バーチャルアイドル Virtual I Doll ~食材が無くなったから、買い物に行く!~

!~よたみてい書

【1話 練習】

 金髪のバーチャルアイドルはカメラに向けて口の端を大きく上げながら手を振った。


『みなさーん、やっほー! サラだよー! 今日はねー、みんなに重大発表があるんだー……聞きたい?』


 黒髪少女は目を見開いてたじろぐ。


(え、重大発表ってなに!? なに言おうとしてるの!? まさか、引退するなんて言わないよね!? そんなこと言わないで!)


 シブヤと呼ばれる地区の中心から離れた住宅街に一棟いっとうの集合住宅が建てられている。そして、五平方メートルの部屋の中に一人の少女がいた。


 少女は十八歳前後に見える若い容姿をしていて、身長は百五十五センチメートル程で、黒い髪を伸ばしている。後ろ髪は肩まで伸ばしていて、前髪は目の少し上まで垂れていた。そして、目はやや細めでわずかに目尻が垂れ下がっていて、明るさを感じにくい雰囲気フインキまとっている。また、横幅約六センチメートルの四角い硝子がらすが赤いフレームに収まっている眼鏡を顔に掛けていた。それから、バーチャルアイドルのサラの上半身が正面に描かれた白い服を着ている。胸の部分には対になっている小さな膨らみが出来上がっていた。


 黒髪少女の左手首には直径四センチメートルの腕時計が巻かれている。そして、腕時計から映し出された映像が黒髪少女の目の前で長方形として表示されていた。


 映像には百五十五センチメートル程の身長をした十代後半の女性のバーチャルアイドルが映っている。また、目尻は少し丸みを帯びていて可愛らしい雰囲気フインキを出し、派手な金色の前髪が目の上まで垂れていて、後ろ髪が背中上部まで伸びていた。それから、青い服装を身にまとっていて、腹部や腕といった箇所など、肌が露出している造形デザインだ。そして、胸部にはわずかかに大きい膨らみが対で出来上がっている。


 サラと名乗った金髪のバーチャルアイドルは眉尻を下げながら手を目の下に添えた。


『実はね、今日とっても悲しいお知らせがあるんだぁー』


(悲しいお知らせ!? 待って、それってやっぱり、引退を告げるってことじゃ!? やめてっ、聞きたくないよそんな事!)


『みんな、心してよーく聞いてね、お願い』


 口に手を当てながら映像を眺める黒髪少女。


(お願いされても困るよ! ヤダヤダ、言わないで!)


『今日ねー、朝ご飯は楽しようと思ってねー、お店でおにぎり買ってきたんだー』


(朝ご飯? おにぎり?)


『アタシは梅干しが好きだからね、赤い丸が描かれてるおにぎり買ってきたんだー。そしてね、家について、よし食べるぞー! って、おにぎり取り出したら、明太子のおにぎりだったんだぁ!』


(梅干し? 明太子?)


『もうね、ビックリしちゃってね、悲しくて涙がこぼれそうだったよー。それで、これはみんなに知らせてアタシのこと慰めて欲しいなーって』


(えっ、お知らせっておにぎり事件のこと? えっ、本当に?)


『そんなわけで、みんな、アタシが元気になれるようなメッセージ送ってねー! それじゃ、今回はここまで! バイバーイ!』


 黒髪少女は目を見開きながら笑顔を作る。


(さすがサラちゃんだよ! おにぎりの具材が違う話だけでこんな面白い話題にできるなんて!)


 右足と左足を交互に床に何度もぶつけた。


(気分高まってきた! よし、サラちゃんもメッセージ送ってって言ってたから、この気持ちを伝えよう!)


 腕時計のボタンを押していき、正面の宙にソーシャルネットワーキングシンク、略してSNSと呼ばれるアプリケーションの画面を映し出す。


 だけど、黒髪少女は眉尻を下げながらすぐに映像を消した。


(ダメ! いきなり変なこと書いちゃって、サラちゃんにイヤな思いさせるかもしれない)


 続けて、近くで目をつむって立っているアンドロイドに顔を向ける黒髪少女。


「イサラ、ちょっと頼みたいことあるんだけど」


 イサラと呼ばれたアンドロイドは、二十歳前半の容姿で全長百六十センチメートル程をしていた。透き通った銀色の髪を模した部品パーツそなえていて、前髪は眉まで垂らし、後ろ髪は腰まで伸びている。それから、青と白が混ざった造形デザインの清潔な服装を身にまとっていた。


 イサラは閉じていたまぶたを素早く開けると、黒髪少女に顔を向ける。


「どうかしましたか、ニイナ」


 ニイナと呼ばれた黒髪少女は、顔の近くで手を合わせた。


「あのさ、ボクとSNSでやり取りしてくれないかな?」


「それは構いませんが、このまま直接お話をしたほうがいいのでは?」


「ダメダメ!」


「拒否する理由を聞いてもよろしいですか?」


「サラちゃんとSNSでやり取りする練習をイサラとやっておきたいなぁって」


「ニイナなら練習をしなくても、一発でイサラさんを笑顔にできる文章を送れますよ」


「いやぁ、失敗しないためにも練習した方が良いって」


「いえいえ、ニイナ、自信を持ってください。練習する暇があったら、早くサラさんに連絡した方が喜んでもらえますよ」


「なんか、今日のイサラ否定的だね」


「サラにいい結果が訪れる選択をうながしてるだけですよ」


「うーん、それはそれでありがたいんだけど」


 ニイナは合わせている手をそれぞれ上下にこすり合わせる。


「お願いー、SNSやろーよー」


「仕方ありませんね……分かりました」


 小さな笑顔を作りながら両手をあげるニイナ。


「ありがと! じゃあイサラ、見た目サラちゃんに変えてもらっていい?」


「そこまでする必要がありますか?」


「いいからいいから! 見た目も本人真似した方がよりリアルになるからさっ!」


 イサラは表情を変えずに小さくうなずく。


「では、容姿をサラさんに変更します」


 すると、イサラは一瞬で別の十代後半の女性に変化へんげした。目は少し丸みを帯びていて可愛らしい雰囲気フインキを出し、前髪は眉まで、後ろ髪は背中上部まで派手な金色の後ろ髪が伸びていた。それから、青い服装を身にまとっていて、腹部や腕といった箇所など、肌が露出している造形デザインだ。そして、わずかかに大きい膨らみが胸部に対で出来上がっている。


 そして、ニイナはイサラの容姿を笑顔を浮かべながらじっと見つめた。


「うんうん、いいねぇ! 身長に差がある事と細かい部分の色がサラちゃんと違う以外は、本物のサラちゃんにしか見えないよ!」


「それが、トランスフォームですから」


「うん、まぁそうだけど。それじゃ、メッセージ送るね」 


 ニイナは左手首の腕時計を操作して、目の前にSNSの画面を作り出す。


(サラちゃん、こんにちは! おにぎりのお話聞いたよー! 具材違うの選んじゃって大変だったね。でも、明太子も美味しいから元気出してね! それに、うっかりさんな所も可愛いよー!)


 続けて、SNSの画面に映し出されている文章を見つめるニイナ。


『サラ→イサラ/

サラちゃん、こんにちは! おにぎりのお話聞いたよー! 具材違うの選んじゃって大変だったね。でも、明太子も美味しいから元気出してね! それに、うっかりさんな所も可愛いよー!/

感情:安心、平穏、親しみ/

思考:イサラの返信の仕方が気になる』


『イサラ→ニイナ/

ニイナさん、メッセージありがとうございます。嬉しいです/

感情:安心、平穏、親しみ/

思考:ニイナの考えに納得が出来ない』


 ニイナは目を細めながらイサラを見つめる。


「言葉に心がこもってないよー、もっとサラちゃんに寄せて! あと、ボクの考えにもっと寄り添ってよー」


 小さくうなずくイサラ。


「分かりました、改善してみます」

 

「頼むねー」


 ニイナは微笑みながら親指を立てる。


『ニイナ→イサラ/

サラちゃん、こんにちはー! おにぎりのお話聞いてきたよー! おにぎりの中身が違うの選んでて残念だったね。でも、明太子も美味しいよね! だから元気出して! それと、うっかりさんな所も大好きです!/

感情:安心、平穏、親しみ/

思考:イサラの返信が良くなってるのか気になる』


『イサラ→ニイナ/

ニイナさんメッセージありがとー! おにぎりの話聞いてくれて嬉しいなぁー。これからもアタシの事を応援してねー!/

感情:安心、平穏、親しみ/

思考:ニイナに満足して欲しい』


 頭を掻きながら笑顔を浮かべるニイナ。


「どう、イサラから見てボクの文章どこか欠点あるかな?」


「いえ、問題ありません」


「やったー! って、ほんとうにぃ?」


「保証します、サラさんはニイナのメッセージで喜ぶ確率は七十%」


 ニイナは首をかしげる。


「うーん、なんか微妙な数値じゃない?」


「ワタシはサラさん本人じゃないので」


「それはそうだけどぉ」


「確率なんて気にせず、自信をもってサラさんにメッセージを送ってください」


(うーん、サラちゃん喜んでくれるかなぁ)


 ニイナは正面の宙を眺めた。


『ニイナ→サラ/

サラちゃん、こんにちはです! おにぎりのお話聞きましたよ! 違う具材のおにぎり買っちゃって大変だったね。だけど、明太子も味が薄いお米に強い刺激を追加してくれる優れた具材だよね! だから元気出して欲しいな。それと、うっかりさんなサラちゃんも素敵だと思います!/

感情:喜び、好奇心、尊敬、親しみ、憧れ、勇気、期待、不安、焦り、恐れ/

思考:サラちゃんに喜んでもらいたい』


 小さな溜息をつくニイナ。


「よし、送った!」


 イサラは小さな拍手をニイナに送る。


「お疲れ様です」


「別に疲れては無いけど。それより、朝ご飯にしない?」


「分かりました。ではニイナ、何か食べたいものはありますか?」


 腕を組みながら眉をひそめるニイナ。


「うーん、おにぎり?」


「了解しました」


「イサラも一緒に食べようね」


「はい」


 ニイナは軽くうなずき、台所に向かっていった。

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