ツーリング日和
Yosyan
バイク選び
今日も女神の集まる日。
「コトリ社長、バイクを買うのですか?」
「ようわかったな」
これだけカタログが積んであれば、誰だってわかります。だけど、そんな趣味ありましたっけ。コトリ社長も、ユッキー副社長もクルマさえ持っていません。そりゃ、三十階仮眠室に住んでいますから、通勤時間ゼロ秒生活ですし、クルマが必要なら社用車を使っています。
それと休日の過ごし方も、どちらかと言わなくともインドア派。ビデオを見たり、本を読んだり、二人でゲームをしたりが中心です。この辺は海外も含めて出張が多いので、休みの日ぐらいは家に居たいぐらいと思っています。
「免許なんて持ってましたっけ」
「大学の時に取ってる」
へぇ、あるんだ。どれどれ、
「なんですか、この免許」
大型一種、大型特殊、けん引、大型自動二輪・・・よくまあこれだけ。
「わたしも取ってるよ」
「ユッキー副社長もですか」
女神の能力があれば取得も容易でしょうが、役にも立たないものを、
「ついでや」
「そういうこと」
バイクは乗れることはわかりましたが、
「ツーリングやったら気持ちよさそうやん」
「そうよ、風を切って走ったら爽快そうじゃない」
通勤や買い物用のスクーターじゃないか。それとだけど、
「ガソリン仕様を買うつもりですか」
「バイクはガソリン燃やして走らんとな」
「電気モーターなんかバイクじゃない」
二十一世紀半ばぐらいにクルマの電動化が進んでいます。これに大きく貢献したのがEBバッテリー。元はエラン宇宙船にあったエネルギー・パックなのですが、これをなんとか地球の技術で実用化したものです。
エラン製品に比べると大幅に能力は落ちますが、地球の従来品に比べると格段どころでない能力差があり、バッテリー革命とまで言われています。EBバッテリーの登場により、電気自動車の弱点であった走行距離・充電時間を一挙に解決してしまったぐらいです。
とにかく小型軽量で、イメージとしては乾電池程度を思い浮かべてもらえば良いと思います。ですからレースでは従来のガソリン給油の代わりに、バッテリー交換が行われたりもします。
難点はとにかく高価なこと。エラン技術導入製品の宿痾みたいなもので量産技術が追い付かないところがあります。それこそ地球で最高峰の技術と精度管理を行っても歩留まりが宜しくありません。その難度はコピー製品さえ出てこないぐらいです。
EBバッテリーはエラン技術導入製品の中では量産に成功した方ですが、世界シュアが五割以下なのは、価格とそれだけしか作れないのが要因です。それでもエレギオン・グループの収益の大きな柱の一つになっています。
EBバッテリーの登場によりクルマは電動自動車に置き換わったと言って良いでしょう。二十一世紀の後半には政府の政策もありガソリン仕様車は作られなくなり、今でも走っているのは、それ以前に作られたものだけです。
しかしバイクではそうなっていません。電動バイクも登場していますが、売れ行きはお世辞にも芳しくありません。理由は価格でEBバッテリーを搭載すると、とにかくトンデモなく跳ね上がるのです。
これはクルマでもそうなのですが、クルマの場合は、それ以外の部分の強烈なコスト・ダウンが国策でも押し進められ、なんとか、かんとか吸収しています。そのために現在のクルマはミサキも覚えている二十世紀後半や二十一世紀前半の頃とイメージがかなり違います。
しかしバイクではコストの吸収が無理だったのです。それならばと従来型のバッテリーを使うと、走行距離、充電時間に大きな不満が残ります。EBバッテリーを使えばあまりにも高価になり、従来のバッテリーでは能力に不満が大きすぎたぐらいです。
そのためか電動バイクは売られこそしていますが、街中で見られることは少なく、二十二世紀に入ってもガソリン仕様車が主流です。
「それにしても小さいバイクですね」
コトリ社長やユッキー副社長の事だから大型バイクを買うのかと思っていたのですが、集められてるカタログにあるのは小型ばかり。
「バイクは大きいからエエってもんじゃない」
「そうよ、大きいと取り回しが大変になるもの」
バイクは大排気量車の方がパワーもあり、スピードも出ます。これはかつてのクルマも同じですが、バイクとクルマの違うところは、バイクでは取り回しを人力で行わなければなりません。
バイクはバック・ギアがありませんから、駐輪場から出し入れの時に人力で押したり引いたりも必要になります。停車時には足で重量を支えないと倒れます。大排気量車になるほど重くなりますから、停車時にバランスを崩し、無様な立ちごけをやらかす事になります。
ですからバイク選びの視線として体格にあったものはかなり重視されます。単純には大型バイクに乗るのは、それに相応しい体格と体力が求められるぐらいです。シートの高さもそうで、跨っての足着きは大きなポイントになります。
そう考えればユッキー副社長は華奢で小柄です。もっとも女神の能力を使えばジェット戦闘機だって投げ飛ばせると言われていますが、とにかく小柄ですから大型バイクは取り扱いにくいのかもしれません。
「でも、そのサイズじゃ高速は走れませんよ」
バイクは排気量によって規制があり、一二五CC未満のものは高速道路は走れません。ここも有料道路がすべてダメと言う意味ではなく、高速規格の自動車専用道路が走れません。
「別に走れんでもかまへん」
「のんびりツーリングだよ」
この言葉を素直に信じていたら女神の秘書は務まりませんが、お二人が考えておられるのは一二五CC未満の第二種原付で良さそうです。第二種原付ですと、五〇CC未満の第一種に比べると一般道での速度制限がクルマと同じになります。第一種原付の三十キロ制限はきついですからね。
高速道路こそ走れませんが、クルマのドライブとバイクのツーリングでは考え方、楽しみが微妙に違うところで良いと思います。どちらも道路を走りますが、バイクは横幅がクルマよりはるかに小さいので、狭い道路でもクルマほど苦にしないところがあります。
停める時もそうで、バイクなら道端にヒョイと停めれますが、クルマならスペースを考慮しないと交通の邪魔になります。あれこれ見て回りながら、のんびり走るだけなら一二五CCでも十分かもしれません。
「そやで、峠なんか攻める気あらへんし」
「風の向くまま、気の向くままに走るのよ」
それでも一二五CCは非力なのはあります。平地ならクルマの流れに乗るのはまず問題ないでしょうが、峠道を登るとなると苦しくなります。神戸なら六甲山を登るとなると苦戦するぐらいです。
「なんでも弱点はあるものよ」
「六甲山トンネルぐらいやったら、なんとかなるはず」
そうこうしているうちについに納車。これまた可愛いバイクだこと。サイズ的には大型の五〇CCぐらい。全長でわずか一七〇センチですものね。シートも低いし、ユッキー副社長でも問題なさそう。
「それにしても大きなリア・ボックスですね」
バイクの弱点は数々ありますが、とにかく荷物が乗らないのがあります。大型バイクになってもそうで、小型スクーターにさえ及びません。スクーターにはメット・ボックスがありますからね。ですから荷物はキャリアに縛り付けたり、リュックで背負ったりになります。
そんな弱点を解消する方法の一つとして、リア・ボックスを取り付けるのがあります。これも好き嫌いが分かれるところで、付けると不格好になるとする人も少なくありません。ただ一度付けると、使い勝手の良さに二度と手放せなくなるとも言われています。
「そんなカラーのボックスもあるのですね」
「これか、塗ってもうた」
なるほどね。カラーリングしたのでバイクに良くマッチしてる気がします。ボックスはヘルメットを収納したり、荷物を入れたりにも有用ですが、これまたバイクの弱点の一つである雨具を常備できるのもあります。とにかく雨に降られたらバイクは悲惨です。
「ミサキちゃんも一緒にどう」
「結構です」
ミサキがバイクに詳しいのは夫のディスカルが好きなんですよね。それもガソリン仕様。
「ああ驚いたんだよ。古代技術史に書かれていたのだが・・・」
エランでガソリンと言うより内燃機関の陸上車は伝説どころか、神話に出てくるレベルのものになるそうです。
「ミサキにわかるように言えば馬車みたいなものだ」
そこまでと思いましたが、技術格差はそれぐらいあるのは良く知っています。だったらと思わなくもありませんが、ディスカルは何故かなぜかはまっています。ちなみに一〇〇〇CCの大型スポーツバイク。それに比べればオモチャみたいなものです。
「赤いのがコトリのや」
「黄色がわたしよ。可愛いでしょ」
どうぞご勝手に。さて、お二人がミサキをわざわざ呼び出してまでバイクを見せた魂胆は手に取るようにわかります。これを会社経費で落とさせるためです。あれだけ経営はシビアなのに、自分の物はなんとか経費にしたがる根性はもはや趣味の領域です。
でも今回はイイかな。実態は趣味バイクですが、たかが原付です。お値段も、たとえ相当豪華にカスタム費用をかけても総額で百万円程度のはず。天下のエレギオンHDですから、その程度を渋るのはさすがに良くないでしょう。
「で、いくらだったんですか」
「エエやんか、個人の趣味で買ったんやから」
「そうよ、個人の趣味を経費にしたら、社員への示しがつかないじゃない」
なにが社員への示しだ。どれだけ経費でムチャ振りしたと思ってるねん。この仮眠室の建設の時も、八十日間の休暇の時も、ツバル戦争の時も後処理がどれだけ大変だったことか。それ以外だって・・・
「ミサキちゃん、なに怒ってるの」
経費で落とさなくて良いのは助かりますが、どんなに無謀だと思っても、一度は振ってくるはずなのに、今回はどうしたんだろう。明日は雨かな、いやこれは天変地異の前触れとか。はたまた世界の終焉が迫ってるとか。
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