4.革命の気運

4.革命の気運 その①:キミは『英雄』になれる

 4.革命の気運


「まさか、この私が戦闘中に剣を手放すだなんてね……」


 剣術クラブの試合でボコボコにされまくっていた時ですら、負けるまで手放したことがないのに。あんなくだらない油断をした所為で……思い出すと、めちゃくちゃに恥ずかしい。


「いい勉強になったろ。戦闘中に気を抜くなんて魔女ウィッチ以前に戦士として下の下だ。それに予備兵装の一つも持たずに戦場に臨むなんざ……実戦においては心配性なぐらいで丁度いいんだ」

「もう! 分かったわよ。これでも反省してるんだから……それ以上言わないで」


 帰りの馬車に揺られながら、私は頭の中で『サバイバル実習』のことを振り返る。勝利こそ収めたが極めてほろ苦い勝利だった。結局、脱がされる羽目にもなってしまったし。


 あの後、私の裸を見たルゥは赤面したままショートしてしまうし、倒れ伏したグィネヴィアとレイラには気まずそうに目をそらされた。敗者にまで気を使われるなんてとんだ屈辱だ。


 唯一動けるメリアスがルゥの荷物から着替えを持ってきてくれたので、他の生徒に見られる前に何とか事なきを得られたが、どこかで採点している教師陣には見られたかもしれない。


(くそう、最悪の気分だわ……なんとか早めに対策を打たないと……)


 しかし、対策といっても厚着でもすればいいのか、そうすると動きづらくなってしまわないか、マネにも溶かせない素材とかないのか……そんな風にあれこれ考えていると、大馬車の前方から誰かがやってきた。


「リン、今いいか?」


 綺麗な長髪を垂らして私の顔を覗き込んできたのは、我らが三組トレースのリーダー、ヘレナだった。


「……ええ、良いわよ」

「ありがとう。隣のキミ、少しの間でいいから席を替わってくれないか。なに、すぐに済む」


 王族公爵の嫡女にそう言われて、理由もなく断れる奴は少ないだろう。当然のごとく空けられた隣席に、ヘレナは優雅な所作でもって着座した。


「今回の折節実習エクストラ・クルリクルムはキミのおかげで勝てたようなものだ。礼を言おう」

「まぁね、と言いたいところだけど、私は最後の最後に美味しい部分を持っていっただけよ。それもアンタの立てた作戦を無視して、独断でね。そう褒められたことじゃないわ」


 三回戦・第3セクションでは、結局ヘレナの作戦は殆ど不発に終わり、三組トレースは1-4(3), 2-4(3), 4-3(3)の三つの『拠点』しか奪えていなかった。これらはポイント的な価値バリューが低く、それゆえに奪えたという側面が強い。


 ここまでの結果を集計するとこうなる。


 一位:二組ドゥーエ――1865

 二位:一組ウナ――1828

 三位:三組トレース――1823


 一位の二組ドゥーエどころか、二位の一組ウナにも5ポイント及ばず最下位のままだ。


 そんな訳で気落ちしていたところに、予期せぬ2-6(1)の陥落とそれに伴い孤立した3-5(3), 4-7(3), 4-6(3), 4-4(3), 5-6(3),中央拠点(CB)の一挙獲得を知らされた訳だ。



〔図11.最終結果 https://bit.ly/3CV3Suo〕



 一位:三組トレース――1882

 二位:一組ウナ――1828

 三位:二組ドゥーエ――1806


 最下位だった三組トレースが首位に浮上し、逆に首位だった二組ドゥーエがその割りを食って最下位に沈んだ。突然、降って湧いた逆転勝利に、三組トレースの皆はどう喜べば良いものか戸惑っている風だった。


 そんな混乱する皆を見ていると、私はしてやったりといった感じでちょっとだけ気分が良かった。特にマチルダの反応なんかは傑作だった。無事に帰ってきた私を見て、私がグィネヴィアを倒した可能性に気づいたのか、いつもは行儀よく小さくしか開かない口を馬鹿みたいに大きくあんぐりと開けていた。


 ともあれ、「美味しい部分を持っていっただけ」というのは本音だ。


「初日から最終日まで、全体の指揮を執っていたのはヘレナ……アンタじゃない。頼りの高位魔族のアウナスがマチルダのような性格破綻者のクソカス野郎で真面目に働かない中、ポイント的には殆ど拮抗状態を保ち続けていた。それはきっと誇って良いことよ」


 マチルダの使い魔メイトらしく、アウナスもまたかなり嫌なやつだった。なまじっか知能が高いために高位魔族の使い魔メイトを御し切るのは難しいとは聞いていたが、これほどまでとは私もマチルダも思っていなかった。途中からは話し合いの邪魔だからと〝魔界〟に送り返されていたぐらいだ。


「ありがとう。キミにそう言ってもらえると、私も救われるよ」

「大袈裟ね……」

「しかしだな、私がキミのことを過小評価していたのは事実だ。不当に軽んじた扱いをして、グィネヴィアを打ち倒せるほどのキミの力を十全に活かせなかった。これは私の責任だ」


 今まで見たことのないヘレナの変な態度が、なんだかむず痒い。一体、どうしたというのか。


(そういうキャラじゃなかったじゃない。ヘレナは)


 どこか超然としていて、王党派の友人たちに対しても時折冷めた眼を向けるような、何を考えているのか分からない奴がヘレナだろう。私ごとき平民に下手に出て良い身分じゃない。何を企んでいる。


「よしてよ。よして。ヘレナ、頼んでもいないのに勝手に責任を背負わないでくれる? これまでの私を振り返れば妥当な評価だったと思うわ、自分でもね。勝てたのは、マネの力添えと、ルゥとメリアスの活躍と……後は色々な偶然が重なった結果よ」

「謙虚だな」

「もう……」


 繰り返される謎のよいしょのむず痒さにいい加減我慢の限界を感じてきた私は、無理矢理に話題を変えることにした。


「それで、そんな辛気臭い話をわざわざしにきたの?」

「おっと、辛気臭かったか? それはすまない。しかし、ここでするには些か不適当な話でな」


 ヘレナは周囲を見渡しつつ私の手に一枚の紙片を握り込ませてきた。「何を」と問う前に、ヘレナはグッと耳元まで顔を近づけてきて、他の者には聞こえないぐらいの小声で囁く。


「学院に戻ったらまずそこへ来てくれ、大事な話がある」





 大馬車が学院に到着する。


 疲れ果てた体を休めようと皆が学生寮ドルミトーリウムへ向かう中、私は一人行列から抜け出し、夜闇に紛れてそそくさと校舎へ向かった。紙片に記されていた場所――中等部二年三組トレースの教室へ行くためにだ。


 使い魔メイトは連れてこないでくれとのことだったので、マネは校舎の入口で待機させ、一人で消灯された薄暗い廊下を進み、誰もいない二年三組トレースの教室に入った。


 教室の電気は廊下と同じく消灯されていたが、大窓から差し込む月明かりのおかげで足元まで明瞭に見えた。


 手近な椅子に座りぼうっと待つこと三十分、待ちくたびれて疲労からウトウトし始めた頃にようやくヘレナがやってきた。


「ふわぁ~あ。……ったく、人を呼びつけといて随分なご到着ね?」

「すまない。これでも急いだんだが、『こいつ』を取りに一度寮へ向かわねばならなかったし、その後にもマチルダの奴に捕まってしまってな。予想以上に時間を食ってしまった」


 ヘレナは軽々しく謝罪しながら、手元の封筒を私にもよく見えるように月明かりのもとに掲げてみせた。


「ま、良いわよ。別にそこまで怒ってないわ。で? わざわざ取りに行ったっていうその封筒は何なの?」

「これか? これは――王党派サロンへの紹介状だな」


 さらっと告げられたその言葉に私は息を呑む。くるりと裏返して見せられた封蝋には、王族公爵アーヴィン家の紋章が大きく刻印されていた。


 この国には、大きく二つの派閥がある。


 国民の三割を占める植民者ゴイ由来の『王党派』と、七割を占める土着民レヴァント由来の『諸侯派』。国内を二分するそれは、学院内の魔女見習いの振る舞いにまで大きな影響を及ぼすものだ。


 植民者ゴイたちがこの地域にやってきて、諸侯を纏め上げてイリュリア王国を建国した時、自分は〇〇派だとハッキリと自認する者はいなかった。植民者ゴイ土着民レヴァントの間には、歴史的経緯による感情的な対立がなんとなく存在するだけだった。


 それが今日のように誰も彼もが両派閥に身を寄せて、相争うようにまで至ってしまった要因の一つとして、『特進クラスプロヴェクタ・クラシス』の存在が挙げられる。


 もともと、『特進クラスプロヴェクタ・クラシス』というのは魔力を持って生まれてしまっただけの学のない平民を国の中枢より遠ざけるための既得権益層貴族優位の仕組みだった。


 『特進クラスプロヴェクタ・クラシス』へ入れるか否かで将来的に高等魔法士官になるか、一般魔法士官になるかが決まるという事実は、学院の生徒なら誰もが知っていること。だが、実際に『特進クラスプロヴェクタ・クラシス』へ進む生徒は殆どが貴族出身の生徒だった。


 その種は、『特進クラスプロヴェクタ・クラシス』へ入る条件にある。


 中等部過程修了時の成績上位三分の一、この『成績』の中には、実技科目だけでなく座学の成績も含まれるのだ。


 学院では、語学、数学、医学、薬学、自然科学といった実用的なものから、礼儀作法や歴史、古典といった教養として求められるものまで、魔法使いウィザードでない外部講師を招いて熱心に教えている。


 家庭教師などを雇って物心の付く頃から英才教育を叩き込むことができる貴族と違い、平民にそんなことをする余裕はない。


 学院内には勉学に励むことにできる環境が整っているが、親元から引き離された子供が魔法というオモチャの誘惑を振り切って勉学に励むのは難しい。


 また緩やかな貴族に対する反発もあり、勉強していると「貴族になりたいのか?」と平民出身者同士で誂い合うような、あまり好ましくない風潮もある。


 そういう訳で、平民を弾き出す仕組みは概ね狙い通りに機能していた。


 しかし、その一方で貴族が入りそびれぬように枠数を三分の一と大きく取ったことで、余った席には数多くの比較的優秀な平民が座ることになった。


 そんな平民に対し、貴族たちはどうしたか。


 国家の力とは、即ち保有する魔法使いウィザードの力。その既成概念が、派閥争いに関しても適用された。


 つまり、将来的に高等魔法士官になる魔法使いウィザードに便宜を図ってもらえるよう、優秀な平民を自らの閥に引き込み始めたのである。


 そういう自己の利益を最大化する個々人の合理的な動きが、やがて王党派と諸侯派の対立へと拡大してゆき、『特進クラスプロヴェクタ・クラシス』の席数で競い合う派閥争いの様相を呈するようになったのである。


 知っての通り私は落ちこぼれだったので、そういった面倒な諍いや抱え込みなどにはさっぱり縁がなかった。私の方も片意地を張って無理に距離を取っていたので、派閥間の細やかな機微などにも疎い。


 だが、『推薦』の権限を持つ教師も、どちらかの派閥に帰属意識を持っていることが多いということは知っていた。


 私の『星団プレイアデス』に入るという夢を叶える上で、『特進クラスプロヴェクタ・クラシス』の次に立ちはだかる壁が、『推薦』を得ることだ。


 もっと詳しく説明すると、『どの教師から推薦をもらうか?』が問題だった。


 魔法省隷下、儀仗魔法士部隊『星団プレイアデス』を始めとする、各省庁の高等魔法士官ポストへの『推薦』は、ほぼ全て教師個人の裁量に依存する。なので、正攻法としては真っ当に頑張りつつ覚えをよくしてもらう訳だが、それでも『推薦』の目がなさそうなら、残る手段は一つしかない。


(それは派閥の力に頼ること……要するに、おこぼれに与るしかない)


 そのうち、機を見てどちらかの派閥に身を寄せることも考えてはいたが……まさか、こんなにも早くそのチャンスが巡ってくるとは思ってもみなかったので、私はかなり当惑してしまった。


「……受け取って、いいのかしら」

「そりゃあ、もちろん構わないさ。魔法省への『推薦』枠には空きがあるから、王党派こっちにくるなら『推薦』も確約できるし、風評を気にしているのならそれも我々王党派が処理しよう。キミは大手を振って『星団プレイアデス』に入ることができる」


 破格すぎる。王党派へ付くだけで『推薦』を確約する? 魅力的な謳い文句だが、それゆえに私は疑心暗鬼に陥った。


(どうにも釣り合ってない……)


 確かに私は『サバイバル実習』で自他ともに認める大活躍をしたが、それだって今日のことだ。


 果たして、彼女をどこまで信用して良いものやら。そもそも、王族公爵と平民の約束がキチンと履行されるかどうかも大きな不安要素だ。


「……まだ私が『特進クラスプロヴェクタ・クラシス』へ進めると決まっている訳でもないのよ?」


 成績上位三分の一が機械的に進む過程に、『推薦』のように誤魔化しが入る余地は殆どない。ちょっとグィネヴィアに勝ったからといって簡単に驕りを抱けるほど、こっちは伊達に落ちこぼれていないのだ。


 しかし、ヘレナは私の懸念を一蹴した。


「いいや、キミはあのグィネヴィアを倒したんだ。もともと、座学の方は優秀だったじゃないか。実技科目の成績の方をある程度かさましできれば、間違いなくキミは『特進クラスプロヴェクタ・クラシス』へ進めると私は信じているよ」


 私の座学における努力が認められていたことは素直に嬉しい。だが……。


 そんな私の逡巡を見て取ったヘレナは更に続ける。


「仮にキミの今後がてんでダメダメでも、先行投資とは得てしてそういうリスクを孕むものさ。その時はキミが王党派われわれに対して引け目を感じるぐらいのことで、私が気にすることじゃないな」


 そう言われてみると、王党派にさしたる損はないのか? 私が『高等部特進クラスプロヴェクタ・クラシス』へ進めるほど大成すれば良し、しないならしないで『推薦』の話が立ち消えになるだけ。それに、早めに声をかけておけばそれだけ諸侯派に取られる心配もない。


(う~ん……どうしましょ……)


 私の持つ派閥に関する情報は無に等しい。これから集めようという段階だった。その上、あまりに突然のことなので頭が追いつかないところもある。


 私は、この重大な選択を間違えたくない一心で、紹介状を受け取っていいものか何度も何度も必死に自問し、検証を続ける。そんな恐れにも似た感情が向こうにも伝わったか、ヘレナが苦笑しながら助け舟を出してくれた。


「はは、そう警戒せずに受け取ってくれないか。差し出す手の方が疲れる」

「そうは言っても……私、派閥のことは何にも知らないから……」

「まあ、受け取るだけ受け取ってくれよ。何も、この紹介状を受け取ったからといって、必ずしも王党派に属することが決定する訳でもないのだから。これは『その気があるなら王党派の面々を紹介する』という文面が書かれただけのただの紙切れさ。誘いに乗るかどうかは後で自室に戻ってからゆっくり考えれば良い。ついでに言えば、これは私の好意でもあるんだよ?」

「好意?」

「そうさ」


 間髪を入れず、ヘレナは気安い感じで首肯した。


「まさか、『星団プレイアデス』だなんて、あんなものに成りたがっている奴がいるとは想像だにしていなかった。しかも、その動機が『夢』というのがね、おめでたくて止める気も失せるじゃないか。あんなものに価値やら権威を感じているのは、派閥争いのことしか頭にない政治屋か、蒙昧で阿呆な民衆ぐらいのものだと思っていた」

「……人の夢を馬鹿にしないでくれる? 不愉快だわ」


 頼んでもいないのにべらべらと並べ立てられる長口上を私は目を白黒させながら聞いていたが、話題が『星団プレイアデス』の悪口になると流石に黙ってはいられなかった。


 何が好意だ。喧嘩を売りに来たの間違いではないのか。


 私に咎められたヘレナは少し黙り、何もない空間へグリンと眼球を一回しした。それは考える時の癖か? 気色の悪い。


 ヘレナは眼球を私の方へ戻し、軽く謝罪した。


「すまない。前々から溜めこんでいた個人的な不満が、ついつい噴出してしまった。『星団プレイアデス』は私にとって派閥争いの象徴的存在だからね。しかし、確かにキミには関係のないことだった。とにかく、その『夢』を叶えるのを手伝ってやろうという親切心もあると言いたかったのさ」

「……そう」


 どうやら、ヘレナは派閥争いというものを嫌悪しているらしい。以前から、何となくそんな節はあったので別段不思議ではないが、そういう人間が今こうして熱心に勧誘しているところにはそこはかとなく矛盾を感じる。


 しかし、ヘレナは別に王党派のドンという訳でもないので、色々と込み入った事情があるのだろうと思うことにした。


 それより、そういう人間に派閥のことを聞いてみるのも良いかも知れない。


「ねえ、良かったら、派閥に対してアンタが思ってることを聞かせて欲しいわ。参考程度にね。さっきも言ったけど、私、派閥のことは何も知らないもの」


 外からの批判的な意見は幾らでも出てくるが、内からはまた違った意見が出てくるかもしれない。派閥に関する見識を深める目的で、私はそう尋ねた。


 すると、ヘレナはただ「そうか」とだけ言い、大きく息を吸い込んだ。


「現在――我が国は斜陽にあり」


 小声で放たれた言葉がビリビリと教室内の空気を震わせる。それは静かなる悲憤の情だった。平静の繕いが剥がれ落ち、その下に覆い隠されていたヘレナ本来の感情が現れようとしていた。


 眼。異様なオーラを放つ彼女の両眼が私の身を竦ませる。


「偉大なる海によって栄えた我らが王都は、今や世界情勢の変遷に取り残され凋落の一途を辿っている。そこへ戦禍も重なり、港に入る商船は三十年前の半分以下の水準にまで減少した。巷にはその煽りを受けて職にあぶれた港湾労働者が不法者となり、王都の裏路地に蔓延っている。このような状況を作り出した全責任は、派閥争いばかりに執心し自己の利益を最大化することにしか関心のない無知蒙昧なる貴族たちにある!」


 王党派貴族も諸侯派貴族もカスばかりだとヘレナは堂々と吐き捨てるように言う。


 他人の目がないからといって、そこまで言うか? むしろ私の方が臆して思わず周囲を見回してしまうような危うい発言だったが、更にヘレナは貴族だけに留まらず王家にまで批判の矛先を向け始める。


「三百年前の大移動以来、この地一帯を統治してきた英雄の血を引く王家も腐敗し、ゴミのような貴族と一緒になって爵位をバラ撒き派閥争いを助長している。このままでは、我が国は己が身を身内で食い合い、徒に諸外国へ戦禍を撒き散らしつつ遠からぬうちに壊死するだろう」


 彼女の放言ぶりには閉口するしかないが、その内容のいくつかは私も身を持って体感していることだった。


 特に港湾労働者の減少はバイト先の店長も嘆いていたのをよく覚えている。客入りは年々減る一方であり、縮小した需要はより立地がより良い店、より安い店へと流れている。また失業者の増加とそれに伴う治安の悪化も深刻だ、と。


「はっ、それにしても笑えるね」

「……何がよ」

「爵位のバラ巻きの話だよ。権威を餌に派閥拡大を目論んだ爵位のバラ撒きが、巡り巡って自らの権威を脅かしているのだから。無闇矢鱈に配れば当然希少価値も減るし、もらう民衆の方も畏まったりなんかしない。キミと仲のいいロクサーヌなんかは数少ない例外だね。貴族の推挙ではなく、彼女の父親が成し遂げた偉業に対して必然的に授与されたものだから。つまり、これはどちら派閥の手垢もついていないということで、それが派閥問わず人が寄り集まる理由の一つでもあるのだろうね。付き合うのに気兼ねがいらないから」

「……話が逸れてるわよ。もう、良いわ。だいぶ理解したから」


 如何にヘレナが派閥争いというものを、それに利用されているらしい『星団』という存在を嫌悪しているか。そして、なによりこの国の行く末を憂いているか。


 これ以上はまた別の機会にでも聞いた方が良いだろう。ヘレナの弁舌に籠められた異常な熱量は高まり続ける一方であり、このまま喋らせていると、どこまでエスカレートするか分かったものじゃない。


 少し、疲れた。続きは、お互いに一度頭を冷やしてからがいい。


 ヘレナは火照った身体を冷ますようにふうと息をつき、改めて紹介状を差し出してきた。途中から握りつぶされてクシャクシャになってしまっていた紹介状には、うっすらと汗が滲んでいた。


「すまない、どうもキミといると調子を乱されてばかりだ。この紹介状は渡しておくよ、いつでも王党派サロンへ来ると良い。話は通しておくから、私がいなくとも歓迎してくれる筈だ」


 早いところ、この話を終わらせてしまおう。そう考えた私が紹介状に手を伸ばすと、それに合わせてヘレナの手が向こうからも伸びてきて、紹介状ごと私の手首を掴んだ。


 その手にグイッと力強く引き寄せられ、私は思わず前につんのめる。そうして急接近したヘレナは、私の耳元で雄弁に囁いた。


「――私を助けてくれ。共に『革命』を起こそう。この国を救うためにはキミの協力が必要なんだ」

「……考えとくわ」


 ヘレナの手を振り払い、握り潰された紹介状を奪い取った私は、すぐさま逃げるように教室を出た。叩きつけるように閉めたドアの向こうから、くぐもった声だけが追いかけてくる。


「王党派に来ればキミは『英雄』になれる! 千年の後にまで謳われる『英雄』に! どうか、前向きに考えておいてくれ!」


 私は耳を塞ぎ、全速力でその場を後にした。

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