第114話
離れの客間はそれほど大きくはない。
離れ自体が小さいこともあるし、客が大勢来る想定ではないからだと思っている。
その客間に一人の男性が座っている。
年齢は30代後半くらいだろうか、陛下と同年代か少し年上のようだ。
私が客間に入るとその男性は立ち上がり優雅に礼を取る。
「お待たせしたわね」
「いえ、此方こそ急にお訪ねして申し訳ございません」
「構わないわ。座って頂戴」
彼に座るように勧め、私も対面に座る。私の後ろには今日の護衛騎士さんが立った。
椅子に座りながら正面にいる彼が緊張しているように見える。
話し始めをどうするか考えていると相手から話し始める。
「姫様。改めまして今日は突然の訪問をお許し下さりありがとうございます。陛下からダンスの講師を務めるようにとの事でした。どうぞよろしくお願いいたします」
「初めまして。筆頭から明後日ぐらいに来ると聞いていたけど、早かったのね」
「そうなのですか?私は、今朝領地から戻りまして、陛下からの書状を読みました。それでお待たせしてしまったと思い至りまして」
「では、陛下は領地に行っているのをご存知だったのね。だから来る日が遅くなると教えてくれていたのでしょう」
「お待たせしていないようで安心いたしました」
「かまわないわ。あなたの方が大変だったわね。その様子では着替えて直ぐに来てくれたのでしょう?休む暇もなかったのでは?」
「いえ、陛下の指示の方が優先ですので、当然です」
私はそのコメントを聞いて宮仕えは大変だな、と思っていた。
私はできるだけ宮仕えは遠慮したいなと思いつつ、当たり障りのない挨拶と世間話を交えて話していると、当然ながら今後の予定になっていく。
私にとっては嬉しくもない練習の予定だ。
この離れは大きくない、普通の貴族が持っているようなダンスホールや練習用のホールも備えてはいない。
その辺はどうするのだろうか?不思議に思っていると講師は知らなかったのだろう。
練習用の部屋を見せてほしいと言ってきたので部屋がないことを説明しようとしたら、筆頭さんが入ってくる。
「失礼致します」
私の隣まで来ると一礼し、講師と話す許可を確認して話しはじめる。
貴族のマナーと手続きは面倒だと、早くも思いながら二人に話を任せることにした。
「失礼致します。講師、申し訳ないのですが、この離れにはホールや練習用の部屋はございません。近々用意が出来ますので、それまではこの客間か入口ホールを使っていただく形になるかと思います」
「本格的なステップとなりましたらホールが必要ですが、それまではその時の授業に合わせて使い分けながら練習していきたいと思います。姫様もよろしいでしょうか?」
「部屋が用意できるまでは間に合わせるしかないものね。講師にも迷惑をかけると思うわ」
「とんでもございません。精一杯務めさせていただきます」
私はそれに頷きを返す。
『よろしく』と言おうとしたら筆頭さんの横目に気がついた。
日常的なマナーの練習は始まっている。
気がついて良かった。気がつかなかったら、後から説教コースまっしぐらの可能性が高かっただろう。
席次的に高位のものが簡単に『よろしく』と言ってはいけないと言われていたのだ。
頭の中で今日の会話を思い出す。大丈夫なはずだ。
『よろしく』は言ってない。うん。大丈夫。
その間にも授業の予定は順調に組まれていく。
話を聞いていると予想通り来週から始まり午後の3時間が使われる。交互に3日づつ行われるようだ。
3日づつ?
ということは休みは1日だけということになる?
あれ?週末は休みって言っていたような気がする?
私の疑問が顔に出ていたのか筆頭さんが話を追加してくれる。
「では、週末の2日は休みということで、休んだ練習の方から週頭に再開とします」
「畏まりました」
講師に話すことを聞くことで私の不安は解消された。
ビックリしたよ。私の貴重な休みが無くなったら暴れるところだった。
今日は挨拶と練習の打ち合わせで終了となり講師は帰って行った。
それを見送ることもなく(自分より身分が高くないと見送りはしないそうだ)筆頭さんから今日はギリギリ及第点をもらうことが出来た。
表情が顔に出ていたことだけを注意されただけですんだ。良かった。
セーフお説教はなかった。よかったよ
私は安心しつつ、来週からの授業にどんよりとした気分になる。
一日が潰れる事はないが、今までよりはかなりの時間が制限がされる。
一日料理に没頭したり、新しいメニューの練習をする時間が削られる事になるのは間違いないだろう。
これから学校に通うことになれば同じ事だ、と思い直しそのための練習も兼ねると、前向きに考えることにした。
成長すれば今までのように行かないことは当然だ。
私の立場では責任も出てくるし、自由が効かないことも増えてくる。
「練習、練習」
私は呪文のように呟きながらキッチンでお昼を作ることにした。
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