4.勝利 その④:制勝

 それからすぐ、道を塞ぐように乱立する植物の群れが見えてくる。私は家屋の壁を駆けのぼって、そんな植物の群れを上から突破した。


 ここで、遂にルゥの姿を視界内に捉える。


 ルゥは、三階建ての廃屋を背にして使い魔メイトのメリアスと並び立ち、三人の異形と相対している。


 ――よく耐えた!


(ルゥの目はまだ死んでいない――ということは、まだ誰も犠牲にはなっていないといのだな!?)


 私は屋根のへりを蹴って、中空に身を躍らせた。


「私を見ろおおおおおおおお!」


 上空から大声を浴びせかけ、一挙に場の視線を引き寄せる。と同時に、マネに剣を一本射出シュートさせた。これまでと同様に無事不意を討ったか、剣は三人のうち真ん中にいた異形の心臓の位置に深々と突き刺さった。


(――まず一人!)


 残るは二人。短銃を取り出し、より遠くにいた方――醜男の異形へ発砲して牽制しつつ、近くにいた方――美女の異形へ落下しながらカラギウスの剣で斬りかかる。


「新手の魔女ウィッチか!」


 しかし、こちらは美女の異形に敢えなく対応された。振るった魔力刃は、彼女の前腕部で受け止められ、ガキンと硬質的な音が鳴る。道中は偶然上手くいっていただけで、正面から行けばこんなものだろう。私は美女の異形との鍔迫り合いを避けて後ろへ跳び距離を取った。


「ルゥ、メリアス! まだ戦える!?」

「うん!」「ぽえぽえ!」

「なら、そっちの一人は任せた!」


 私は美女の異形に向き直る。少々、手こずりそうな相手だ。


 美女の異形もまた同様に私を好敵手と認め、ゴキゴキと筋骨の軋む嫌な音をさせながら、左腕を変形させてゆく。程なくして、収まりきらなかった袖を引き裂き、鈍い輝きがその姿を現した。


 それは、伸ばせば美女の背丈ほどになろうかという二つ折りの大鎌だった。


 それから類推するに、恐らく彼女は魔蟷エンプーサ月を蝕むものリクィヤレハなのだろう。


 民宗派には、幾つかの部署が存在し役割分担をしていると聞く。そして、私の目の前にいる美女の異形と、ルゥと相対している醜男の異形は、紛れもなく戦いを本職とする戦闘員ガーズィーだ。その身のこなしを見ればすぐに分かる。


 正面からでは解放バーストを使った攻撃でも捌かれかねない。しかも……。


(道中で結構アメ玉を消費しちゃったから……残りは八コしかない)


 まず美女の異形を倒して、その次に醜男の異形を……それまでルゥが持つか?


「なんて、考えてる時間も無駄ね!」

「……だな、やるしかねえ!」


 躊躇なくポーチのアメ玉を鷲掴み、四コのアメ玉をマネに食わせる。すぐに始まる体組織の膨張に合わせ、私は回り込むように走り出した。


「マネ、れき拾え!」


 段階飛ばしで戦術のギアを最高レベルまで引き上げる。手加減なし、死傷も辞さず速攻で勝負を決めに行く。マネが、拾い上げた瓦礫を次々と射出シュートする。


 人を殺めるのに剣や銃なんて必要ない。石塊いしくれ一つ、あればいい。


 美女の異形は、時に左腕の大鎌を振るい、時に大鎌を盾にし、瓦礫の嵐を器用に耐え凌ぐ。私はその様にムズ痒さを覚えて舌打ちした。


「だから、マネ! アンタの攻めは単調だってんでしょ、変化つけなさい変化! 上下左右に意識を散らし、緩急で決める!」

「難しいこと言うな!」

「努力を見せてほしい! せめて、揺さぶりをかけなさい!」


 射出シュートに使う体組織は解放バーストと比べれば少ないが、それでも数を放てばどんどん消費してゆく。


 終ぞ、射出シュートだけでは有効打を叩き込むことはできなかった。だが、この間ずっと美女の異形の足を止めていたことにより、彼我の位置取りは最良のものとなった。


 私の居る場所から美女の異形のいる場所までには、さっきから弾かれて地に落ちた大量の瓦礫が転がっている。


(――ここしかない!)


 私は追加でアメ玉二コを叩きつけ、美女の異形へ向かってひた走った。その道中、マネに地面の大量の瓦礫を拾い上げさせ、次々に射出シュートさせる。相手の対応力を飽和させ、一気に磨り潰そうという作戦だ。


(姿勢は低く、地を這う蛇のように――解放バースト!)


 マネの下手クソが全然狙えていない美女の足元を狩りに行く。地面をのたうち回るように転がりながら、分捕品のを振るう。その攻撃自体は大鎌によって阻まれるが問題ない。代わりに、幾つかの瓦礫が美女の異形の身体に命中した。


 更に、ここからスタテイラよろしくを用意してある。


 私の後方からマネの分裂体組織によって射出シュートされたそれは、あらかじめ【魔力刃ブレイド】の魔法を使い、ミミズのように小さな刃をつけておいた杖だ。


 私の体に隠れていたこの時間差攻撃は、さしもの美女の異形も防ぎ切れなかったようで、杖は左側腹部に深々と突き刺さった。美女の異形は苦悶の表情を浮かべながら何とか飛び退って距離を取ったものの、そこへ更にの攻撃が迫る。


 大剣へ持ち替えた時に、地面に置いてきていたカラギウスの剣。これもまた美女の異形は避けきれず、杖と同じく腹部へ食らってその場で大きく蹌踉めいた。


(有効打二つ! よし、このまま一気に――!)


 決めてやる。とそう意気込んだところへ、私の気勢を挫く幾つかのアクシデントが重なる。


 突然の衝撃音、何かが崩れる音。そして――悲鳴。


「きゃあああああああああああ!」


 ルゥではない女性の悲鳴が響き渡り、次いでルゥが悲痛な声で「ヘルガさん!」と叫ぶ。外眼筋が引き攣りそうなぐらいに急いで眼球を動かしルゥの方を見ると、異様に腕と背中の筋肉を膨らませた醜男の異形が、雄叫びを上げながら拳を振り上げるところだった。その小節の先にある三階建ての廃屋には、大きなヒビが入っている。


「うおおおおおおお! 二発目いくぞおおおおおおおおお!」

「な、何をやっているんだ……ダニエル! こ、殺す気か!?」


 苦しそうにそんな声を漏らしたのは、本来私たちの敵である筈の美女の異形だった。


「お前までやられちまったんだ。二対一になったらもう勝てない! だから、こうする! 最初からこうしておけば良かったんだよおおおおおお!」

「やめろ! そんなことをすれば、私たちは――」

「知ったことかァァァァァー!」


 醜男の異形の拳が壁深くまで捩じ込まれると、廃屋全体が大きく揺れ動き、取り返しのつかないほどにヒビが広がってゆく。


(倒壊する――!)


 私は美女の異形の負傷から彼女はもう敵たりえないと判断し、最後のなけなしのアメ玉二コをマネに補給しながら解放バーストで醜男の異形との距離を詰める。だが、それよりも早くルゥが杖先を地面に叩き付けていた。


「大地に根付き、命を支える柱となれ――【金合歓スキャフォールド・アカシア】!」

「ぽえぽえーぽえー!」


 地面を割って太い樹木が乱立し廃屋を支えると共に、一階・二階の入口と窓を醜男が侵入しないように塞ぎ、三階バルコニーから別の建物の屋上へと続く避難経路――『渡り廊下』を形成する。


 素晴らしい即応力だ。流石、頼りになる。見込んだ通り、ルゥに協力してもらって正解だった。


 醜男の異形へ背中から斬りかかるが、勢いを付けて振り降ろした大剣は左腕を犠牲に受け止められる。大剣は、その異様に膨張した筋肉の鎧にガッチリと固定ホールドされ、抜けなくなってしまった。


 私はすぐに予備のカラギウスの剣を抜き打つも、醜男の異形は舌打ちしながらバックステップでそれを躱す。しかし、これで奴は廃屋から離れた。


 その隙に、ヨセフさんら家族が三階バルコニーから『渡り廊下』に乗り、倒壊する廃屋から脱出してゆく。


(――後は、あの醜男の異形を倒せば全部終わりだ!)


 しかし、こっちも殆ど息切れ状態。マネには解放バースト一回分の体組織エネルギーしか残っていないし、ルゥもさっきの大規模な魔法の行使で魔力を使い果たしたようで、メリアスが体を維持できず消えてゆくのが視界の端に見えた。


 次の一合で確実に決めなければ……終わるのはこっちだ。


「リンさん……あとは……!」

「……任せなさい」


 と、景気よく言ってみせたは良いものの、応えた私の声はかすかに震えていた。


 醜男の異形がヨセフさんら家族を襲わないように睨み合いを続けていると、不意に醜男の視線が私の背後を見るようにズレた。その視線の先には美女の異形がいる。


 まさか、まだ動けるのか……?


 挟撃でもされようものなら本当の本当に終わりだと絶望しかけたその時、美女の異形が気力を絞り出すように怒声を張り上げた。


「貴様ぁ、ダニエル! 性根まで腐り落ちたか……恥を知れ!」

「黙れ、ヘノベバ! 誇りだけでは何も成せん! 俺たちの背後に連綿と続く子々孫々の為に! 俺はできることをやるだけだ!」

「できること……だと!? 殺してどうなる!」

「万が一、敵でなく味方の増援が駆け付けてきた場合に速やかに『指輪』を奪うことができる!」

「――もういい!」


 美女の異形が会話を一方的に打ち切る。仲違いは継続中、ということで良いのか? 今の怒りようは演技ではなさそうだが……。


 その時、マネが耳元で囁く。「後ろの奴、投げる気だ」と。一体、何を投げるつもりなのか。気になるが、醜男の異形にも注視せねばならないため、後ろを振り向いて確認することはできない。マネ頼りだ。


 すると、美女の異形が今度は私に向かって叫んだ。


「才能あふれる若き魔女ウィッチよ、合わせろ――!」

「――リン、たぶん大丈夫だ! 走れ!」


 マネの言葉に背中を押され、無意識的に走り出す。先程、美女の異形と斬り結んだ時の経験が私に言っていた。今の言葉は信用できると。


 ――斬れる。


 私を追い越したが、猛スピードで醜男の異形へと襲いかかる。避けるか、防ぐか。私は醜男がどういった対応をするか見る前から、地面を蹴って跳んでいた。


(最後の――解放バースト!)


 どこからか湧き上がり全身を満たしてゆく『斬れる』という確信が私の体を衝き動かす。


 醜男の異形が、私の背後から飛来した何か――を、無事な右腕で苦しそうに弾く。その衝撃で醜男の異形の足は止まり、少し仰け反った体勢となる。


 隙だらけだ。


 それでもなお私を迎え撃たんと、鋭い上段蹴りハイキックを繰り出してくる身体の柔軟性は称賛に値する。だが、その程度の攻撃では私には届かない。


 宙空で体を捻って蹴りを回避すると同時、その回転を利用してカラギウスの剣を振るった。


「中天・笹露ささのつゆ


 最小にして、最大の斬撃。


 中天に閃く魔力刃は、私を見上げる醜男の顎下を掠め、頚椎の狭い継ぎ目を鋭く穿った。魔力の流れを読み取り、もっとも抵抗がなくなるタイミングで放った一撃は、一切の引っかかりを感じることなく滑らかに醜男の首を通り抜けた。


(――斬った)


 これで当座は凌いだ。私は見事、凌ぎ切ってみせたのだ。


(その筈……なのに)


 なぜだ。私は見てしまった。倒れゆく醜男の異形がその口唇を歪め、ニヤリと嫌な笑みを浮かべるのを。


 その笑みの意味を、私はすぐに知ることになる。


「あ、ああ……! ああああぁぁぁぁ……!」

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