第157話

「失礼いたします」


料理長が離宮のダイニングに入って来る。その後ろには今日の担当であろう侍女がいた。


私は入ってきた料理長に驚きすぎて何もいう事ができなかった。疑問符が頭の上に浮かんでくる。




どうして朝からこの人がいるわけ?


私の不思議そうな視線を受けて料理長が確認したいと言い出した。忘れていたが今日料理指導に必要な材料や道具の説明をしていなかったのだ。迂闊だった。他の事に気を取られすぎていた。反省しつつ今日のメニューを告げる。


「料理長。今日はコロッケを作りたいと考えています。副菜は葉野菜の千切りとスープはお味噌汁の予定です。副菜はもう一品必要だと思っていますが、その一品は厨房の皆さんに考えて頂きたいと思っています。作る過程で合いそうな副菜を考えて頂きたいです。道具については一般的な物だけなので特殊なものは必要としません」


「コロッケ?」


料理長はコロッケという単語を口の中で転がしている。コロッケそのものの説明をしていなかった私はじゃが芋を使った料理であることを説明する。




ジャガイモその物は商人は広めてくれていて、厨房にも入荷されていた。厨房で使うのは嫌がられると思っていたら、その地方の出身者の料理人と売り込みたい貴族との要望がマッチして少しずつ使用されるようになったらしい。メニューの一番人気はじゃがバターと商人から聞いたことがある。


その関係でジャガイモは忌避感はないはずだ。




「承知いたしました。時間は予定の時間で?」


「ええ。夕食に出せる時間で考えています。間に合わないかしら?」


「問題ない時間です」


「それなら問題ないわね」


「はい。本日はよろしくお願いいたします」


料理長は確認事項を終えるとそのまま出て行った。何か嫌味の一つでも言われると思っていたのだが、穏やかなものだ。私はその事を意外に思って呟いていると、筆頭さんから嫌味を言われたら自分が黙っていなかった、と言われてしまった。


最近、言葉数が増えてきた印象のある筆頭さんである。


「私に教わるのよ? 嫌味も言いたいと思うけど?」


「姫様。昨日の事をお忘れですか? あれだけの事をしてもらっておいて、感謝できないなら長を名乗る資格はありません」


「あ、はい。そーですね」


筆頭さんはご立腹だった。これ以上はつつくまい。私は穏やかな午前中を過ごしたい。




「よろしくお願い致します」


厨房の中で料理長を始め全員が私の前に並んでいた。なかなか壮観な眺めだ。


お料理教室の始まりである。午前中に説明したように今日はコロッケを作る予定だ。簡単にレシピの説明をして、そこから調理のスタートをする予定である。指導なんて立派な事をしたことのない私は、家庭科の調理実習を思い浮かべそれに沿って行う事にした。他に方法が思いつかなかったというのが、正しい。




「では、材料の説明から。ジャガイモ、玉ねぎ。牛肉などですが、牛肉は細かく切っていきます。ジャガイモは蒸して潰すのですが、手間がかかるので皮は剝いて蒸します。茹でるよりも水っぽくなりません。それ以外にも・・・」


その後は簡単な蒸し方や、肉のみじん切りもお願いしつつ説明を行う。


肉はコロッケなので少し粗目でもOKだ。肉のゴロッとした感じが美味しく感じるはずだ。ジャガイモも本来なら茹でるのが普通だと思うのだが、私は手間を省きたくて皮を剥いて小さくカットしてレンチンしていた。その関係で蒸して使う事にした。レンジのありがたさを実感している。




今日のメニューをコロッケにしたのは理由がある。簡単な理由だ。私が食べたかったのだ。だが、コロッケは手間がかかる。先日、隊長さんに力仕事をお願いした時に楽をすることを覚えた私は、お料理教室と称して私の食べたいものを作ることにしたのだ。


正直に言えば、でないとやってられない、という気持ちもある。コロッケは作業工程が多い。ミンチが無いので肉もみじん切りしなくてはならなし、パン粉も無いのでパン粉も作らなくてはならないのだ。そう思うと一人で作るのは時間がかかりすぎて嫌になる。なので人手が多いこの日にコロッケを作ってもらう。今日で覚えてもらう事が出来れば、今後は好きな時にコロッケを食べることが出来る。授業料として時々作ってもらってもバチは当たらないはずだ。


私は自分の欲望丸出しのお料理教室を行いながら料理人に注意点や説明していると、どこかみんなが好意的だった。注意にも嫌な顔をせず『ありがとうございます』なんて言われてしまう。


この好意的な対応に逆に驚く。もう少しぎくしゃくする事を想定していただけに、肩透かしを食らった気分だが順調に進めるのなら何よりだ。




流石は王宮の料理人たち、大まかな説明と少しの指摘で問題なく調理工程を進めていく。そうなると私は眺める事しか仕事はなかった。厨房を全体的に眺められる位置に陣取り、厨房を眺めていると隊長さんがポツリと一言。


「なるほど。姫様はコレを狙っていたのですね。だから見習いの罪を減じるのに拘っていたのですか」


「なんのこと?」


「いえ、なんでもありません」


隊長さんの呟きに私が振り向いて確認をするが、隊長さんは爽やかな笑顔を浮かべたままそれ以上は何も言わなかった。私は何のことだと首を傾げようとして気が付いた。


もしかして、厨房との関係性を良好にするために見習い君を利用したとか思われている?


チラッと隊長さんを見ると、爽やかな笑顔のまま。私では何を考えているのか判断が付かなかった。厨房についてここで話すわけにはいかないけど、誤解を受けている気がする。


誤解を受けている気がするが、確認もできないし。私はモヤモヤした気持ちを抱えつつお料理教室を続行するしかなかった。




どこかのタイミングで誤解を確認しよう。


誤解ならそのままにすると後が大変な事になる気がする。




私の心配をよそにコロッケ作りは着々と進んでいた。


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