2.大魔法祭 その⑥:決勝

 その身のこなしを見ただけでも分かってしまうものだ。彼女、ファラフナーズが前に歩み出るその淀みない足運び一つ取っても、そこには抜かりなき努力と持って生まれた才気の片鱗が光る。


 審判が度々遅れて入場してくる私に軽く注意をして、互いの武器を交換させる。


 武器は互いに剣二本と杖。だが、私と違ってファラフナーズの方は、使い魔メイト竜人ドラーケが剣を一本持つのだろう。


 ファラフナーズの背後に控える竜人ドラーケの男――全身の殆どが龍の如き鱗に覆われているにも関わらず、その下の筋肉の膨らみにそってなだらかな起伏が見て取れる。相当に鍛え込んだ魔族の武人だ。彼もまた、ファラフナーズに及ばずとも相当な使い手と見た。


 武器を返して握手をする段になった時、ファラフナーズと握手し終わった後に竜人ドラーケの方にも手を差し出してみた。竜人ドラーケは少し迷うような素振りを見せた後、ファラフナーズに促されて私の手を取った。


(かっっっっっっっっっっっっっっっっった!)


 竜人ドラーケの鱗は、思わず眼を丸くひん剥いてしまうほどの硬度を持っていた。本当に契約者たるファラフナーズの魔力で構成されているのか疑ってしまう。


 あらかじめ硬軟を確かめられて良かった。これはまともにやっては斬れない。


(しかし、この手付き……)


 私は、むにむにと竜人ドラーケの手を揉む。


「えっと、そのー……」


 彼は困ったように頭を掻いていたものの、無理矢理に振りほどこうとはしなかったので、遠慮なく隅々まで検分させてもらった。


 このタコ・マメの配置からすると彼本来の得物は恐らく槍と弓。剣は、剣術の試合に出る契約者に合わせて使っているだけだ。しかも、長命種の竜人ドラーケだが、立居振舞や鱗の年輪やツヤからしてまだ年若く実戦経験もそこまでないと見た。


(これは……付け入る隙になってくれるんじゃないかしら?)


 審判に「長い」と注意されたので、観念してここらで竜人ドラーケの手を解放し、開始線へと向かった。


「おいおいおい、リン。試合が始まる前に聞いとくけどよ、勝算はあるんだろうな? 策とか、奴らの弱点とか」

「そんなものないわよ」

「はあ!?」


 そう声を荒らげられたところで、ないものはない。強いて言うなら、無秩序カオス状態を作りだすことだろうか。


 戦いとは即ち無秩序カオス。始まってみるまでは、何が起こるか誰にもわからない。古来より武人はそれを忌み嫌い、確実なる勝利を求めて『武術』や『戦術』といったものを開発・研究してきた。


 ファラフナーズの戦いは正にそれを地で行く、小気味よく計算された美しい剣だ。


(――ならば、私は徹底的にその逆を目指そう)


 敢えて戦場に無秩序カオスを広げ、その中を誰よりも上手く泳ぎ切ってみせよう。


 私が本当に天才であるのなら、それもできる筈だ。


「マネ、余計なことはしないで良いわよ」

「余計なことってなんだよ」

「動きの補助サポート以外のこと。体組織を節約なさい」


 それはどういう意味か、と尋ねるマネの声を遮り審判が叫んだ。


「――始め!」


 私は杖を腰に挿し、両手に剣を構えた。


「来なさい、ファラフナーズ!」

おう


 私の気合にファラフナーズは言葉少なに応え、様子見するつもりだったらしい隣の竜人ドラーケをも置き去りにして、弾丸のように鋭く突っかけてくる。そして、一切の躊躇なく剣を横薙ぎに振るった。


 その巧妙な足運びは、さながら寄せては返す波の如し。怒涛のような前進から一転、間合いぎりぎりのところで急ブレーキをかけて必要最低限の斬撃を繰り出してきた。


(小手――!)


 私は落ち着いて手元を引き、同時に前進してファラフナーズの手の甲へカウンターを合わせようとした。


「【魔力弾バレット】!」


 しかし、それは竜人ドラーケが大雑把にバラ撒いた魔力弾によって阻まれる。悪態の一つや二つ吐き散らしたかったが、息つく間もなくファラフナーズが攻め立ててくる。そして、追って竜人ドラーケも。


(なんて、無駄のない動き……美しい! 惚れ惚れするわ!)


 一切の無駄が削ぎ落とされた機能美、最小にして最大を体現する斬撃。どの瞬間を切り取っても、博物館に展示されている芸術品の数々に勝るとも劣らない輝きを放っていた。思わず、防御する手を止めて見入ってしまいそうなほどだ。


 だが、それだけに惜しい。


 観客席で見ていた時から薄々気付いていたが、こうして実際に戦ってみるともっと良く分かる。彼女の完成された剣術の中には一つ大きな異物が入り込んでいる。


 その異物とは他でもない。使い魔メイト竜人ドラーケのことだ。


 溢れんばかりのファラフナーズの才能に、使い魔メイトである若き竜人ドラーケが追いつけていないのだ。率直に言わせてもらえば足を引っ張っている。彼の所為で、ファラフナーズの宝石のような輝きが大きく損なわれている。


 一見、緻密な連携をこなしているように見えて、その実、竜人ドラーケは下男の如くファラフナーズの出方を伺い、それに合わせているだけだ。付け焼き刃の卑しい剣で。


「フッ――!」


 試しに竜人ドラーケの方へ攻めかけてみれば、途端にその馬脚を現した。奴は途端に連携を見出し、オタオタと型通りに受けるしかない。


 違う……違う、違う、違う!


「違うでしょうがッ! こんの糞トカゲッ!」

「なな、なんですか急に!」

「人間相手にビビってんじゃないわよ! アンタの鱗はこんなチンケな魔力刃に負けるようなものなの!? もっと、ガンガン攻めて来なさいよ! この腑抜けがッ!」


 力任せに剣を叩きつける。すると、竜人ドラーケの表情が変わった。人間にこうまで言われると流石にカチンと来るのか、仏頂面で肩を怒らせながら前に出てきた。使い魔メイトが急に動きを変えたものだから、さしものファラフナーズも動揺を露わに一瞬ばかし停止する。


(……ごめんなさいね)


 予想以上に素直だった若き竜人ドラーケに良心を痛めながらも、私は左手に持っていた剣を上空へ投げ捨て、斬りかかってきた鱗まみれの腕にタコのように絡み付いた。


「なっ、ぐぅぁ――!」

関節技サブミッションは初めて? Shall we dance!」


 斬りかかってきた手首を捻り上げながら側面へと回り込み、竜人ドラーケと背中合わせの格好になる。そして、そこへ時間差で斬りかかってきていたファラフナーズの前に、盾の如く竜人ドラーケの体を挟み込んだ。


 ――ガキンと金属音に近い音を鳴らしながら、竜人ドラーケの鱗がファラフナーズの剣撃を弾く。


 ここで初めて、ファラフナーズの表情が陰りを見せた。


秩序コスモスは乱れ……)


 脇腹を肘で押し、膝裏を足蹴にし、崩れた竜人ドラーケの体勢を更に崩してゆく。そして、竜人ドラーケの硬い鱗を盾として使いながら、空いた右手でファラフナーズと斬り結んだ。


無秩序カオスが広がってゆく……)


 この時、意図せず変な風に力でもかかったのか、捻り上げた手首から異音が生じ竜人ドラーケが剣を取り落す。


 これで剣は上空に一本、地面に一本。


 ――魔力の高まり。


 技を解くことを諦めた竜人ドラーケが魔法を構築し始めた気配を察知し、私は彼を投げ飛ばした。それと同時、地面に転がる竜人ドラーケの持っていた剣をファラフナーズへ向けて蹴り上げる。


 当然、そんな生っちょろい攻撃は隙すら生み出すこともできずに弾かれてしまう。が、これで竜人ドラーケの武器はなくなった。


 弾かれた剣が場外へすっ飛んでいくのを横目で眺めながら、私は上空から戻ってきた剣をキャッチし、二刀流の構えでファラフナーズへ斬りかかった。


 二つ、三つと打ち合い、私は勝負を決めにゆく。


「ど~こだ」


 私がおどけて言うと、ファラフナーズがハッとした顔をする。気付いたか、いつの間にか私の両手から剣が消えている事に。


(何処にあるのかって?)


 それは再び上空だ。斬りかかるフリをして、手首のスナップでひょいひょいっと投げたのだ。


 しかし、ファラフナーズに取っては、剣の行方などさして重要な情報ファクターじゃない。問題は、剣の間合いにいる対戦相手が何故か自ら剣を手放し、素手で殴りかかってきた事だろう。


 さぞかし困惑している筈だ。その意味不明さに。


(それでいい……それがいい)


 ファラフナーズは動かない。その理由は、彼女の瞳に映る竜人ドラーケを見れば一目瞭然だ。私の背後から、武器を失った竜人ドラーケが拳を固めて殴りかかろうとしている。だから、ファラフナーズが変に焦って攻める必要もないのだ。少し待って、竜人ドラーケの攻撃を食らった私を攻めれば安全な上に確実なのだから。


 その選択に問題があるとすれば――それは、私が描いた青写真と寸分たがわぬ光景ということ。


(――想定通り)


 私は腰の杖を背後に放ると同時に、試合開始からずっと構築し続けていた魔法を解き放った。


「【魔力刃ブレイド】」


 ふわっと軽く投げられた杖先に私のなけなしの魔力で構築された薄っぺらな魔力刃が形成される。そして、宙に浮かぶその杖の石突きが――竜人ドラーケの拳に衝突する。


 ドンピシャ。マネにもこれぐらいの投擲技術を身に着けて欲しいところだ。


「な、これは――!」

「そう、アンタの攻撃を利用させてもらうわ」


 竜人ドラーケのパンチによって石突きを叩かれ真っ直ぐに打ち出された杖は、勢いよく私の側頭部を掠めてファラフナーズへと迫る。


 予期せぬ出来事だろう。にも関わらず、素晴らしきファラフナーズはそれすらも防いで見せた。それが身についた修練の成果によるものか、それとも生まれついての天稟てんぴんよるものかは定かではない。


(手傷くらいは負わせられるものと思っていたのに……でも、体勢は崩した。だから、結果は同じ……)


 だけど、修練か天稟か、そこんところ気になるから今度教えてよね。

 ――ああ、良いよ。


 刹那に私たちは確かに通じ合い、そしてぶつかり合う。


 タイミングよく上空から戻ってきた二本の剣を手に、私はファラフナーズに斬りかかった。苦し紛れに放たれた反撃を技と力で抑え込み、もう一本の剣を振るう。


(魔力の間隙すきま――そこ!)


 私は密着した状態から、ファラフナーズの臍の下へ魔力刃を強く押し当てる。


(食い込んだ! ここまで来たら後は力づく――!)


 薙ぎ払うように、全身全霊の力を込めて強引にし斬る。


圧斬へしきり両車もろぐるま


 硬い魔力の抵抗を千切ちぎり、ファラフナーズの後方へ刃が抜ける。一瞬、静寂が辺りを支配し、直後、割れんばかりの歓声がブチ上がった。


 ――斬った。


 完璧なるアニマの両断――決着だ。


「――勝者、リン!」


 はきはきとした勝ち名乗りが耳に心地よい。地元から今回の大魔法祭フェストゥムで一人目となる地元優勝者が出たことで、観覧席は大盛りあがりだ。


 試合場に登った時はパルティア王国が嫌がらせをした可能性も僅かに頭にあったが、そんな考えは戦っているうちに消し飛んでいた。仮にパルティア王国の関与があったとして、そこにファラフナーズの意志はないだろう。


 時間にすれば一分にも満たない試合ではあったが、その中にはファラフナーズの無実を確信できるだけの濃密な対話があった。


 私は倒れ込んでくるファラフナーズの体を抱きとめた。


「掛け値なしに良い試合だったわ」

「……ああ、そうだな」


 寡黙な彼女が試合開始ぶりに言葉を発した。


 さっきと違って気合の入っていない会話だからだろう、想像していたよりも高く少女らしい威厳もくそもない声音で、失礼だけど笑ってしまった。


 私は勝利の余韻を噛みしながら、殊更にぎゅっとファラフナーズを抱きしめた。


「ぐ……」

「あ、痛かった? ……ごめんなさい。でも、もう少しだけ……もう少しだけ、このままでいさせて……」


 だって、今この手を緩めてしまったら。


(――衆目環視の前にからね!)


 これまで試合で派手にやり過ぎた。積み重なる負荷が限界を迎え、ほつれかかった制服が今にもズリ落ちそうになっていた。


 私は通路の方を振り返って思い切り叫んだ。


「ベン! シンシア! そんなとこでボサッと見てないで、控室から着替え持ってきてくれない!?」


 頼むから誰にも裸を見られないでくれと私は心の中で百回ぐらい唱えた。

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