2.里帰り その③:〝道化〟の魔法使い

「へえ、こっちに赴任してからだいぶ経つけど、村の近くにこんな場所があるだなんて知らなかったなぁ」


 私は土地管理官の仕事へ向かうムウニスを呼び止め、この場に連れてきた。


 ここは渓流によって削り出された崖の下、私とヨナちゃんしか知らない秘密の遊び場だ。水無川なので、普段は乾いている。


「合図はコインにしましょ。地面に落ちたら開始で」

「あれ……なんかラフな口調になってる? まあいいや。で、本当にやるの?」

「私は別にアンタを嫌ってる訳でも、殺したい訳でもないわ」


 そこで私は一度言葉を溜め、「ただ――」と続ける。


「私はアンタを斬ってみたい。斬れば、なにかしら分かる筈だから」

「そ、そうか……まあ、護衛として恥ずかしくない戦いはしてみせるよ」


 ムウニスが若干引き気味に返答したのを、私は受諾と捉え問答無用でコインを弾いた。慌てて杖を構えるムウニスとは対照的に、心の準備をしていた私は泰然とコインを見送る。


(コインが落ちる――)


 その寸前から、私は動き出していた。あらかじめ地面に埋めていた爪先を思い切り蹴り上げ、ムウニスの顔面に乾いた土の塊を食らわせる。


「うわっ、汚ない! まだコインは落ちてなかったのにィ! ぐっ……おおおおお、痛えェェェ!」


 土の入った目元を抑えながらムウニスが喚く。


「オレ様もドン引きだぜ」

「なんとでも言いなさい、土が当たったのはコインが落ちた後よ!」


 私ごとき雑魚が、大人の魔法使いウィザードに勝つにはなんでもやらなければならない。それぐらいの戦力差は自覚している。この立ち会いが真剣勝負じゃなくとも、クラウディア教官の見初めてくれた才を汚さぬために絶対に勝つ。


「これが、これこそが私よ! さあ、ムウニス! アンタも見せなさい! 腹の底の底を――!」

「ぐううううううぅぅぅ! ――【踊る炎ダンシング・フレイム】ゥ!」


 杖先から溢れた炎たちが縦横無尽に舞い踊り、私の行く手を阻む。ムウニスの作った創作魔法の一つか。攻撃というより、魅せるための魔法といった感じだが、潤沢な大人の魔力量に物を言わせて規模を大きくし強引に私の足止めを図ったようだ。


「おっと、危な――! これ、非殺傷設定じゃないでしょ。私を殺す気? 一応、アンタの好いてる女の娘よ、私」


 熱気に肺を焼かれたくはないので、安全のために一歩下がる。


「【ウォーター】」


 すると、私が下がることを見越していたかのように、ムウニスは少量の水を生み出し目を洗った。苦手とは言え、やはり多少は水属性魔法も扱えるようだ。まあ、当たり前か。私が例外的に下手過ぎるだけだ。


「ふぅ……でも、こうでもしなきゃ、リンちゃんはビビって退いたりなんかしないでショ……?」


 どれだけ紳士的に振る舞おうと、私には隠しきれなかった彼の性根が、徐々にあらわになってゆく。まるで野犬のように尖った歯が口唇から覗き、捻じくれた眼が恨めしそうに世界を睨む。


「不法には不法で……これでトントンってことで、手打ちにしてヨ」

「くくっ……地金、出てるわよ?」

「ふっ――速攻で終わらせるヨォ! この後も仕事詰まってるんだからネ!」

「それはこっちの台詞!」


 私としても長引かせるつもりはない。最初の仕掛けは不発に終わったが、既に別の手は打ってある。


「今よ!」

「あいあい」


 気のない返事の後、からカラギウスの剣が射出シュートされる。ここに来るまでの間に、こっそりとマネの体組織を向かわせていた。さっきの私の突撃は本命兼目眩ましだった訳だ。


 シンシアに勝った時と同じく、剣は後頭部へ向けて問題なく放たれた。


(――当たる)


 刹那に私はそう確信した。しかし、ムウニスの戦闘能力は私の想像を易々と越えてきた。


「後ろ……ダロ?」


 ムウニスは後ろを見もせずに、杖を大きく振り払って飛来する剣を弾いた。


「わお、やるじゃない! ムウニス!」

「こんなチャチな仕掛けで取れる俺じゃないゼ、生徒同士ならともかくサ! 今度はこっちから――【跳ぜる炎球バウンス・フレイム】!」


 上空へ向けられた杖先から人間の頭部ほどの炎球が次々に放たれる。それらは緩やかな放物線を描き地面に落下したかと思うと、ゴムボールのような弾力で再び飛び跳ねた。


 熱気を肌で感じないところからして今度はちゃんと非殺傷設定のようだが、この攻撃は別の意味でヤバい。


(閉所を戦場として選んだのは間違いだったかしら……?)


 教官が取ったのと似た戦法――物量でこちらの動きを制限して磨り潰す気と見た。そうはさせじと私は打って出る。


 解放バースト、今日はアメ玉の残数には余裕がある。


「――開けオープン


 しかし、ムウニスも私の行動にすかさず反応し、炎球の放出を中断して杖を振るう。すると、私の進路を塞ぐように召喚門ゲートが開かれ、そこから大型犬が顕現した。


 闇を封じ込めたような漆黒の体、燃えるような赤い瞳、立ち込める硫黄の匂い。


(死と不吉を撒き散らす亡霊――黒妖犬ブラックドッグ!)


 使い魔メイトを出してくるとは、ムウニスも本気になったようだ。黒妖犬ブラックドッグは正面から突っ込んでくる。


(犬っころめ。返り討ちにしてやる)


 襲い来る爪と牙を難なく躱し、擦れ違いざまに一太刀を浴びせる。


(浅い――か)


 跳ね返ってきた炎球がちょうど邪魔になった。いや、そうなるように炎球を操作し、黒妖犬ブラックドッグに攻撃させたのだろう――と、そう気づいたのは、右腕に【炎弾ファイア・バレット】を食らった瞬間だった。


(ッ――地面から!?)


 アニマを損傷し、たちまち右腕の肘から先の感覚が失われる。手中からカラギウスの剣が零れ落ち、地面を転がった。


(いつだ……一体、いつ【炎弾ファイア・バレット】を放った?)


 攻撃を一時中断し、距離を取りながら思考する。


 私は黒妖犬ブラックドッグの攻撃を躱す時も、炎球の跳ね返り方を確認する時も、片時だってムウニスから目を離していなかった。【炎弾ファイア・バレット】を放っていたら分かる筈だ。


 少し考えて、その答えに至る。


「――炎球かッ!」


 やられた。跳ねる方向と位置取りには気を配っていたが、までは注目していなかった。よく見ると、跳ねる度に炎球のサイズが小さくなっているし、跳ねた後の地面には小さな『穴』がある。


 そして、『穴』は被弾した右腕の下にも……【炎弾ファイア・バレット】はその『穴』から真上に飛び出てきたのだ。


 クラウディア教官を思い起こさせる巧みな戦い方だ。育ちの所為か、魔法使いウィザード的な大火力主義に染まっていないらしい。正に〝道化〟の名に相応しい、変幻自在の嫌らしさだ。大規模な魔法で雑に攻めてくれた方がまだやりやすかった。


「気付くのが早いネ。でも、これで終わりでショ? 利き腕が潰れて、剣も失ったんダカラ。リンちゃんのバトルスタイルは聞いてるヨ……世にも珍しい剣術主体の魔女ウィッチだってサ」


 勝ちを確信したのか、攻め手を緩めるムウニス。


 どうも、ありがとう。私を舐めてくれて。そのお陰で色々と準備できるだけの時間が出来た。お礼に斬ってやるから覚悟しろ。


(久しぶりね……この右手の感覚。動かしたいのに、身体の方が全く言うことを聞かない感覚……)


 これまで、この感覚は敗北を予期させ、絶望を呼び起こすものでしかなかった。だが、今は違う。私はまだ勝機を失ってなどいない。


「――俄然、燃えてきたわ」


 ムウニス、相手に取って不足なし!


 ますます戦意に燃える私は杖を左手に構え、構築した魔法を解き放つ。


「【魔力刃ブレイド】」


 私のショボい魔力で作られた薄っぺらな魔力刃が杖先に展開される。中指ほどもない短さだが、問題はない。


 ムウニスが溜め息をついた。


「まだ戦う気?」

「いいえ、よ!」


 例え、四肢をもがれ頭だけになったとしても私は戦うことを止めたりしない。死ぬまで、いや……死んでも諦めない。


 クラウディア教官が見出してくれたこの才を証明するために――!


「マネ! 戦術レベルを一つ上げるわよ!」

「え、でも、レベル2以降の戦術はまだ練習してな――」

「やると言ったらやるのよ!」

「マジ? どんなんだっけ……」

「――気合で思い出しなさい!」


 ボケたことを言うマネに一抹の不安を覚えつつも、私はアメ玉を補給して吶喊する。それに応じて、ムウニスもまた渋々とだが動き出す。黒妖犬ブラックドッグに指示を出し私の背後を襲わせながら、再び【跳ぜる炎球バウンス・フレイム】を放った。


(一、二、三、四、五――合計五つの炎球をそれぞれ別方向にバラ撒いた)


 炎球の反射を計算し、すぐさまムウニスの狙いに気付く。


(この炎球の配置……それぞれの反射周期が微妙にズレていて、上手いこと私を『穴』の上へ誘導するような配置になっている……)


 舐められたものだ。この私が同じ手を食うとでも? しかし良いだろう、乗ってやる。


 斯くなる上は正面突破だ!


「戦術・其ノ百三十二!」

「ひゃ、ひゃくさんじゅうに……? あ、ああ……あれな!」


 其ノ百三十二――解放という仮名を与えたその戦術は、ほぼ全ての体組織エネルギーを消費し、全方位へ向けて解放バーストを放つ大技だ。


(――今!)


 私の合図でマネは全解放を実行し、背後から襲いかかってきた黒妖犬ブラックドッグを跳ね除ける。どうせ、犬っころは魔力体なんだから溶けようが死のうが構わない。


 そして、これで周囲へ体組織を撒き散らすことができた。


(後顧の憂いを断ちつつ、も済んだわ)


 私は再度アメ玉を補給し直し、杖先の小さな魔力刃を掲げて正面から突っ込んだ。


「百七!」

「言われんでも分かってるって。前に言ってた連携だな」


 分かってるなら良し!


「掻っ切れ――【炎の短剣フレイム・ナイフ】!」


 ムウニスが今度は炎で作った短剣ナイフを次々と投じ、私を迎え撃つ。どうやら、マトモな攻撃はお嫌いらしい。短剣ナイフは炎球と同様に放物線を描き、回転しながら飛んでくる。


(その短剣ナイフにもあるのでしょう?)


 すると、私が予想した通り短剣ナイフが空中で前触れ無く二つにバラけた。


(残念だけど……炎球の反射から逆算してその狙いはバレバレよ! あんまし舐めんな!)


 バラけた短剣ナイフを私は姿勢を屈めることで難なく躱し、マネに仕込んだ連携を発動させる。


 其ノ百七――揺動パターン3と仮名したその戦術は、一度射出シュートを見せた相手に対して大きな効果がある……と見込んでいる。この戦術は、何らかの方法でまず体組織を周囲へ拡散することから始まる。例えば、さっきの其ノ百三十二――全解放など用いて。


 ――パンッ!


(良い音させるじゃないのマネ!)


 パン、パン! とまるで銃声のような破裂音があちこちから同時多発的に鳴り響く。


(揺動だと気付こうが――反射的な硬直は免れない!)


 ムウニスは努めて私に意識を集中させている。だが、それでもほんの僅かばかり音の方へ意識を割いた。その僅かな隙を見逃すことなく、私は解放バーストで思い切り突っ込んだ。


「うおおおおおおおおおお!」


 技もへったくれもない。私はただ、杖の魔力刃を渾身の力で相手に突き立てるだけで良い。それだけで……私は勝てる。


「――美シイ」


 ぶつかり合う寸前、ムウニスがそう呟いた。


「初めて火を見た時はその美しさに感動しタ。そして、初めてサーカスを見た時モ……お母さんと出会った時モ。お母さんとはまた別の美しさガ、リンちゃんには有ル……」


 魔力刃が深々と刺さる。ムウニスにではなく、に。


「だけど、俺の方が速かッタ」


 ムウニスは、熟練のマジシャンのような素早い動作で懐よりカラギウスの剣を取り出し、その魔力刃を私に突き刺した。私たちがぶつかり合う直前、地面の『穴』から飛び出してきた【炎弾】を左太腿に食らった分だけ、ムウニスの速度が上回った。


 だが、勝ち誇った顔のムウニスに私は淡々と返す。


「やっぱり……アンタ、私を舐めてるわ」

「なに? それは、どういう――」


 魔力刃が深々と刺さる。今度は私ではなく、に。


 それも、私より多い――最初の射出シュートで弾かれた剣と、途中で【炎弾】を食らって右手から零れ落ちた剣である。


 さっきの音は単なる揺動ではない、揺動でありながら本命でもあったのだ。


 ムウニスがグラついたのに合わせて、マネに私の腹部に刺さった魔力刃を引き抜かせつつ、杖の小さな魔力刃で滅多矢鱈にムウニスの前面を斬り付けた。


「ぐっ、おおおおおお! 【炎の槍ファイア・スピア】!」


 魔法が来る――と、そう感じた時にはマネが後方へ向かって解放バーストしており、私は瞬時に安全圏にまで脱出した。


(くくく、どこを狙ってるのかしら?)


 これまでと違い飾り気のない武骨で実直な魔法が全く見当違いの崖面へ吸い込まれていくのを横目に見ながら、私たちは互いに息を整えた。


「あ゙ァ゙……やってくれるじゃないカ……」

「これで……五分五分どころか、私が有利になったんじゃない?」


 私の負傷は右腕と腹部、左太腿。対してムウニスの負傷は腹部二つと身体前面。黒妖犬ブラックドッグは……まだ〝人界〟での体を保ててはいるようだが、両脚を負傷したようでびっこを引いている。


 私の左太腿は問題ない。最初からここに当てようとしていた。私の機動力はマネの補助サポートが本体なので、片足でもバランスにさえ気を付ければ普段と遜色なく動ける。


 そして、私はムウニスの両腕部を集中的に斬り付けておいた。【炎の槍ファイア・スピア】の狙いが大きく外れたのも、その影響があったからに違いない。


 ムウニスは腹部に刺さる二本のカラギウスの剣を乱暴に引き抜く。その眼は、溢れんばかりの野性味でいっぱいだ。


「もう、手加減はできないヨ……!」

「臨むところ!」


 私は左手で、さっき自分の腹部から回収したムウニスのカラギウスの剣を構えつつ、残るアメ玉を数える。


(良し……貯蔵は十分。まだ全然戦える)


 まずは、そのイカれかけている腕で何処まで魔法が使えるのか、ムウニスの出方を伺おうとしたところで、予期せぬ出来事が起こる。


「――キャアアアアアアア!」

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