3.宝探し実習 その③:〝鸚緑〟の魔女

 翌日、またもやポーラ経由でヘレナから指令が来た。


『調査を継続しろ』


 ……だ、そうだ。


 全く、姿を見せずにヘレナは何をやっているのか。昨日の調査結果の報告だって、ポーラ経由での報告だった。


 ともあれ、分からないなりにマネと議論を重ねた結果、段々と現状の予想ぐらいはついてきた。


(私……これ、ね)


 ただの囮じゃない。そこそこに強くて、しかも目立つ囮だ。月を蝕むものリクィヤレハが手出ししてきても対応でき、単独行動をさせて失っても問題ない便利な囮。


 つまり、ヘレナたち『本隊』が成果を上げるまで、諸侯派・諸侯民宗派の注意を引くのが私に与えられた役割なのではないか。


 この予想は、シンシアの内偵によりどうやら正しいらしいことの裏付けが取れた。


 ヘレナたちは今、ベレニケを離れて南下しているそうだ。そして、ベレニケから約15~40km離れたアブロナ~ヨトバタ間に留まっているとのこと。


 最初から怪しいと思ってはいたのだ。あの程度の情報でここまで事を動かすなんて思い切りが良すぎる、何か裏があるんじゃないかと。


 そもそも、ヒジャーズ商人とは接触できている訳だし、そこで『指輪』が本物かどうかの確認は取れている筈。本物だったら私なんかに頼まず、もっとガツガツ取りに行くだろうし、偽物だったら私に頼むまでもない。


(クソが……私がこのまま良いように使われるだけだと思うなよ……! 眼にもの見せてやる……!)


 そういう訳で、私はつい先程思いついた計画を実行に移すことにした。


 昼頃、私は例の宿屋の一室に向かった。ここに、ある人物を呼び出してある。ガチャリと部屋の扉を開け放てば、中にいた彼女が華のような笑顔で私を出迎えてくれた。


「あ、リンさん。こんにちは!」

「こんにちは、ルゥ。悪いわね、折節実習エクストラ・クルリクルム中なのに呼び出して」

「いえ、もうすっかり観光気分だったので……」


 ルゥとの雑談に花を咲かせつつ後ろ手に扉を閉めると、奥の部屋から誰かが出てくる。


「――そいつが、リンってやつか?」


 ぽやぽやしたルゥとは真逆のトゲトゲした女が姿を現した。数え切れないほどのピアスで顔を飾り、捲くり上げた袖から覗くチョコレート色の肌には満遍なく刺青が刻まれている。


(この刺青は……呪祷刺青スティグマータ?)


 呪祷士カーヒンたちが用いた術の一つ。それも、街中のやんちゃ坊主が格好つけて入れるファッションのなんちゃって呪祷刺青スティグマータじゃない。魔力を込めて彫られた本物の呪祷刺青スティグマータだ。


 これは土着民レヴァントの技術だし、まだまだ研究途上な為、これを入れている魔法使いウィザードは少ない。それこそ、研究者か好き者ぐらいだ。


「お噂はかねがね……大魔法祭フェストゥムの試合も見てたし、ルゥからも色々と聞いてるよ。『自分に二つ名が付いたのはリンさんのおかげ』ってね」


 ゆらりゆらりと左右に体を揺らしながら、女はこちらへ近付いてくる。


 ルゥは今、〝鸚緑おうりょく〟のルゥと格好つけて呼ばれている。土+水+風の三属性からなる高級属性の木属性魔法を、使い魔メイト木精ドリュアスメリアスの力を借りて自在に使いこなすことから付いた二つ名だ。


「別に私は何もしてないわ。ルゥの実力あってのことよ」


 そう言うと、ルゥは顔を恥ずかしそうに照れた。だが、私のこれは謙遜とかではない。アドバイスはしたが、学院外の者にまで注目され、二つ名を冠するようになったのは偏にルゥの実力あってのことだ。


 攻撃にこそ参加できないものの、最初からそうと割り切ってサポート役に徹しさせてもらえるならば、実戦においてルゥの貢献できる役どころは意外と多く、徐々に名を挙げていった。


 もともと頭も悪くないし機転も利く上、魔法の構築速度も速い方だし魔力量も豊富だ。時たま私とも組んで、グィネヴィアを倒した時と同じ戦法で結構な戦果を挙げている。


 また、ここ最近は治癒魔法にも力を入れており、そちらの方でもかなりの実力をつけている。二つ名の宣伝効果もあって、既に各方からそれとなくお誘いの声をかけられているらしい。将来安泰だ。


 因みに、私にも二つ名を付けようという動きはあったが――二つ名は大体王都の新聞社が勝手に付ける――上がってきた候補がどれも糞ダサかったので、王党派に手を回してもらって全部却下させた。


「そうは言うが、こっちにゃなかったよ。攻撃できないっつー、ルゥの悪癖を直さないなんて発想は」


 友好的なこちらを持ち上げる言葉とは裏腹に、そこはかとなく滲み出す剣呑な雰囲気が彼女の言葉には含まれていた。私は反射的に身を強張らせる。


「……なによ」

「いやぁね、色んな噂を聞くもんだから、それがどこまで本当なのか教えて欲しいなーって……」


 その女は、握手を求めるように手を差し出した。かと思うと――。


ってのが……どんなもんかッ!」


 いきなり、獲物に食らいつく蛇のように俊敏な動きで、その手は腰の杖に向かって方向転換した。


(魔力の高まり――そのまま杖を抜きつつ魔法を放つ気か?)


 しかし、こちらもあらかじめ臨戦態勢を整えていたこともあり、私はさして驚くことなくその奇襲的な攻撃に対応する。


「是非とも、見せて貰――あり?」


 女は、素っ頓狂な顔で一体何が起こったのかと手元に視線を落とし、力なくプランと揺れる手首を見て全てを悟ったようだった。


 女の手は、杖を掴むことなく空振った。単純なことだ。彼女の動きに応じて私がカラギウスの剣を抜き打ち、先んじて彼女の手首を斬りつけた。たったそれだけのこと。


「はい、私の勝ちね。アンタがルゥの知り合いじゃなかったら、次に首でも斬って終わりよ」


 ピタッと彼女の首筋にカラギウスの剣を添えると、女は観念したようにゆっくりと両手をあげて降参のポーズを取った。


(こいつが……ルゥの選んだ『信頼できて戦える者』か)


 身のこなしはそこそこ、後は魔法がどれくらい使えるかといったところか。若干不安だが、ここはルゥの目利きを信じよう。


「すげぇ、ものが違うわ……」

「カ、カルバ! いきなり、なにしてるんですか!?」


 カルバと呼ばれた女は「タダのじゃれあいだ」と言って笑い、ルゥの動揺を鎮めた。私もカラギウスの剣を収める。


「完全に両断はしてないわ。十五分も安静にしてれば動くわよ」

「なにぃ、手心まで? こりゃ、完全敗北だ」

「今はちょっと敏感な時期なんだから悪ふざけは程々にして。それで、アンタはルゥのなんなの? どういう繋がり?」


 聞くと、カルバは親しげな笑みを浮かべ、気安げな調子でルゥと肩を組んだ。傍目には危ない不良女が幼気な少女に絡んでいる風にしか見えないが、ルゥの満更でもなさそうな顔を見るに仲が良いのは本当らしい。


「国教会の運営する孤児院でさ。こいつとは数少ない同年代の同期で、もともと仲は良かった。そこへ更に二人とも魔法が使えるときて、まぁ、ちょっとした腐れ縁ってやつ?」

「はい。カルバは間違いなく私が一番信頼できる人です」

「……よせやい、そんな恥ずかしいこと。こっちのが一コ歳下なんだから」

「あ、カルバって二年生なの? 全然分からなかったわ」


 道理であんまり見たことないと思った。厳つい呪祷刺青スティグマータの所為か、背の高さの所為か、或いは顔付きか、何となく大人びて見えた。


 中等部二年ということは使い魔メイトとは契約したばかりだろうが、それを考慮した上でルゥからの信頼は厚いようだった。


 こちらの想定通りに王党国教派の人間ではあるので、私も彼女を信じることにし、これまでのことを手短に話した。


 ルゥとカルバを呼び出すに至った経緯、その理由を――。




 時は少し戻って今朝のこと。


 私は昨日のうちに聞き込みできなかった者を訪ねようと、露店が開かれていたチャチャム画房近辺に繰り出した。だが、聞き込みを行う前に画房前で待ち構えていたチャチャムさんによって追い返されてしまう。


「二度と来るなと言っただろう!」

「ちょ、どういう……」

「帰れ!」


 有無を言わさず通りに叩き出された。犯罪をした訳でもない一般人相手に剣を向ける訳にもいかず、ただただ呆気にとられていると、去り際にドサッと見たこともない小さな皮袋を投げよこしてきた。


「昨日、忘れていった荷物だ」


 チャチャムさんは、フンと鼻息荒くして画房に戻っていった。


 ここでようやく彼が演技している事と、この何かを渡したかったらしい事に気付き、私は大人しく出直すフリをした。


 そして、今いるこの部屋を取り皮袋の中身を確認した。まず出てきたのは手紙だ。


『指輪を買った男を知っている。名はヨセフ。彼は俺の友人で、ベレニケ南西の工業特区にあるフセイン社・技術工員寮の13号室に住んでいる。この話が漏れることを警戒してヨセフとは接触していないから話はそっちで通せ。ヨセフの事はアンタ以外には話していない』


 この手紙の他にもう一つ、ペンダントトップのような謎の小物が入っており、『ヨセフに見せれば俺からだと分かる』とだけ記されていた。二人の間だけで通じる符号のようなものだろうか?


 ともかく、せっかく私を信頼して情報をくれたのだ。応えぬ訳にもいくまい。




「――という訳で、単なる囮として使われるのがとっても我慢ならない私は、ヘレナの動きに探りを入れつつも、チャチャムさんの友人ヨセフさんを守るために『指輪』を確保すべく、王党国教派かつ人間的にも信用できるルゥに協力を頼んだの。二人には『指輪』の方を担当してもらう予定よ」

「へえ、本当の『宝探し』ってわけか……おもしろそーじゃん! ちょうど暇してたところだし。な、ルゥもそう思うだろ?」

「うん!」


 話を振られたルゥは元気よく頷いた。二人とも乗り気だ。相当に退屈してたみたい。


「で、具体的にこっちは何をすれば?」

「取り敢えず、このペンダントトップを持ってヨセフって人に接触して欲しい」

「お、話に出てきたやつだな?」

「そう。そして、最終的には彼の持つ指輪が本物でも偽物でも確保する」


 万が一本物なら回収できて良し。偽物でも噂の真偽をハッキリと確かめられるし、民宗派の魔の手からヨセフさんの安全を守れるから良し。


 どう転んでも得しかない!


 しかし、その為にクリアしなければならない課題が三つある。


 まずは交渉。まあ、これに関しては問題ないと思う。チャチャムさんの手紙によると特別な思い入れがある訳でもなさそうだから、いくらかの金銭を提示すれば問題なく渡してくれる筈。


 次は受け渡し。これも魔力を遮る性質を持つ鉛の箱をポーラから受け取っているから、仮に本物の『指輪』でも鉛の箱の中に入れれば気配はそうそう漏れない。街中を堂々と持ち歩いても誰にも察知されることはないだろう。


 最後は保管。これはポーラに押し付けよう。あっちが捜索しろと言ったのだから、もし本物でも持ってきた事に関して文句を言われる筋合いはない。


「『宝探し』のおかげでルゥたちの動きは他生徒に紛れると思うから、事が露呈するとすれば他勢力が先にヨセフさんに目をつけている場合だけ。でも、その可能性は低いと思う。ちょっとした魔法の込められた装飾品マジックアイテムなんて今時珍しくもなんともないし、チャチャムさんは私以外にはヨセフさんのことを話してないと言ってる。当時、露店が撤去される時に居合わせた人物も、私が確認した限りではチャチャムさん以外には居ない」

「じゃあ、今日中に全部やっちゃう系?」

「いえ、不安材料がなければ、それで済んだかもしれないけど……」


 不安材料とは、私の前にチャチャムさんへ接触し口止めをしたという人物のことだ。せめて、その人物が王党派か諸侯派かだけでも分かれば……まあ、幸いそれを突き止めるアテはある。ここは焦らず着実に行こう。


「今日は軽い接触だけに留めて欲しいわ。そして『指輪』の在り処と、他に誰かが接触した形跡がないか、探りを入れてみて」

「うーん……なんだか難しそうだけど、カルバと一緒に頑張ってみます」

「ありがとう、私はその間に別行動して不安材料を取り除いてみるわ」


 私が二人の顔をみやると、二人は己が役割を了承するように頷いた。


「それじゃ――」

「――待ちな、ガキども」

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