第315話
「久しぶりだな、姫、なかなか時間が取れなくてな。学校の方はどうかな? 楽しく過ごせているかな?」
「ご無沙汰しております。陛下。お時間を割いていただいてありがとうございます。おかげさまで楽しく過ごさせていただいています。」
私の目前でうやうやしく礼を取る姫がいる。
今日は恒例の誕生日プレゼントの件で姫を呼び出したが、小さかった姫も少しは身長が伸びたようだ。それでも同年代の子供よりは小さいだろう。私でも小さいと気になるのだから、傍に仕えている隊長や筆頭は心配な様子だ。
意外なことに特に気にしているのは私の甥の方らしい。あの甥が【姫が大きくならないと気をもんでいる】と聞いたときは、意外だったし随分と入れ込んだものだと思ったものだ。
その入れ込み具合が分かるのは、自ら姫の後見人に自分がなると言ってきた時だった。
自分の地位を利用することもなく、疎ましく思う様子もなく、ただただ父親の後継として跡を恙無く引き継げるよう腐心していただけの甥が、初めてと言って良いだろう。自分の立場を利用しようとしているのだ。
これを驚かないはずがない。
まあ、悪い方へ利用する人間ではないので心配はしていないのだが。
同じように筆頭も姫の事を随分と気にかけているようだ。もっとも筆頭の場合は娘を見るような気持ちだろう。デザイナーを呼んで衣装を考えたり、マナーや言葉使いに問題がないように気を配っているらしい。女性ならではの視点だ。
この様子を見ていると姫の周囲には姫自身の地位に関係なく、姫だけの、姫自身の事だけを考えてくれる人間がいるということだ。姫自身の人柄のおかげなのだろう。
私にも何でも相談できる宰相がいる。無論立場上の問題があるため何でもどうぞ、というわけにはいかないが、それでも【自分の事だけを考えてくれている】【相談できる人物がいる】ということは大きな安心につながる。息子にはそういった人間がいない。今までの問題があるので仕方がないのだろうが。それでも、そういった人間がいれば少しは息子も変わって行くのではないだろうか。
そう思わずにはいられない。
宰相の話では息子は変わろうとしているようだ。うまくいくかは別にして努力は始めている。
きっかけはわかっている。
目の前にいる小さな姫だ。姫のおかげで息子は変わろうと、自分を見つめ直している。
宰相や他の者達の報告では随分と変化が見られるようだ。周囲に気を配ることも、自分本位で動くことがないよう注意している事も、手続き関連も面倒くさがることなく決められた手順を守っているようだ。
本来なら当たり前のことで褒められるべきことではないのかもしれない。それでも変わる努力を認めたいと思っている。
この姫が傍にいてくれれば息子の件も少しは安心なのだが、難しいだろうか?
私自身も迷いがないわけではない。
以前から姫と息子の婚姻を望んでいる気持ちに変わりはないが、難しいだろうとも思っていた。だが姫が息子に歩み寄ってくれたようだ。
本来なら無礼な態度を取った息子に歩み寄る必要はないのだろう。国の大きさに違いはあれど身分的には同じだ。それを謝罪があったからと姫が譲ってくれたようだ。
姫の度量の大きさを見る思いだ。それでもその関係だけで終わると思っていたのだが、いろいろなタイミングが上手く重なったのだろう。姫との交友が増え関係性が改善したように見える。
以前なら二人共印象が悪すぎて話を進められなかったが、今なら姫の方は分からないが、息子の方は好印象だろう。話は進めても問題はない気がする。
最大の難点は姫自身が拒否している点だ。これも隊長や筆頭に公言している。それに初対面のときの印象が悪すぎて嫌だと思うのも無理はないだろう。今は改善しているようだが。賢い姫のことだ、もしかしたら問題にならないよう上手く付き合っているだけかもしれない。賢さで行けば、息子など太刀打ちはできないだろう。
もう一つ心配なのは甥である隊長の事だ。甥は自分の立場を明言していない。普段なら賛成でも反対でも、自分の立場は明確にしているのだが。
今回の件に関しては明言していないのだ。珍しい、というよりは初めてのことだろう。
まあ、立場上、明言しづらいということもあるだろう。姫の護衛である以上、自分の意見は言いにくいだろうし、騎士として、高位貴族の一員としての立場もあるから、明言しにくいのは理解できる事だ。
賛成であってほしいと思うが、実際のところはどうなのだろうか?
貴族内での意見も分かれている。無理もないだろう。
姫自身を知らない者が多すぎるのだ。
姫を公の席で見たのはただ一度、デビューの時だけ。それも隊長と筆頭、管理番が常に傍にいて他の者達と関わることはなかったという。
唯一の例外が令嬢だけだ。
その後も交流を持っているから、上手く付き合えているのだろう。学校内でも、そうそう目立った動きはない。交友関係も少ないようだし、問題行動もない。
学校でも大人しいようだ。派閥ができるか、作るかでもするかと思ったらそれもない。至って大人しく通学しているだけのようだ。
同級生と揉めるかとも思ったが、それもなかった。よく考えれば姫に言いがかりをつける勇気のある者はいないだろう。
隊長と令嬢、この二人と交友関係があるのだ。
国内貴族の中でも有力者、二大勢力だ。揉め事を起こす勇気のあるものはいないだろう。令嬢の方でなにかできるはずもないが、自分から火種を起こすような者はいないだろう。
眼の前の姫をもう一度見る。
姫は優秀だ。この年で多くの才能を見せている。
民を思う気持ち、思うだけではなく実際に行動できるだけの行動力。部下を守ろうとする気概。立場に関係なく人間関係を作ることのできる構築力。人を許すことのできる度量。このまま育てば問題なくこの国の力になる。何度そう思っただろう。
だが、今はそれだけではない。息子のためになるのであれば、そのためだけでもこの国に取り込みたいと思う。馬鹿な考えだろう。自分でもそう思っている。
どうしようもないのなら切り捨てるつもりだった息子。どうにかなるのであれば、と勝手な希望を持ってしまう。
それに本来なら私自身が手を打たなければならないことだ。それを姫の手に委ねようなどと、大人のすることではない。理解はしているのだ。だが、今まで私ではどうにもできなかったことだ。それが変わるのなら変わってほしいと思っている。
息子が可愛くないわけではないのだ。できることなら私の跡を継いでもらいたい、そう思っている。
姫は恭しい態度を崩さない。報告によると管理番や令嬢、隊長たちの間では随分と砕けた態度らしい。
誰にでもあることだが、気の許せる範囲では気を許しているのであろう。
この国に来たときとは随分と変わったものだ。
無理もない、あの時は6歳だった。
我が国に一緒に来た侍女たちを追い返した、と聞いた時は私も驚いたものだ。普通なら異国で一人きりとなれば不安も尽きない。できるなら、より多く残ってほしいと思うはずなのに、残ると言いはる侍女たちを命令だと言って追い返したのだ。侍女たちの方が泣いていたと聞いている。一人は命令違反で構わないと言い切っていたが、それも許さなかったらしい。命令に反する人間はもっと側に置く訳にはいかない、と言い切ったそうだ。
この話を聞いた時は大げさに言っているか作り話だと思ったが、今までの姫を見ていれば有り得そうな話だと思っている。
姫が国に来た時、私は直接会ってはいない。宰相が関わっていたので十分だろうと思ったのだ。会うのは誕生日の贈り物をする時ぐらいだろう。
忘れていないことを示せれば問題ないと思っていた。
姫にこんな才能があるのであればもう少し考えるべきだった。
姫の我が国への印象は良くないだろう。正直に思えば最悪と言って良いのではないだろうか? 懇意にしていれば印象も良かっただろうに。
印象の悪い国に留まりたいとは思わないはずだ。まあ、返す気はないのだが。
父親の私が子供の事を聞くのはどうかと思うが、息子に何を話したのかは気になる。
正直にいい方法があるのなら教えてほしいものだ。
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