1.尋常人の営み その③:真剣勝負

 学園の中庭にて、私は一人ベンチに腰掛け思索に耽っていた。


 機を見て王党派貴族のベネディクトに接触したいが、それにはいくつかの問題がある。


 彼の通う『ディルクルム魔法学院』は中等部以下の見習いが通う、なのだ。私の通う『クレプスクルム魔法女学院』は。因みに高等部からは共学の『メリーディエス魔法学院』に通う。


 なので、女一人で乗り込むとなると非常に目立ってしまう。ヘレナには勘付かれないようにしたいので目立つのは避けたい。


(さて、どうしたものでしょうね……)


 そこへ、見知らぬ女子生徒二人組が通りがかる。


「うわ、リンだ!」

「こら、声に出さないの。藪蛇になるわよ」

「そうね……行きましょ」


 最初の声以外は私に聞こえないように配慮した小声だったが、割と耳の良い私には丸聞こえだった。


(今の娘たち……どっちかしら? 王党派か、諸侯派か……それとも中立派?)


 王党派に属したことで、どうにも周りとギクシャクしてしまっている。諸侯派はもちろんのこと、王党派・中立派からも腫れ物に触るような扱いだ。


 私はずっと見下されていた。


 魔女ウィッチの本分である魔法において、クレプスクルムの歴史上類を見ないほどの醜態をさらし続けていたのだから、ムカつきはすれども感情を排せば当たり前と納得できる評価ではある。


 しかし、そんな奴が【契約召喚パクトゥム】と夏の折節実習エクストラ・クルリクルムを経て、いきなり王党派の中核メンバーであるヘレナと懇意な関係を築いたとなれば戸惑うのも当然で、誰も彼もが私との距離感を測りかねているように見えた。藪蛇どうこうは、そういう意味合いの発言だろう。


 なにしろ、私への蔑視感情は数年単位の積み重ねがある。掌返しだってそう簡単にはできないだろう。


(ベネディクトを人づてに呼び出すことも考えたけど……それは今は止めた方が良さそうね……)


 となると、手紙でも書こうかと考えたところで、突然に喧しい声が私の思考に割り込んできた。


「――ああっ! やっと見つけたわ!」

「ん? あーっと……シンシア? だっけ?」


 昨日、適当に相手してやったシンシアが猛烈な勢いで走ってきて、私の目の前で急ブレーキをかける。


「そうよ! 名前を覚えてくれてどうもありがとう! ――それじゃあ、勝負!」

「……なんでそうなるのよ。昨日の負けはもう忘れちゃった訳?」

「負け?」


 シンシアは、大口を開けて呵呵かかと笑った。


「馬鹿言わないで、まだ勝負は続いているわ」

「はあ? 昨日、斬ってあげたじゃない」

「斬った? いやいや、私は今もこうして元気に立っているじゃない! 本当に斬ったのかしら?」


 何と子供じみた強がりだろう。本当に私の一歳下か? 呆れ果てて閉口していると、シンシアはなおも聞くに堪えない屁理屈を重ねる。


「言ったでしょ、『ルールはない』って。私はあの時、立ち去る貴方に『待って』と確かに言った筈よね? つまり、戦闘続行の意思をこれ以上ないほどに示していた。それなのに貴方は勝手に勝ったと思い込んで戦闘を放棄した! 仕切り直しを求めるのは妥当だと思わない?」


 阿呆くさいと思いながらも、私はしぶしぶ立ち上がった。


「どうすんだ? リン」

「まぁ、付き合ってあげましょ」


 ロクサーヌの時と違い、私は再戦要求を受け入れてやるつもりだった。その理由は単純に彼我の戦力差が決め手である。シンシア相手なら、私の服が溶けることなく勝利できる見込みがあったからだ。


 しかし、勝ったところで、また適当な理屈をつけて再戦を挑まれるだろうことは目に見えている。それは面倒だ。


 ここは一つ、頭を使おう。


 ベネディクトの件をも纏めて解決できる素晴らしいアイディアが、私の脳裏には既に閃いていた。


「ま、良いわよ。昨日のは勝ち負け付かずということで。仕切り直しましょう」

「やった……ふふん、当然よ!」

「但し、何でも有りバーリトゥードはそのままでも良いけど、決着のルールだけは決めておきましょう。相手を気絶させるか、『参った』と言わせれば勝ち……どう?」

「良いわよ!」


 シンシアは、勝ち気な笑みにその自信を滲ませた。恐らく、『参った』と言わなければ良いとでも思っているのだろう。


「ふっ……若いわね、シンシア。『次がある』とか甘えたことを考えているのが透けて見えるわ」

「はぁ? たかが一歳違いで歳上面しないでくれる? こうして生きてる限り、いくらでも次はあるじゃない! はい、論破!」

「――アンタ、『真剣勝負』をしたことないでしょ」


 そう言うと、シンシアは怪訝そうに眉をひそめた。私はそれを見てしめしめと思い、なおも続ける。


「負けたら死ぬとか、負けたら何かを失うとか、そういう戦いをしたことがないでしょ」

「……それが? だったら、どうだって言うの?」

「ここで初体験と行きましょうよ。負けた方は……、とか」

「は、はぁ!? なに言ってんの!?」


 激しく狼狽えるシンシアを見て、私はほくそ笑む。


「なに? ビビってるの? 片眼を失うのが怖い?」

「い、いや、そういう問題じゃ……」

「なら止めとく? クレプスクルム開校以来の落ちこぼれとの勝負を止めにする? 私は別にそれでも全然構わないけどね」


 こう言えばシンシアの性格上、引くに引けないと思っての挑発だった。案の定、シンシアはビビり散らかしながらも意地で乗ってきた。


「……ビ、ビビってなんか……ないわよ」

「ふっ、くくく……冗談よ。アンタの眼を潰したところで面白くもなんともないわ。そうねぇ……ここは『勝ったら相手に一つだけ命令できる』とかにしときましょ。もちろん、度を越した命令はダメ。どう? 子供らしくて良いでしょ」

「め、命令……それなら……。分かった。そ、それで良いわ!」


 シンシアはどこかほっとしたように息をついた。バカな奴だ、私にまんまと誘導されているとも知らずに。


 話が纏まったところで、シンシアは怖気付く心と体に気合を入れ直した。


「行くわよ、リン! 負けてから後悔しても遅いんだから――」

「あ、ちょっと待って」


 前と同じく開始の合図もなしにさっさと勝負を始めようとするせっかちなシンシアを慌てて制止する。こっちはまだが終わっていない。


 私は、努めてゆっくりとカラギウスの剣を懐から取り出す。


 ……よし、これでは完了した。


「あ、もう良いわよ。どうぞどうぞ、好きに始めてくれちゃって?」

「もう、なんなの……? 行くわよ?」


 気勢を削がれて戸惑いながらも、シンシアはカラギウスの槍を構え直し、その槍先に魔力を集め始めた。


 今度は魔法で来たか。その選択は実に正しい、私を侮るのを止めた証拠だ。私には近接攻撃しか実戦で使える攻撃手段がない以上、遠距離からちまちま削ってゆくという戦法は安牌も安牌、大事を取るのであれば是非ともそうすべきである。


(センスは感じるわ。ただのバカじゃなさそうだ……けど、それも今は関係ない)


 私は自然体で腕を組みながら、眼の前で魔法が構築されてゆく様をまじまじと眺めた。すると、そんな私の様子を不審に思ったのか、シンシアは槍先を私に向けたまま撃つ前に確認をとってきた。


「撃つよ……? リン、逃げなくて良いの? 邪魔しなくて……というか、構えなくて良いの? ……ほんとに撃つよ?」


 私なら、こういう時は絶対に遠慮なんかしないが、彼女は違うらしい。根の優しさが滲み出てしまっていた。私はそんな彼女を微笑ましく思いながら答える。


「なに気兼ねしてんのよ。もう始まってるんでしょ? 撃ちたきゃ撃ちなさいよ」

「も、もう! 知らないから! 【燃え盛るフレイム――ぎぇ!」


 正面から飛んできたカラギウスの剣をキャッチする。今回はマネも落ち着いて射出シュートできたからかコントロールは改善されており、その場から動くことなくキャッチできた。


 これはシンシアの背後から射出シュートされたものだ。そして、シンシアの首元を通過し、私の手元に戻ってきた。


 結果的には、昨日の立ち合いをより完璧な形で再現した訳である。


 私は、地面に倒れ伏すシンシアのもとへゆっくり歩み寄り、彼女の手元に転がるカラギウスの槍を遠くへ蹴っ飛ばした。


「はい、私の勝ち。トドメが欲しいなら刺してあげるわよ?」

「二度も……二度も同じ手で……! いつ、いつなの……!?」


 その声に応えて、マネの触手がにゅっと袖から伸びてくる。


「さっき会話してた時だぜ。気が付かなかったか?」


 シンシアが一応射出シュートを警戒していることは、なんとなく仕草で分かっていた。だから、会話で気を引いている間に私が座っていたベンチの陰を使い、隠密裏にマネを回り込ませておいた。


 マネの『酸の性質』は、派手に動かなかれば周囲へ被害を及ぼさない程度にまで抑えられるので、時間があればこうした隠密行動もさせられるのだ。日々の戦術考察が役に立って喜悦を禁じえない。


 この場で小躍りでもしたい気分だが、それより今は『命令』だ。


「さて、それじゃ……今のうちに『命令』をしておくわ。あまり、アンタといるところを見られるのも、今後を考えたらマズイかもだしね。大丈夫? 意識はハッキリしてる?」

「……そう、か。命令……最初からそれが狙いだったのね……」

「そうよ? アンタも、もうちょい頭使って戦った方が良いわよ」

「……。いや、参り、ました……」


 いきなりそうまで殊勝になられると、こっちはかえって落差に戸惑ってしまうが……まあ、私のことを認めてくれたのなら、とやかく言うまい。


 私は負けを認めたシンシアを担ぎ上げて地面からベンチに移してやりながら、約束の『命令』を下した。


「ねえ、王党派貴族のベネディクトって人いるでしょ? あの時も居た筈よね? 彼をどっか人気ひとけのない場所に呼び出してくれない?」

「ベネディクト、様を……?」

「そう、誰にもバレないようにね」


 そう言うと、シンシアは「あっ」と何かを察したように声を上げ、噛みしめるように何度も頷いた。


「そう、ですか、そういうことですか、分かりました……」

「……何か、勘違いしてない? 別に変な意味はないわよ、彼と話したいことがあるだけで」

「ははあ。では、そのように……リン、お姉様……」

「お姉様?」


 勘違いを正そうとしたが、お姉様呼びのせいで思考が一瞬とっ散らかってしまう。その間に、シンシアがカラギウスの槍を杖にしてふらふらと立ち上がった。やはり、マネの未熟な投擲技術では浅い傷しか付けられなかったのか、少しの休憩でもだいぶ回復しているようだった。


 私が「もう少し休んでいけば」と言うのも聞かず、シンシアはよたよたと槍を杖にしながら足早に何処かへ去っていった。

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