第71話

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 004_気苦労が絶えずに大変だな

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 夜陰に紛れて馬を走らせる30人の一団。彼らはジャバル王国の強襲部隊である。

 クオード王国に苦汁を舐めさせられているジャバル王国は、今回の作戦に起死回生を狙っていた。

 それはボルドス大山脈にトンネルを掘り、それを通って部隊をクオード王国が支配する側に送り込むというものだ。


 トンネルを掘るために『掘削』『穴掘り』など土や岩の加工ができる根源力を持つ者たちを集め、それでも足りないと多くの者にその根源力を取得させた。

 根源力を持った者300人、根源力を持たない人員5000人を使い、1年をかけて準備した大規模な作戦だ。


 幸いなことにボルドス大山脈の南側はジャバル王国側の支配地域になっていて、5300人もの人員を動員しても隠せるだけの広大な土地だ。

 もちろん敵の密偵対策も厳重に行っていた。慎重でありながら大胆に、彼らは準備していたのだ。


 この強襲部隊と同規模の部隊が他に20部隊ほどが投入されている。総勢600人の騎馬のみで編成された強襲部隊だ。

 翌朝、本軍がクオード王国に攻撃をしかけ、その後これらの強襲部隊が後方をかく乱し、敵の総大将の首を狙うという作戦である。


 クオード王国側はこの作戦に気づいていない。作戦は成功し、失地を奪還すると彼らは疑わなかった。


「我らが敵総大将の首を取るぞっ」

「「「応」」」


 強襲部隊は意気揚々と、かつて自分たちの土地だった場所を進んだ。

 トンネルから北上して、小さな村を迂回する。この村はジャバル王国の支配下であった時もあった。

 先導するのはこの辺りの地理に詳しい40代兵士のグムン。この強襲部隊を率いる隊長だ。

 グムンはガルダディア地方で生まれ育ったが、20年前にクオード王国に故郷を奪われ南に逃げた苦い経験を持つ熟練の兵士である。


(今回こそは必ず故郷を取り戻してみせる)


 強い意志を胸に秘め、グムンは馬を走らせる。

 そんなグムンに悲劇が訪れようとしているが、彼はまだそれを知らない。


 グムンが右へ進路を変える時は右腕を上げ、左へ進路を変える時は左腕を上げて部下に合図する。

 今も左腕を上げて緩やかに進路を変えた。


 ―――その時だった。


 プシュンッとグムンの耳の近くを何かが掠め飛んで行った。聞き覚えのある音だ。グムンは瞬時に姿勢を低くして警戒を促す声を出そうとしたが、後方から悲鳴が聞こえ落馬する音がした。


「矢だっ、矢が飛んで来たぞっ」

「敵襲だっ」

「どこからだっ」


 怒号のような警戒の声がグムンの耳に入った。

 今もグムンの頭上を矢が飛んでいく。部下の何人かがその矢の犠牲になり、くぐもった声を発した。

 数人は落馬しただろうが、幸いにもグムンに矢は当たらなかった。そして矢を放っている者たちが見えた。


(数は多くない。ここで殲滅しないと作戦が知られる)


 これまで幾度となく戦場をかけたグムンは、クオード王国の軍についても詳しい。その経験から国軍ではなく貴族軍の一部隊だと、一瞬で判断した。


(国軍だろうと、貴族軍だろうと構わん。俺たちの突撃を受けてみろっ)


 グムンは突撃の合図を部下に送り、馬の腹を蹴った。速度が上がる。

 熟練兵士でも矢を射た後は、矢を番えるのに5秒ほどかかる。その間に一気に間合いを詰める。

 敵兵士が矢を番えようとしている光景が、スローモーションのように流れる。


(間に合う!)


 身を低くしたまま、馬上でも扱いやすい短めの槍を構えた。その時だった。

 敵の弓兵の前に戦斧を持った巨躯の男が現れ、気づいたらグムンは宙を舞っていた。

 愛馬の2本の前足が切断された光景が上下逆さになって見えたところで、頭から地面に体を打ちつけられグムンの意識は途切れた。



 ▽▽▽



「弓は後退。槍兵前進!」


 長槍を装備した10人の領兵に、大声で命令を下す。戦場で部下に命令が届かないことは許されないことから、ソラは腹の底から声を出して命じた。

 つい最近まで通っていた学校では、こういった基本的なことをしっかりと教えてくれた。


「エルバート。突出するな」

「分かっておりますぞ」


 そう言いながらもエルバートはズンズン前に出て行く。


「あいつ、全然分かってないじゃないか……」


 嘆息しながらもここでエルバートを孤立させるわけにはいかないと、ソラは10人の長槍兵にエルバートをフォローするように命じる。

 同時に盾を持った領兵を左右に展開させて、敵兵を広く警戒させた。


「左。騎兵1。来るぞっ」


 ソラの言葉に反応した4人の盾持ち領兵が、盾の先端を地面に刺し身を屈めて盾を全身で支える体勢を取った。4人とも青狼族の戦士であり、その力は説明するまでもなく強い。

 しかも盾は騎兵の突進を防ぐことができるように造られたものだ。騎兵の突撃を受けてもびくともしない組み合わせである。


「右。騎兵1だ。迎え撃て」


 右側に展開していた盾持ちの領兵は、青狼族でなく普通の人族だ。ただし『強靭』や『硬化』などの防御系根源力を持っているため、こちらも騎兵の突撃に耐えうる防御力を持つ。


 左からの騎兵は速度が乗っていたが、ギリギリ衝突しない絶妙な手綱捌きで盾の防御陣を回避した。

 これだけの手綱捌きができるのは、日々厳しい訓練を積み重ねた賜物だろう。

 しかし盾の防御陣の横を抜けようとした時、盾の隙間から短槍が伸びてきて馬の脚を絡め取った。

 馬は前のめりに倒れ、操っていた兵士はもんどりをうち意識混濁になった。


 青狼族は本来武器を使わない。その身が武器であり、防具である。フォルバス侯爵家に仕えるようになって組織だった攻撃と防御を取り入れ、このように盾も短槍も使うようになった。

 強靭な体を持つ青狼族が武器を使うようになると、さらに強くなった。それがフォルバス侯爵家の躍進に一役買っていたのだろう。


 右側からやって来た騎兵は、盾の防御陣を避けきれずに激突した。盾を持つ領兵の腕が軋むが、『硬化』を発動させていることで耐えきった。

 騎兵のほうは盾との激突の際に馬から飛び降りたが、勢い余って何度も地面を転がる。そこを待ち構えていた領兵に組み伏せられて捕縛されてしまった。


 一方、騎士エルバートは戦斧を縦横無尽に振り回し、まるで羅刹とも悪魔とも言える働きぶりを見せた。

 戦斧が多くの血を吸ってどす黒くなるまで騎兵を殺しまくった。


「がーっははははは。ソラ様、幸先がいいですな!」


 敵の部隊を粗方片づけ、暴れることができた騎士エルバートは機嫌が良かった。


「エルバートは先行しすぎだ。お前を孤立させないために槍兵を前に出さざるを得なかったんだぞ」

「何を仰いますか、あんな奴らなど某1人で皆殺しにしてやりましたぞ」


(こいつ、脳筋すぎる。まったく先が思いやられるぞ)


 戦斧の血糊を布でふき取りながら、何も考えなしのことを言うエルバート。

 乱戦なら頼もしい存在だが、組織だった作戦には向かないタイプの戦闘バカだ。


(次からはこいつの脳筋さを計算に入れて作戦を立てないとな)


「ソラ様。こやつらをどうしますか?」


 領兵の1人───今回ソラが率いてきた40人の中では最年長のザルガンが、6人の捕虜の扱いを確認した。

 今回22人の死体を確認。数人は逃げたようだが、そっちは青狼族に追撃を命じている。


「まずは尋問だ。エルバートに任せると皆殺しにしそうだから、ザルガンといったか、お前に尋問を任せる」

「承知しました」


 後方で領兵たちの動きを見ていたソラには分かる。このザルガンが他の領兵を上手く統率していた。

 ザルガンは騎士エルバートに仕える兵士で、脳筋の上司に苦労させられているせいか、優秀な副官に育ったようだ。


 

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