第143話 閑話 陛下の憂い

私が大陸の支配者と呼ばれるようになって数年が過ぎた。周辺諸国の掌握は終わり、現在は宰相に任せていた、国内の安定に行動をシフトしている。そこまでは問題はなかった。宰相が国内を治めていたので大きな問題はなく、後は国内の安定と貴族たちの動向、不正がないかの確認、国内の繁栄に終始することとなる。




そうしている間に私は大きな問題に気が付いた。私に意見を述べるものがいないのだ。諫言できるのは宰相しかいない。これは大きな問題だ。イエスマンしかいない状態では、問題に気が付くことが出来ない。自分と周囲の差異に気が付くことが出来なくなるのだ。これは国が衰退する大きな原因の一つになる。私は自分に意見が出来るものを探し続けるが見つからない。焦っていた。




私の代で見つからなければ息子の代はどうなるだろうか?息子に実力がなければ、別なものが後を継げばよい。国を治める者が実力を伴わなければ国を傾けるだけだ。それは仕方の無いことだろうが、できるならあとを継いでもらいたいと思う。后の忘れ形見だ。できるなら、と思ってしまうのは親心だ。




私がいる間は良いだろう。だが人は何が起こるか分からない。私とて、いつ死ぬか分からないのだ。そう思うと、何かあった時に息子に諫言できる人物を用意しておきたい。他者の忠告を受け入れるだけの教育をしておきたい。その忠告の真偽を見分けることのできる教育をしておきたいと思っている。しかし、ここまで誰もいないとは考えてもいなかった。




私の甥である隊長がいる。あの者のいう事なら息子も受け入れる事が出来るだろう。そうは思うが隊長は立場が悪かった。私の甥であるという事は、息子に何かあれば次の王位は隊長になるのだ。その事を思うと、隊長自身も発言するとき難しい判断をしなければならないだろう。


簒奪者になる気はないはずだが、周囲はそう思わない。担ぎ上げようとするものもいるはずだ。それを思えば別な者が必要となる。


学友はどうか?事実側近候補として何人かはつけているのだ。始めは良かったようだが、今の関係性は良くないようだ。息子が強く反対すると意見する事を諦めてしまうらしい。息子にも問題はあるが、側近候補にも問題はあるようだ。まだ学生だ。今からの教育で改善すると思いたいが、そこは何があるか分からない。備えは必要だろう。宰相とも話し合っているがなかなか、妙案が出てこない。




そんな時だ。姫の才覚の一端を見たのは。始めは他国との関係調整のために招いた姫だった。正直に言えば誰でも良かったのだ。


見せしめとまでは言わないが、小国同士の連携ができにくいよう、誰か自国に押さえておきたい。それが理由だった。一人でもそんな人物が我が国に入れば、他国は馬鹿な考えを起こすことは無くなるだろう。


面倒を減らすだけの提案だった。姫が国に来たときは何も思う事はなかった。


見る目が変わったのは私に交渉を持ち掛けてきた時だ。いや、その前の裁判の話をしだしたときだろう。第三者の目線で私へのメリット、デメリットの提言。もう一つは私の評判を買うためだと言いながら、本来の裁判制度を根付かせるための提案だ。


9歳の姫が私に譲ることなく、被害者という立場を使って交渉しきったのだ。撥ね付けることは簡単だった。だが諦めず粘り強く交渉する姫の才覚を確認することが出来たのは大きな収穫だ。


自分のためではなく、身分が低いもののために交渉できる姫の気持ちの強さに、私自身の行動を振り返らされる思いがした。




私は同じことが出来るだろうか?この姫はまだ子供だ。これから教育していけばどれだけの者になるだろうか?息子にこの姫が付けばどれだけ安心だろうか?




今なら問題なく手の内に囲う事ができる。仮に思うように育たなくても、囲う事に損はないだろう。


文化の発展に寄与できる才覚もある。この姫はどれだけのものを隠し持っているのだろうか?


私はこの年頃に同じようなことが出来ただろうか?そう思うと手放すという事は考えられなかった。




宰相は慎重だ。他国の姫という事で警戒している。危険分子になることを警戒しているようだ。備えの一環として周囲の者を宰相が厳選していた。


普段の様子も報告を受けているがのんびりとしたものらしい。自国への連絡もしていないようだ。手紙を出す際も筆頭に添削を依頼しているという。字の間違いがないか見てもらう、という理由だが実際は違うのだろう。


我が国に来た時も侍女の一人も付けていなかった。周囲に大人がいることで、自分と自国への疑いを防ぐためだろう。疑われることを前提に行動しているように見えるし、安全を最優先しているようだ。


その慎重さは好ましいと思う。無謀に行動することも時には必要だが、今の情勢では好ましくないものだ。




周囲の力関係を把握する判断力は問題ない。この様子なら俯瞰的な視点も持てるようになるだろう。




姫自身が今後をどう考えているかは分からないが、こちらとしては手放す気はない。




異国の姫だ。わが国で安定した立場を作るのは難しいだろう。だがそれだけのものを作り上げることが出来れば、周囲も納得するだろう。


厨房の件も、学校に通う事も、姫にとっては良い事だけがあるはずはない。それを収めることで更なる実力を付けることが出来るだろう。大小、大人と子供の差はあるが人間関係など同じものだ。


姫を教育し息子の妃になってくれれば、今後の我が国は盤石になるだろう。姫には申し訳ないが自国には帰す事は出来ない。




その代わりと言っては何だが、こちらで申し分のない生活を保障しよう。


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