第302話 閑話 次男くんの試練

前書き的な

 本編が進まず閑話が続いています。

 せっかくなので、練習会の次男くんの気持ちを書いてみました。

 もう、いっぱいいっぱいで、うろたえて、

グルグルしている次男くんをお楽しみください。 




「よろしくお願いいたします」


 僕は今、緊張の極地にいると思う。


どうして僕なんかがここにいるのだろう? 




もちろん分かってる。ダンスの下手な僕が上手になるためには練習が必要で、その機会を与えてくださった隊長様には感謝しかないけれど、どうして僕に声をかけてくださったんだろう?


 僕のダンスが下手な事を誰かから聞かれたのだろうか?


 姫様が話されたのだろうか? 確かに僕は下手だから、姫様と一緒に練習をさせていただければ、少しは上手くなると思うけど。


ここに呼ばれる理由は何だったんだろう?


 疑問しかないけれど、誰に理由を聞けばいいのかもわからない。


 姫様や隊長様に、どうして僕を呼んだんですか? なんて聞けるはずもない。


 練習会に参加するのは上達するので有難い事だけど、この練習会はあんまりだと思う。




 練習メンバーが、普段、僕が関わることのできる人とはかけ離れすぎている。


 クラスで姫様とお話しする時も緊張しているのに、このメンバーは、もう言葉にならない。


 こんな方たちの中なんて、足がすくんで練習にならないと思う僕は普通だと思う。




 殿下に、姫様にご令嬢。


 姫様が参加されるという事で、隊長様がいらっしゃるのは当然なのかもしれないけど。もう、怖くて申し訳なくて、足がすくむ。


 唯一の救いは姪御さんがいる事だと思う。彼女とだけは普通に喋れる気がする。




 でも、どうしてこの場に殿下が?


 殿下は反則で、あんまりだと思う。正直、泣きたい気分だ。


 僕なんかの身分で殿下に会うなんて思ってもなかった。というか、同じ場にいることがおかしい。


 校内で姿をお見掛けする機会はあると思ってた。でも学年が違うから話をする機会はないと思っていたし。


 それが、今は話をする機会どころか。


 緊張しすぎて身体が動かない。ダンスが下手な僕が緊張するとどうなるかなんて、分かり切った事だ。


 






 「君はステップは覚えている様だな」


 殿下が僕に近づいてきたと思ったら声を掛けてくださるが、焦りすぎて内容が頭に入ってこない。


 殿下が不思議そうな顔で僕を見ている。僕は何を言われたのだろう?


 殿下の後ろの方で隊長様が眉を顰めているのが見えた。その様子から察するに、僕が何か変な事をしているのかも。でも、その前に殿下に声を掛けられたのだから返事をしないといけない、僕は殿下に何を言われたのだっけ? 


 返事が思い浮かばない、話しかけられた内容が出てこないから、当たり前なのかも。


 焦って変な汗が顔に浮かんでいるのがわかる。どうしたら良いのだろう。


 


 僕が声を出せないでいると、令嬢の声が後ろから響いてきた。


 僕は動かない身体を無理やり動かして、振り向く。


 「殿下。隊長様も。ご自分の立場をお考え下さい。次男さんの反応も無理はありませんわ。心構えもなく殿下にお会いすれば緊張して当然でしょう。上手く話さなくても仕方がない事です」


 「ごれいじょう」


 僕の態度が止むを得ないと、殿下たちを窘めてくださった。ありがたいことだ。


 僕はご令嬢のお言葉がありがたいのに、緊張して変な喋り方になっていたと思う。


 そんな僕にも微笑みかけてくれるご令嬢は、天の救いに思えた。




 ご令嬢は、総会の副会長で成績は学年次席。


 学校内では殿下の次に有名な方だ。


 実は、いや、当然かもしれないけど、ご令嬢に憧れている生徒は多い。


 勿論、僕もその一人だ。殿下もそうだけれど、この場でご令嬢と顔を合わせる事になるとは思っていなかった。


 憧れている人に、いきなり会う事になるなんて緊張しないはずがない。


 僕は動かない身体を叱咤して、真っ白になる頭を動くように深呼吸を繰り返していた。


 正直に言うと、その効果はまったくなかった。




 姉はこの方と友人であるとは聞いていたけれど、僕はこの方との接点はなかった。


 自宅や、姉の送り迎えの時に数回お見掛けしたことはあるけど、直接お話をさせていただいたことは無い。だから、今日は初対面と言ってもおかしくはなくて僕の事を知っているとは思ってもいなかった。


 僕の事を知ってくださっているだけでも光栄な事、なはずで嬉しい事なはずなのに。


 今は1ミリも嬉しい気持ちが出てこない。


 このメンバーの中で、そんな嬉しい気持ちになれないのは無理もないと、自分で自分を慰めるしかなかった。




 




 ダンスの練習が本格的に始まる。


 姫様は殿下と向かい合ってステップの練習をしていて、僕はご令嬢に教わることになるのだそうだ。


 ダンスの練習は基本的にペアで行うので、僕は姪御さんと練習すると思っていたら、ステップの基本を確認するので令嬢が相手になってくださるとか。


 僕は変な事をしないだろうか。心配だ。


 正直に言えば令嬢の足を踏むなんて事はしたくない、それだけは絶対に嫌なので、その事には一番注意しなければ。


 いや、その事だけに集中しよう。


 僕はそう決心してダンスの練習を始めた。




 「では、一度お相手をお願いしますわ」


 令嬢の微笑みが美しい。声も綺麗で優しいし、僕は頬が赤くなるのがわかった。


 ただでさえダメダメだから、これ以上おかしなことをしないように、と僕は気合を入れながら令嬢の手を取った。


 令嬢の指はほっそりとしていて、柔らかい。


 ダンスの練習なんて今までさんざんしてきたのに、相手がご令嬢だと思うと緊張感が増してしまう。


 最後まで踊れる気がしないけど、足を踏むことだけはしないようにしよう。再度自分に命じる。


 姫様もそうだけど、令嬢の足を踏んでしまったら大変なことになってしまう。


 僕は緊張感を持ちながらダンスを始めた。




 「次男さん、緊張されていますか?」


 「はい」


 令嬢の声がする。なんて言われているのかはわからないけど、取り敢えず、返事をしておけばいいと思う。それよりも話しかけられると、足を踏んでしまいそうで怖くて仕方がない。正直、話しかけないで欲しいと思ってしまう。


 目の前にいる令嬢は微笑んだままだけど、本当に大丈夫だろうか? なにか、大きく間違えている気がする。


 ご令嬢は学校中の男子生徒の憧れなので、練習であっても、お相手していただけるのは嬉しいけど、もしかしたら見ているだけのほうが良かったような気がする。


 変な返事をしたり、足を踏んだり失敗して変な男子だと覚えられる方が嫌だと、僕は思ってしまった。


 殿下の時とは別な汗が浮かんでくる気がするけど、そのまま曲は進み最後の礼をする。


 令嬢はお辞儀も綺麗だった。


 きれいな人は何をしてもきれいなんだと思ってしまう。


 


 「次男さん、次男さん。聞いていらっしゃいますか?」


 「は、はい。聞いています」


 僕はご令嬢の話は聞いていなかったけど、聞いていないとは言えなくて、迂闊な返事をしてしまった。


 どうしよう。返事を求められたら、答えられない。今度は嫌な汗が背中を走っていく。


 僕は緊張して迂闊な返事をしてしまったけど、令嬢からの追及はなくて休憩をすることになった。


 




 休憩時間、やっと少しだけホッとする。


 姪っ子さんや管理番さんが姫様や隊長様と話をされるのを見てしまった。


 言葉が出てこない。あの2人の心臓はどうなっているのだろう。あの中に入るのは無理だと思う。


 僕がそんな事を思っていたら楽しそうな笑い声が響いてくる。


 外から見ている分には安心だ。僕は楽しそうだな、と思いながら一息ついていたら、殿下に話しかけられてしまった。




 


 その日の僕は、誰と何を話したのかは、よく覚えていない。


 管理番さんと、姪御さんに声をかけられたときだけ正気に戻れたと思う。


 


 この練習会は定期的に開かれるそうだけど、慣れる日がくるのだろうか?


 不安でしかたがない。


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