第145話

私の再起動を待てなかったのか隊長さんから声を掛けられる。


「姫様。落ち着いてください」


「落ち着けとか、無理でしょう。どうしてそんな話に?ありえないでしょう?料理人の皆さんだって気分が悪いはずだわ?陛下は何を考えていらっしゃるの?」


「本当ですね。私も同意見です。厨房はどう思うでしょうか。気になります」


「そうでしょう?あり得ないわ」


私は考えてもいなかった話に呆然として、憤慨する。陛下の依頼だ、断ることはできない。それは厨房も同じだ。断るという選択肢そのものがない。だが、料理を仕事にしている人達だ。自分の仕事にプライドがあるはず。それを子供の私から料理を習えとは、私が同じ立場なら不愉快だろう。どうする。いや、断れないけど。釈然としないまま頭の中を回転させるが何も出てこない。空回りをしたままだ。どうしたらいいかも分からないまま、隊長さんに声を掛ける。


「隊長さん。どうしよう?このままだと厨房と全面的に揉めるよね?」


「それは間違いないと思います。陛下の命令だとは言え納得できないでしょうから」


「私も不本意なのに」


「ですよね」


隊長さんが同意をしてくれるけど答えは出てこない。いや、答えは出ている。厨房で料理を作るしかないのだ。問題にしているのは料理人の気持ちの方を問題にしているのだ。そこに悩んでいた。私が悶々としている横で隊長さんも沈黙している。隊長さんもどうしていいのか分からないようだ。爽やかな朝だったはずなのに、一瞬にしてどんよりとした朝になってしまった。リビングの中は暗雲が立ち込めているようだ。




二人で沈黙をしていると筆頭さんが入ってきた。彼女も少し表情が曇っている。感情を表に出すことの少ない彼女にしては珍しい事だ。自分の事も気にかかるが様子がおかしい事に声を掛けないわけにはいかないだろう。


「筆頭。何か問題があったのかしら?」


「はい。姫様のお尋ねの件で厨房に確認をしたのですが」


「朝の件ね。返答が聞けたのかしら?」


筆頭は朝食の件を早々に確認してくれたようだ。その割には返答が煮え切らない。言いよどんでなかなか口を開かない。筆頭にしては珍しい反応だ。私はその事に首を傾げようとしたが、原因がわかった気がした。


理由は陛下の案件だろう。私から料理を習うように言われて気分が悪い思いをしたのだろう。その関係であの朝食に繋がったのではないのだろうか?




そう思うと業務的にどうかと思うが心情は理解できるので厨房にクレームを入れるのは躊躇われた。


私はため息が出た。私が事情を察したのが感じられたのか筆頭さんは眉を顰める。今度はそれを見た隊長さんが事情を話してほしいと状態把握に努めることになる。黙っていると後から問題になることもあるので情報共有をすることにした。




「つまり、今朝の食事がいつにも増して酷い状態だったので誰が作ったのか気になり確認した。という事ですか?」


「そういう事ですね」


隊長さんの体から発せられる威圧感に思わず口調が丁寧なものになる。


「間違いなく陛下が原因な感じですね」


「やっぱり、そう思う?」


同じ結論に行き着いたので間違いないだろう。今度は筆頭さんが不思議そうな様子を見せる。今度は筆頭さんと情報共有だ。陛下の依頼を聞いた筆頭さんが今度は唖然としていた。あまり陛下のすることに口を挟むタイプではないけど今日だけは違ったようだ。


「陛下は何を考えておられるのでしょうか?姫様はレッスンで忙しくなります、と報告をしていたと思うのですが。宰相閣下から聞いてはおられないのでしょうか?」


「いえ、陛下はご存知ですよ。私からも伝えていますので」


「では、ご存知なのにこの予定を組まれたという事ですか?」


「そうなりますね」


「なんということでしょう。姫様のデビューが近いのですよ」


珍しい事だ。筆頭さんが感情もあらわに隊長さんに食ってかかっている。だが、この件は隊長さんは悪くないのでそこは訂正しておきたい。




「落ち着いて。筆頭。隊長は悪くはないわ。陛下の依頼を私に伝えてくれただけよ」


「申し訳ございません」


筆頭は私の指摘に我に返ると私と隊長に謝罪してきた。隊長は気にしていないのか涼しい顔で問題ないと返答している。そこには私も同意なので頷いておこう。




さて、この案件どう収めようか?陛下以外は問題ありと、結論付けられた。一番いいのはなかったことにする事だろう。だが、相手は陛下なのでその対応は出来ない。それが一番の問題だ。


ため息しか出て来ない。しかも今日はダンスの練習がある。さすがにさぼることは出来ない。




今は頭の中が煮え切っているので一度冷やそう。


それからもう一度考えることにしよう。諦めた私は筆頭さんに練習の支度をお願いする。気分が落ち込んでいる私は練習用のドレスをお願いしていた。


普段なら却下される内容だが筆頭さんは何も言わずに練習用のドレスを用意してくれていた。


ありがたい。

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