 → 副社長 → 専務 → 常務


 こうなっています。コトリ社長とユッキー副社長が代表取締役で、シノブ専務とミサキが取締役です。実は取締役もこの四人しかおらず、常務もミサキだけです。かつては取締役常務も複数おり、社外取締役もおられました。


 これが四人体制になったのはツバル戦の後です。あの時は大学院生であったユッキー副社長がコトリ社長の不在をカバーするために急遽復帰したのですが、定番の問題が起こったのです。見ず知らずのユッキー副社長の代表取締役就任です。


 ユッキー社長が小山恵時代は、その威風と睨みで取締役会を抑え込んでいましたが、ツバル戦の時はコトリ社長まで不在で、シノブ専務とミサキは対応に苦慮させられました。コトリ社長がツバル戦から戻られた後に、


「取締役は四女神に限定」


 こう決定されています。取締役は三人以上であれば良いので法律的にはクリアですが、この規模の会社としては異例かもしれません。



 ミサキは取締役会で監査役にもなっています。監査役の仕事は取締役の経理上の不正や会社の運営に不利益をもたらしていないかを監視する役割です。他の三女神への信用は絶大ですし、普通の会社で起こるような横領とかの懸念はありません。


 ただ暴走はあります。とくに上の二人。ちょっとでも油断すると何をしでかすかわからないところがあります。というか、ミサキの目を盗むのが楽しみで仕方がないぐらいとして良いかと思います。


 ミサキが気になっていたのは、なんでも経費にするのが生きがいみたいなあの二人が、バイクの購入費を経費にしなかった点です。出張のお土産でさえ経費として落とすように一度は必ず振ってくるあの二人がですよ。


 どこかで、なにかをしでかしているはずだとチェックしていたら、怪しいのをついに見つけました。


「コトリ社長、科技研のサークル費が多すぎませんか」

「ああ、それか。キャンプ・グッズの開発費用のために・・・」


 ウソ丸出し、


「それはこっちです。ミサキが聞きたいのはライダーズ・クラブの方です」

「あ、ホンマや。コトリとしたことが・・・」


 見落としなんか絶対にするはずがないじゃありませんか。


「この追加で二億ってなんですか」

「いや、コトリとユッキーのバイクをちょっと見てもらったから色を付けただけや」

「どんな色ですか」


 まさかこいつら、


「カスタムしてもろたら年間予算では足りへんかったから、バーターみたいなもんや。色やったらコトリが赤で、ユッキーが黄色やで」

「リア・ボックスの色塗りが二億ですか!」

「いや、ボックスから作ってもろた」


 オリジナルで作らせて研究開発中の特殊素材を使ったですって!


「それ以外にもエンジンとか、フレームとか・・・」


 あのねぇ、それはカスタムとは言いません。バイクを作ると言います。


「結果的にはそうなってもてんよ。ノリノリでやってくれてるのに水差すのは悪いやんか」

「全部経費だったんですか!」


 そこにユッキー副社長も現れて、


「全部じゃないよ、御褒美の意味」

「そやで。今後のライダーズ・クラブの発展を祈ってのものや。ほとんどは自腹や」


 へぇ、珍しいな。お二人が自腹を切られてるんだ。


「どれぐらい自腹を切られたのですか」

「コトリとユッキーのボーナスともうちょっと」


 なんだって!!


「純金のバイクを何台作る気ですか」

「二台やけど。そうそう、ちょっと変わってるさかい、今後のメインテナンス費用も入ってるねん」


 め、めまいが。お二人のボーナスですよ。それを全部注ぎこんでも足りないぐらいって、あのバイクは一体いくら・・・


「だから経費にしないって言ったじゃない」

「さすがに完全に趣味やから、ユッキーと自腹にしようっと決めたんよ」


 お二人が遊びになると暴走するのは良く知っていますが、


「あれだけの連中が協力してくれたから、あれぐらいのサークル費は出したらんとバランスが悪いやんか」

「士気が下がったら大損失じゃない」


 なになにサークル連合バイク制作委員会だって! これって科技研の叡智を結集したようなもの。


「これでもわたしが副社長で、コトリが社長でしょう。そのバイクだものだから、みんな調子に乗り過ぎちゃったみたいなの」

「ああなってもたら、ブレーキかけられへんかってん」


 言わんとするところはわかります。科技研のサークル活動は、科学者の息抜き、気分転換、頭のリフレッシュのためだとも言えます。だから、二式大艇が大阪湾に沈もうが、マウス戦車が道にめり込もうが所長であるコトリ社長は不問にしています。


 不問どころか、見に行ってますし、見に行ってるどころか、ユッキー副社長と共にポケットマネーの援助もしています。ある種のイベントのようなもので、科技研の職員全員が楽しみにしているぐらいです。


 それが二人のバイク作成の依頼となれば、そりゃ科技研全体が燃え上がらない方が不思議です。で す が、


「これはやり過ぎです! こんな先例を作ってしまうのはよろしくありません」


 これでは科技研の私的利用です。


「そういうけど本業やないやんか」

「そうよ、サークル活動じゃない」


 ええい、ぬらりくらりと。あんな研究所レベルのサークル活動があるから、ややこしいのです。それもですよ、サークル費用だけで並の研究所の年間費用になってるのですよ。


「全部持ち出しちゃうやんか」

「今回だって、サークル費全体からしたら、ちゃんとキャンプ用品で帳尻合わせるし」


 そのためにわざわざアコンカグア社の買収までやってたのか。どこまで用意周到なんだこいつら。あの買収もなにか唐突な気がしていましたが、まさかバイクに連動していたなんて油断だった。それ以前にまさか科技研を使うのを気づいてなかったミサキの油断。


 コンコンと説教させて頂きました。そうなんですよ、そこまで社長や副社長のバイクに力を入れたら、本業の研究の方に支障が出てしまうではありませんか。何事も限度と言うものがあります。


 ここでミサキが釘を刺しておかないと、次は何十倍にもなって必ずエスカレートします。それを誰より身に染みて知っているのがミサキです。お二人はシュンとなっておられましたし、


「わかった、さすがに今回はコトリもやり過ぎたと思とる」

「わたしも反省してるから」


 もう一つ、ミサキは知っています。いくらミサキが説教しても、お二人には無駄なこと。古代エレギオン時代の三座の女神って三千六百年もこんな事やってたのだろうか。

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