第93話
陛下の執務室ではちょっとした議論が沸き上がっていた。
その原因は1通のお礼状だ。そのお礼状は陛下の机の上に乗っている。
「陛下、それが噂のお礼状ですか?」
「そうだ。姫からだ」
離れの姫様からお礼状が届いた。お礼状というよりは、招待状、という方が正しいだろう。
今までのプレゼントへのお礼と、キッチンへのお礼、そして折角だからキッチンを使って料理を振る舞いたいとのことだ。
どういう風の吹き回しか。以前その話を持ちかけたときは頑なに拒否をしていたのに、今回は一転して料理を振る舞いたいと言うのだ。何か理由があるのかと、考えてしまうのは当然だろう。
「どうなさるのですか?」
宰相は陛下からの答を予想してはいたが、一応は聞いていた。
「わかっているだろう?行くに決まっている。行かない理由があるのか?」
「そう仰るだろうと思っていました」
宰相は自然と出てしまった溜め息を隠すことが出来なかった。
陛下はそれを咎めることもせず、宰相に当然とも言える言葉を返す。
「わかっていたなら、なんで聞いたんだ?」
「わずかな望みを賭けていたのです」
「そうか、その望みを断ち切って悪かったな」
陛下は悪びれる様子もなく、宰相に自分の疑問をぶつけていた。
「宰相は興味は無いのか?今、城下で姫から発信された料理を、知らない者はいないぞ?知らない奴は馬鹿にされるらしい」
「それは存じていますが」
「王宮では作ってもらえないからな。姫に作ってもらうしかないだろう。それに姫が考えた料理だ。本人が作った料理が1番美味しいと思わないか?」
「それはそうでしょうが、何とも」
城下発信の流行は、王宮に取り入れられるまで時間がかかる。
市民からの流行を軽んじている傾向があるからだ。
陛下は新しいものを好む傾向なので、姫の料理が気になって仕方がないのだろう。
宰相は面白くなさそうな顔で、陛下を止める理由を考えていたが、そこに思ってもいなかった事を言われて驚いた。
「それに招待されているのは、私だけではないぞ」
「そうなのですか?他には誰が?姫様では招待できる人間は、限られていると思うのですが」
「そのとおりだ。私と宰相と隊長だ。それに姫がいるから、出席は4人ということになるな」
「私もですか?」
宰相は小さな目を最大限に開いて、陛下を食い入るように見た。
「ああ、侍女長の件や、離れの改装の件でお世話になっているから、ということらしい。姫からの招待だ。断れないな」
「そうですね。断るのは難しいですね。」
不本意ながら陛下の『断れない』に同意をするしかなかった。
そう陛下だけなら断ることができる。姫より身分が上だからだ。
しかし、宰相は断る事は出来ない。実際は違っていても、身分上は姫の方が上になる。
その姫からの招待を断るのは『不敬』、という事になってしまうからだ。
姫自身は気にしないだろうが、城内で姫を軽んじる風潮の一端が出来てしまう可能性にもなる。
あんな事があった後だ。それは避けるべきだろう。
その2点から、断るという選択肢は端から無いのだ。
「姫様はそこまで考えて、私を招待したのでしょうか?」
言葉にせずとも、陛下と宰相は長い付き合いだ。自然と考えている事は理解し合える。
やはり宰相の考えは通じていたのだろう。主語はないが宰相の欲しかった答が返ってきた。
「有り得るな。あの姫だ。そこまで計算していると考えるべきだろう」
宰相は自然とため息が出ていた。今日は二回目だ。
あの姫とはなるべく、関わり合いになりたいとは、思っていない。
しかし、この状況で断ることは出来ないし、陛下一人を出席させることにも、不安を覚えている。
行くしかないのだろう。宰相の立場では他に選べる道はない。
しかし、隊長は何のために出席するのか
姫の護衛も兼ねるのか?陛下もいるから?
それとも、話の繋ぎをするために呼んでいるのか?
宰相の疑問は尽きない。
出席すれば自然と答は出てくるのだろう。
陛下を一人行かせる事を思えばあきらめもつく。
宰相はこうして姫様の招待を受ける事にした。
姫様はやはり侮れない方だ。
私まで陛下と一緒に引っ張り出すのだから。
あのかたは何を考えているのだろうか?
陛下の『嫁』発言もある。これからのためにも、少し様子を窺う必要があるだろう。
姫様の『料理を作る許可をもらおう大作戦』は、こうして大いなる誤解を受けながら、陛下と宰相の出席を取り付けることに成功していた。
「姫に週末行くと返事をしておけ。楽しみにしていると、添えておけよ」
陛下の決定事項が発言として文字に記された。
「姫様。陛下から今週末に来られるとの返事がありましたよ」
隊長さんが綺麗な封蝋のされているものを私に差し出してきた。
伝言もあったのか内容を知っているようだ。
「あら、早いのね?お仕事は大丈夫なのかしら?」
「あちらからの返事です。詮索は不要ですよ」
うっすら隊長さんは笑っていた。その隊長さんの返事に私は納得して、皿の選定に入ることにした。
「頑張らないとね。キッチンの使用許可がかかっているもの」
「そうですね。私もできる限りのお手伝いをしますよ」
「頼りにしているわ。お願いね」
勝負の日まであと3日。時間は無駄には出来ないのだ。
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