第147話

私はもう一度筆頭に確認する。


「あの料理を作ったのは料理長で間違いないのね?」


「はい。厨房に確認したところいつもと同じという返事が返ってきました。ですので料理長という事になります。姫様へお出しする料理です。当然の事です」


「なるほどね。でも、あの料理を作ったのは料理長ではないわ」


「どういうことですか?姫様」


「簡単な事よ」


私の発言に隊長さんが、いや筆頭も不思議そうな顔をしている。私が断言しているからなおさら不思議な気持ちになるのだろう。種明かしをするほどの話ではないので簡単にネタばらしだ。




「二人は料理をしないから分からないかもしれないけど、料理に慣れてくるとね、野菜の形を不ぞろいに切るって逆に大変だったりするの。それに野菜に火が入らないって状態をわざとするのも難しいのよね。同時進行で作っていくから、火が入るころを見計らうのは習慣になってて、このくらいで、みたいなものも感覚で分かるものなの。あんなひどい料理を作るなら逆に見張りながら作らないと作れないと思うわ。そうすると料理長が私の料理を作るためだけに時間を割く暇はないでしょう?陛下の料理を人に任せるわけにはいかないでしょうし。そうなると別な人がつくったと思うのが自然だわ」


「つまり、渡すときに入れ替えた?」


「そんな感じじゃないかしら?」


「どちらにせよ。厨房の不手際で間違いないですね」


筆頭さんの怒りを押し殺した声が聞こえてくる。この世界の人は威圧感を出すのと副音声で喋るのが得意なのだろうか?今の筆頭さんから、気持ちは分かるが仕事をおろそかにしてんじゃねーよ、という(私の通訳)声が聞こえてくる。そして隊長さんに勝るとも劣らない威圧感をビシバシ感じる。声を掛けるのも躊躇われるほどだ。だが、ここで私が声を掛けないわけにはいかないだろう。


「ひ、筆頭、ちょっと落ち着いて」


「まあ、姫様。わたくしは落ち着いていますわ。これ以上もなく」


とても穏やかな微笑を浮かべながら威圧感を出す、という器用なことを筆頭さんはしていた。私にはできない事だ。ちょっと尊敬する。だが尊敬をしているだけでは問題は解決しない。怒り心頭の筆頭には少し落ち着いてもらわないといけないだろう。


私が考えている間に隊長さんも気になることがあるようだ。


「姫様。こんな事を聞くのは失礼だと思いますが、姫様の料理の中にも形がバラついているものがあります。そう思うと形が不ぞろいなのは珍しくないのでは?」


「煮物の野菜の事を言っているのかしら?失礼ね。あれは乱切りという立派な手法の一つよ。ワザとあんな切り方をしているの。その証拠に不揃いでも大体の大きさは同じでしょう?」


私は隊長さんの失礼な発言に訂正を入れる。正直に言うと、切り方を知らない隊長さんに言われたくないぞ、という気持ちもある。私が訂正を入れると隊長さんは失礼しましたと、頭を下げた。わかればいいのよ、わかれば。




その辺の訂正はともかく今後の方針を考える。厨房に聞いても教えてはもらえないだろう。陛下からの依頼の問題もある。私のこの朝食問題で厨房へクレームを付ければ大きな問題に発展しかねない。そこは避けたい。それに料理長が作っていないとなれば大まかな予想は立てられる。そこから問題を解決したいと思っている。


その事を隊長さん達に話せば反対されるのは目に見えていた。なので私個人の計画として内緒にするつもりだ。だがそこに持っていくまでの対応をどうしようか?その間、あの朝食を食べるのはできれば遠慮したい。美味しくないのはいつもの事だが、あれは別次元だと認識している。


私は腕を組み考え込む。私のその様子を見ている隊長さんたちは静かになってくれた。考えることの邪魔をしないようにとの配慮だろう。ありがたい。


私は一つの結論を出し筆頭さんにお願いをする。




「筆頭。とりあえず厨房には何も言わなくていいわ。明日まで待ちましょう。明日の朝食をみて結論を出すわ。もしかしたら今日だけのうっかりかもしれないし」


「姫様。厨房にうっかりはあってはならないものです。その料理に問題があったら?陛下が口にしたら?他国の客人が口にしたら?もちろん姫様もその部類に入ります。姫様が分別を発揮されているからこそ、この程度の話で済ましていただいていますが、他の客人なら外交問題になってもおかしくはない事ですよ?ほかにも可能性はいくつもありますが、うっかりは論外です」


筆頭は微笑みながら断言する。落ち着いてもらうつもりだったが、私が出した結論は筆頭の心情に油を注いでしまったようだ。


失敗だったか?だが結論を変えるつもりはない。問題を大きくするつもりはないのだ。事の発端は陛下。私の所で解決できなければ陛下が出てくるだろう。最悪はそこで片が付く。しかし、そこまで行けば厨房への被害も大きくなるはずだ。それは避けたい。私がそこまで考える必要はないが、私の事に巻き込まれた感が大きいので厨房から処罰者が出るのは私の良心が痛む。なので回避できるなら回避したいと思っている。


私はここで穏やかな日常を過ごしたいのだ。何かあった時には一時的に厨房に調理をお願いする事もあるかもしれない。その時は気分よく引き受けてもらいたいではないか。それが難しくなるのは遠慮したいし厨房と揉めれば気持ち的に落ち着かない。


という事で結論は明日への持ち越しだ。筆頭は納得が出来ないようだが一時的に飲み込んでもらった。




筆頭。申し訳ない。




一つの結論を出した私はステップの練習をするべく立ち上がり、隊長さんに相手をお願いした。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る