ゆきとかぜとあめ

雨世界

1 愛は世界を救いますか。……愛は、私こと、救ってくれますか?

 ゆきとかぜとあめ


 登場人物


 小早川ゆき いらない子 女の子

  

 高浜かぜ あたまの悪い子 男の子


 高浜あめ なんにも知らない子 男の子


 プロローグ


 愛は世界を救いますか?

 ……愛は、私のこと、救ってくれますか?


 明るい島

 

 私はあなたを信じている。


 ……暗い、真っ暗な地下の下水道の中


「りんご食べる?」

 真っ暗な世界の中で、女の子は言った。

「うん。ありがとう」

 そう言って男の子はりんごを女の子から受け取った。

 汚れているりんご。

 しわしわの、あんまり美味しそうじゃない、年老いたりんごだ。

 そんなりんごが女の子の持っている紙袋の中にはあと、二、三個入っている。それが女の子が持っている食料、(あるいは財産)の全部だった。

「美味しい」

 男の子は言った。

 それは嘘ではなかった。

 りんごは、男の子の知っている若い健康に溢れたりんごとは全然別のりんごとは呼べないようなりんごだったけど、男の子はすごくお腹が空いていたから、そのしわしわのりんごは本当に美味しかった。

 りんごを一生懸命に食べる男の子を見て、女の子は嬉しそうな顔で笑った。

 女の子は自分のりんごをもぐもぐと無表情のまま、食べた。

 それから二人は暗い下水道の中にある女の子の家(それは家とは呼べないような家だった。ただの空間であり、そこにダンボールの箱を潰した床が引いてあるだけの家だった。

 後ろに少しだけくぼみのような空間があり(なんのためのくぼみなのかはわからなかったけど、そこには女の子の生活用具が紙袋の中に入れられてい一つ、ぽつんとおいてあった。その隣にはベルの鳴らない目覚まし時計が一つ、あった。

 それが女の子の家にあるもののすべてだった。

 ぬいぐるみも、ゲームも、本も、洋服も、なにもなかった。

 そんな女の子の家で二人はりんごを食べたあとで、お話をした。

 お話をする以外、ここではほかにすることがなかった。(女の子とのお話は楽しかったし、話をすることのできる人がいる、ということは幸せなことだと思うけど、やっぱりちょっと、普通の生活に慣れている男の子は寂しかった)

 女の子は男の子に『明るい島』のお話をした。

「明るい島?」男の子はいった。

「うん。明るい島」と女の子はいった。

 女の子が言うのには、この世界のどこかには明るい島という島があって、そこでは誰もが幸せになれるのだということらしい。

 その明るい島に行くことが、女の子の夢だった。

 具体的にその島がどこにあるのかはわからないらしいのだけど、(あくまで噂の中で語られる島なのだ)この下水道の中で暮らしている女の子や、女の子と同じように、男の子が暮らしている巨大な街の地下で暮らしている子供たちの間では、そんな話がいつ頃からなのかはわからないけど、ずっと語られているらしかった。

「そんなところがあるんだ。全然知らなかった」男の子はいった。

「私、いつか絶対にその島に行くんだ。だって、ここは寒いし、おかながすくし、楽しいことなんでなにもないんだもん。だから絶対、私は明るい島に行ってそこで幸せになるの。暖かい場所で、おかないっぱいにご飯を食べて、楽しいことだけをして、毎日を過ごすんだ。それが私の夢なの」

 にっこりと嬉しそうに笑って女の子はいった。

「あ、でも、今日は珍しく楽しいことがあった。あなたとこうして、出会って、友達になることができたもんね」

 と女の子は本当に嬉しそうな顔で言った。

「うん。僕も君と出会えて、こうして友達になれて嬉しい」と男の子は言った。

 それは嘘ではなかった。

 男の子は自分の命を救ってくれた女の子に会えて、友達になれて本当に嬉しいと思っていた。

 すると女の子は男の子のそんな言葉を聞いて、ちょっとだけその顔を赤くさせて「……ありがとう」と男の子に言った。

 暗くて、闇になれた目の中でぼんやりと見える女の子の顔は、笑っていたけど、でも、どこか少しだけ寂しそうに見えた。

 女の子は一人だった。

 ……生まれたときから、ずっと一人。

 地上にある明るい街で育った男の子には、その女の子の感じている孤独が、どれほど深いものなのか、想像することが、本当の意味で感じ取ることが、どうしてもできなかった。

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