第17話

 あの女と小さい男が病室を出て行った後、入れ替わるようにどでかい男が病室へ戻ってきた。

 どでかい男はベットに寝転がっている俺……らしき人間を見つめた後、窓に近づいてきた。

 どでかい男は俺の座っている木に視線を下ろした。

 そして、ゆっくりと俺に視線を合わせた。

「……クロ、お前も海影の見舞いに来たのか⁇」

 そう言うと、どでかい男は俺の方に手を伸ばしてきた。

 どでかい男の腕は、まるでこの木から伸びているように見えるほど太ましい。

『な……なんだ⁇』

 俺は頭をかしげていると、どでかい男はフッと笑っていた。

「お見舞いに来たが、下りれなくなったんじゃないか⁇下ろしてやるから、おいで」

 そう言われて俺は下を見た。

 さくさくと上ったが、ここは五階だ。下りるとなると……結構な高さだ。

 この高さから落ちると考えると、怪我けがだけでは済まない気がする。

 ただ、どでかい男の手に乗ってしまうと、俺は病室に入ってしまう。

 病院内に動物を入れるのは良くないのではないだろうか。もしバレたらどでかい男が怒られるのではないだろうか。

 俺が悩んでいると、どでかい男は何かを感じ取ったのだろう。手を俺に伸ばしながら、大丈夫だと声をかけてきた。

『……んーっ、しらねぇからな』

 そう言うと、俺はどでかい男の手に飛び乗った。

 俺が上った木は、病室に近い方だ。だが、普通の人が手を伸ばしたくらいでは届かない距離だ。背も高ければ、腕も長いのかと感心してしまった。

 どでかい男は俺を腕に抱いて、窓をゆっくりと閉めた。

 そして、病室内にあるカバンを拾い上げた。どうやら、その鞄はどでかい男の物のようだ。

 鞄を開けて、俺を中に入れたのだ。

「少しの間、我慢な」

 どでかい男は俺の頭をでながら、鞄をゆっくりと閉じた。

 今まで見えていた明かりはすべて遮断しゃだんされて、真っ暗な世界になってしまった。

『コイツ、鞄の中に何も入ってねぇのかよ……』

 鞄が閉じる前に中身が見えたのだが、教科書やペンケース等、そう言った学習道具は入っていなかったのだ。

 学習道具は無くとも漫画マンガやゲームとかあればそれ相応の学生っぽさを感じるが、どでかい男の鞄には本当に何も入っていなかった。

 それならこの鞄は何の意味があって、通学に持っているのかと聞いてみたいものだ。

 俺は驚愕きょうがくして声に出してしまったが、鞄の外からしーっと声が聞こえたので、俺はやらかしたかと思い、口をつぐんで鞄が次に開くのを待った。


「よし、もういいぞ」

 そう言うと、真っ暗だった世界に上から光が差し込んできた。

 まぶしいと思いつつ、俺は鞄から顔を出した。

 薄目を開きながら、辺りを見渡した。そこはいつもの公園だった。

 どでかい男は俺を持ち上げて鞄から持ち上げて、ゆっくりと地面に置いた。

「じゃあ、またな」

 そう言ってどでかい男は俺の頭をまた撫でまわしてから、鞄を手に取ってゆっくりと歩き始めた。

 多分、また病院へ戻るのだろうか。

 俺はどでかい男の背中をじっと見つめている時だった。


「あっれー⁇加治君じゃないですかー⁇」

 どでかい男が公園から出てすぐに、どでかい男の肩をたたく手が見えた。

「本当に加治だ。何してんだよ⁇」

 俺は塀に上って、どでかい男に何が起こったのかを確認しようとした。

 そこには、どでかい男を囲むように五人の男達が立っていた。

 どでかい男とは異なる制服を着ていることから、別の学校の高校生だと思う。

 だが、この五人は小さい男並みにピアスを沢山着けていて、髪の色もチューリップか何かのようにカラフルな頭をしている。

 どう考えても不良であるのは分かるが、どでかい男の知り合いだろうか。

 だが、どでかい男は下を向いたまま一言も話さないのだ。

「最近見ねぇなーって思ったけど、こんなとこにいたんだな」

「おい、こっち来いよ」

 そう言うと、不良達はどでかい男囲み、背中を押し始めた。


『えっ……何なんだ⁇』

 俺は不良達に押されながら、何処どこかへ連れられているどでかい男を見ていた。

『友達……にしては、なんか雰囲気がなぁ……』

 俺はうーんと悩みながら、塀の上に座っていた。

『加治……』

 聞いたことのない名前、見たことのなかった顔をしたどでかい男だ。

 もしも、ベットで眠っている男が俺だった場合、あのどでかい男は俺の知り合いってことになる。

 海影と呼ぶからには、かなり仲が良いのかもしれない。


 俺……この猫に対しては、割と話をしているところから話すのが苦手ではないはずだ。

 俺……と思わしき奴は目を覚まさないから、どうだったのかはわからない。

 だが、今の俺の記憶にあるどでかい男は、この前会ったときが初めてなのだ。


 だから……


 どでかい男がどんな目に合おうが、俺には関係ないはずだ。

 もし、あの海影が俺だったとしても、今の俺とは無関係だ。

 どでかい男の心配より、俺の身体を探して目覚めるほうが大切だ。


『……なんだかな』

 もしも、あの身体が俺だったとしたら、どうして俺は目覚めなかったのだろうか。

 あれが俺ならば、目覚めたら解決するはずなのに……


 ――やはり、あれは俺じゃないんだ……


 俺はゆっくりと歩き出した。

 病院へ戻ろう。

 病院へ戻って、あの男が俺ではないと言う確信を持ちたい。


 俺はどでかい男とは反対の道を歩き始めた。

 どでかい男がどんな人間であれ、俺には関係のないことだ。

 もし、仮に病院の男が俺だったとしたって、不良達とつるむ様な人間だ。

 俺とは表面上で仲良くしていて、裏では不良と何かをしているんだろう。

 それなら、俺がどうこうするようなことは必要ない。


 スタスタと病院へ向かって歩いていたが、ゆっくりと歩みが遅くなっていた。

『……アイツ、俺のことを……クロって言ってたよな』

 ただの偶然かも知れない。だが、もしも……

『あぁぁぁっ!!!!くっそ!!!!』

 俺は立ち止まり、頭をいた。

 自分のことだから、どでかい男のことを気にかけているつもりだった。

 だが、何と言うか……ほっといてはいけない気がする。

 他人なら関係ないではないかと、自分に言い聞かせようとした。

 でも……俺が知っているどでかい男は無口でのっぽで気真面目そうな男だ。

 そして、小さい男には容赦ようしゃないし、あの……女にはさとすような口調で話をしていた。

 俺……クロには、優しく接してくれていた。


『ったく、関わんなきゃよかったぜ』

 そう言いながら、俺は振り向いた。

 反対側の道には、もうどでかい男はおろか不良達の姿は見えなくなっていた。

『あぁーっ、まったく!!』

 俺は大きな声を出しながら、走り始めた。

 最後にどでかい男と不良達を見た場所に辿たどり着いたら、目を閉じて嗅覚に集中した。

 先ほどまで俺はどでかい男の鞄に入っていたのだ。だから、その鞄には俺の匂いが付いている。

『……こっちか!!』

 俺は自分の匂いがする方の道に向かって走り出した。

 もうどうにでもなれとしか、言いようがない。

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