幻のエンジン
脱線してしまったが今の関心は謎のバイクで、その解明のカギになるロータリー・エンジンだ。ロータリー・エンジンで感心したのはメカニズムがシンプルな点だ。これはレシプロとは大違いだ。
レシプロはピストンによる往復運動だから、クランク・シャフトがが上下運動を回転運動に変える。これに対しロータリーは、元が回転運動だからエキセントリック・シャフトを回すだけでレシプロのクランク・シャフトに較べる遥かに構造がシンプルだ。そうだな電気モーターに近いと言えば良いのか。
レシプロではシリンダー・ヘッドに吸排気のためのバルブ構造が必要だが、ロータリーでこれに当たるものが吸気ポート、排気ポートだ。これもバルブ機構に較べればずっとシンプルで、オレに言わせると2ストのエンジン並みにシンプルだ。
「排気量が小さい上にメカニズムがシンプルやから小型高出力エンジンになるんや」
夢のエンジンとして一時は世界中で開発が競われたそうだが、技術的難度がとにかく高く次々と脱落し、
「とにかくまともに成功したのはマツダぐらいや」
マツダ以外にもロータリー・エンジンを搭載したクルマやバイクを販売したメーカーもあったようだが、ほとんど台数は売れず、現存しているとしても博物館レベルとしてた。成功したとされるマツダさえ、
「とにかく燃費が悪いのと、エンジンの耐久性に難があって、クルマのエンジンとしてはとっくの昔に開発中止になっている」
だから幻のサウンドか。オレが知らないのも無理ないな。この欠点も多いロータリー・エンジンだが、メリットである小型化は驚くほどのもので、場合によってはレシプロ型の五分の一どころか十分の一ぐらいになるそうだ。
スポーツ・タイプのクルマでミッドシップはあるが、通常はエンジンを後輪の前に置く。そのために後部座席は犠牲になり2シーターになってしまう。これはボンネット内では重量配分が五〇対五〇にならないからな。
ところがロータリーならフロントに搭載してもミッドシップになったと言うから驚きだ。つまりボンネット内で前輪より手前にエンジンがおさまるぐらい小型で、なおかつ軽量だからだそうだ。
「謎のバイクのエンジンはロータリーだよな」
「小型高出力エンジン、さらにあのサウンドからしてそうやとは思う。だがな、そんな小型バイク用のロータリー・エンジンなんて世界中探してもあらへんねん」
バイク用のロータリー・エンジンはクルマより先に絶滅したそうだ。
「じゃあ、自作したとか」
「そんな右から左にエンジンなんか自作できるか! ましてやロータリーやぞ」
その通りだ。世にエンジン・チューンをするショップはいくらでもあるが、エンジン・ブロックを自作できるのはメーカーじゃないと無理だ。とくに実用レベルになると素人が片手間に作れるようなものじゃない。
ロータリー・エンジンでもっとも難しいのはおむすび型のローターの頂点で気密性を保つアペックス・シールと呼ばれるもので、実用化に成功したマツダでさえ、完全には克服したとは言えないらしい。
「これ聞いてくれるか」
ロータリー・サウンドの録音は残っていたのか。うん、一台目と二台目は少し違うな。二台目の方がより滑らかな気がする。
「どっちの方が謎のバイクに近い?」
「強いて言えば二台目かな」
加藤はますます厳しい顔になり、
「一台目が2ローター、二台目が3ローターや。ロータリー・エンジンはローターが増えるほど連続音が滑らかになると言われてる」
「じゃあ、謎のバイクは3ローターか」
「それはわからんが2ローター以上やろ。ちなみにやけど3ローターはクルマでも一種類しか作られてへん」
そんなに珍しいのか。同時に技術的難度が高いのだろうが・・・待てよ、一二五CCのマックスの馬力が十五馬力ぐらいだから、二十二・五馬力として3ローターなら六十七・五馬力ぐらいあっても良いわけか。PWRの問題は解決するじゃないか。
エンジン重量だって1ローターで3キロとしたら3ローターで9キロだ。エンジンの重量の三倍が車体重量として二十七キロだが、さらなる軽量化の工夫を重ねれば・・・
「そういう計算になるにはなるが、肝心のロータリー・エンジンがこの世にあらへんのや」
ロータリー・エンジンの開発はバイクやクルマ用は中止されているが、その小ささのメリットを活かして、発電用に開発されたものはあるのはあるそうだ。だが、どうしても耐久性に問題が生じて、用途は限定的になっているらしい。
「今ならモーターとEBバッテリーの組み合わせでほとんど解決するからな」
ロータリーの特性は他にもあって、使える燃料の幅が広いらしい。だから水素やガスを燃料とするものも試作はされたらしいが、モーターには太刀打ちできなかったそうだ。
「謎のバイクの音はロータリーでエエと思う。ロータリーならあのバイクの性能をかなり説明できる。そやけど、そんなエンジンは幻や」
またもや大きな暗礁に乗り上げた気分だ。世界中探してもバイク、それもあんな小型のバイクに組み込めるロータリー・エンジンなど影も形もないとして良い。さらにレシプロ式とは補機の配置が異なる。プラグから違っていて、レシプロなら一気筒あたり一本だが、ロータリーになると、
「1ローターあたり二本になり、それもリーディング側、トレーディング側のロータリー専用プラグが必要や。3ローターやったら六本や。旧車のガソリン仕様でも調達に苦労するのに、特製エンジン用のプラグなんかどうやったら手に入るんや」
プラグも自作なのか、
「それとやで、プラグにプラグコードがいるやんか。それがどこにも見えへんやんか。どう見たって単気筒の一本プラグや。こんなもん、どうして作れるって言うんや」
外見がノーマルに極めて近いのはオレも見たし、広大生は二日にわたって見ている。エンジン回りもオリジナルの外観に極めて近いとしか言いようがない。それだけの工作精度と技術を持っていることになるが、
「だから、あらへんねん。外見をノーマルに見せてるのは違法改造の発覚を防ぐためやろけど、ここまでのレベルで出来るとこなんかあるかい」
さらに加藤は、
「仮にやで、あくまでも仮にやが、エンジンを作って、バイクの外見を完璧にして、さらにエンジン出力が上がった分だけフレームとか強化して、杉田のバイクを素人運転でもぶっちぎるバイクを特注で作ったらなんぼになるか想像もつかん」
億でも無理かもな。そりゃ、新型バイクを一台、ゼロから作るようなものだ。十億単位になってもおかしくないぐらいだ。それだけ出しても、ロータリー・エンジンの開発すら覚束ない可能性だってある。
あるとしたら、謎のバイクは試作品で、その最終試験中と言えなくもないが、これも仮に一二五CCの3ローターならレシプロ換算で五六二・五CCになり大型バイクの分類になってしまう。
現実的な話になるが大型バイクに乗るバイク好きは、必ずしも排気量や馬力で乗ってるわけじゃない。大型の車体が好きで乗っているところがやはり大きい。全員とは言わんが、バイク好きはいつかは大きなバイクに乗ってみたいの憧れがあるからな。
それもあるから、同じ排気量でも車体が大きいのを好まれる傾向がある。一二五CCなのに二五〇CCぐらいのサイズがあるとか、二五〇CCなのに四〇〇CCに見劣りしないとかだ。
原付サイズで大型の馬力のあるタイプの需要がどれほどあるかと言われると微妙だ。五〇〇CCなら五〇〇CCに相応しい車体が欲しいのがバイク好きの人情だと思う。
「そんなとこあるものな。軽四にポルシェのエンジン組み込んでも売れると思わん」
この辺はハイパワーを受け止める車体とのバランスもある。ある程度の車体が無いと走らせるのに無駄なパワーばかりが出て、逆に走り難くてしょうがなくなる。市販品はいかにスポーツモデルであっても、それなりの実用性が求められる。
だから販売を考えた試作車とはオレも思いにくい。だからと言って金持ちが気まぐれの趣味で作れるような代物でもない。もし作るとしてもロータリーなど選ばず素直にレシプロにするだろう。
これも加藤が教えてくれたが、ロータリー・エンジンはレースでも活躍したそうだ。聞いて驚いたがル・マン二十四時間でも優勝したそうなんだ。だが、レシプロと形式が違うから、
「お決まりのレギュレーションで競争力がなくなって撤退や」
バイク用のロータリー・エンジンを開発しても、まずはレースには参加できないと見てよさそうだ。そうかもしれないな。今のレースはトップ・カテゴリは別にして、下位のカテゴリはバイクの能力を極力そろえるように規制が進んでいる。
モトGPなんか、モト2もモト3もエンジンは一社供給で、それに合わせて車体を作るぐらいだ。全日本もそうだものな。持ち込むならトップ・カテゴリだろうが、持ち込んだら持ち込んだで大混乱は必至だ。
「その辺はレギュレーションでレシプロだけにもう規制されてるよ」
もし売るとなれば市販の大型バイクになるが、
「とにかく燃費が悪いんや。3ローターの市販車なんかリッター2キロぐらいだったらしい。謎のバイクもそれには苦労しとったやろ」
そうだった。シート下を改造してタンクを増設してたぐらいだものな。あそこまでの軽量化もスピードのためもあるだろうが、燃費対策もあるのかもしれない。
「それと、これも不思議やねんけど、どう見ても空冷やんか」
ロータリーの燃費の悪さの原因の一つに熱効率が悪いそうだ。エンジンが過熱しやすく、無駄な熱が逃げてしまうのだそうだ。だからクルマでもバイクでもすべて水冷式だったらしい。そうか、だからせめてオイル・クーラーを付けてたのか。
「広大の学生が言うとったけど、女二人組は神戸から尾道まで走って来てるけど、九時間かかったと言うとった。いくら遠い言うてもかかりすぎや。あれは、連続走行したらエンジンが焼け付くからちゃうか」
要は試作車にしても市販するには欠点が多すぎると言う事だな。と言うか、加藤に言わせると、それぐらいは作る前にわかっていたはずとしてた。それでも、あのレベルで作り上げているのが理解不能としてた。
「マツダの本社に行って聞いて来たんやけど・・・」
超小型ロータリーは発電用に作られたものはあるそうだが、ロータリーも小さすぎると出力を得るのは難しいそうだ。一二五CC程度のロータリーで五馬力ぐらいだとか。発電用ならそれでも良いが、謎のバイクが3ローターでも十五馬力とは到底思えない。4ローターにしても二〇馬力だ。それではオレのバイクをぶっちぎれない。
「杉田はレース用の小型高出力エンジンで六十馬力とか七十馬力はこの世に存在しないと言っとったけど、小型の高出力ロータリーなど、もっと存在するものか」
謎のバイクのエンジンがロータリーであるとわかったのは収穫だが、そのロータリーが幻のエンジンになっていたなんて。
「なんやねん、あのバイク。追っかけても、追っかけても幻追うてるようなもんやんか」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます