婚約破棄追放されたのでダンジョンを超S級難易度にしてしまいましたの!
くすだま琴
第一章 ここはダンジョン・ワールズエンド
第1話 婚約破棄されるなんて思ってもいなかった
夜会が行われる王宮のエントランスホールは、着飾った学生たちで賑わっている。
その中を進んでいくエーデルシュタイン公爵家のレティシア・ブルーメ・エーデルシュタインは、耳の奥にキィンという強い魔法の気配を感じた。
瞬間。
強い光がレティシアを襲った。
(――――何?!)
まぶしさに思わず目をつぶる。
次に目を開けた時には、光の檻がレティシアの周りをぐるりと囲っていた。
(――――トラップが仕掛けられていた……? ええ?! これ魔牢だわ?! どういうことなの……?!)
周りからはキャーッという悲鳴が上がっている。
レティシアもどうにかしようと周りを見回すが、エレガントにゴージャスなドレスでは動くのもままならず、いや、例え動けたとしても周りはがっちりと檻。逃げられそうもない。
まさか王宮の夜会でトラップにかかるなど、誰が想像できるだろうか。
入って来た時はいつもと同じ様子だったのだ。
おかしな兆候などあっただろうかと、レティシアはほんの少し前のことを思い返してみた。
――――招待客は、武器探知の魔法陣の上を通り、豪華絢爛なエントランスホールの中へ入っていく。
入り口に誰かが姿を見せるたびに、名が呼び上げられた。
「エーデルシュタイン公爵令嬢、レティシア・ブルーメ・エーデルシュタイン様!」
名を高々と読み上げられ、艶のある
婚約者がいるのにエスコートもなく一人で来たことも、それで人々の噂にのぼるのも、いつものことだ。
そんな視線を気にもせず、レティシアは足を進めた。
本日、ヒラピッヒ王国第二王子ストーリッシュが、十八歳の誕生日を迎えた。
この国では十八歳で成人となるため、王家主催の大々的なお披露目会は後日開かれることになっており、今宵は第二王子が在籍する国立シュタープ魔法学園の友人知人たちが招待された気軽な夜会だった。
第二王子が住まう宮殿の名前にちなんで風獅子宮の集いと名付けられている。
風獅子宮の集いは、賑やかなことが大好きな第二王子によって、結構な頻度で行われていた。
レティシアは大変忙しい身なのだが、ほかならぬ婚約者の誕生日だから駆け付けたという次第だ。
それが、トラップで歓迎ときた。
周りを見回しても、魔牢はこれ一つだけ。標的はレティシアだということ。
王城内は空間魔法が無効になる魔法陣が描かれている。だから異空間収納である“空間箱”も使えず、魔法使いの短杖を取り出すこともできない。
空間箱を封じ、入城時に武器探知を行い、完全に丸腰にしてからのトラップ。
S級ダンジョンも真っ青のやり口だ。
「――――レティシア、やっと来たか」
近付いてきたのは、燃えるような赤髪を揺らす不機嫌そうな青年、ストーリッシュ・レイ・ヒラピッヒ。このヒラピッヒ王国の第二王子だった。
本日十八歳の誕生日を迎えたストーリッシュは、レティシアの二歳年下の婚約者でもある。
「……ご機嫌麗しゅう、ストーリッシュ殿下。本日はおめでとうございます」
レティシアが檻の中で優雅に
「ふざけるな! そんなところから何を悠長に挨拶している!!」
「わたくしが用意した魔牢ではないのだけど……」
「当たり前だ! 俺がお前に婚約破棄を言い渡すために用意したんだ!」
「あら……そうなの?」
レティシアは小首をかしげた。
この魔牢をストーリッシュが用意したとなると、ますます意味がわからない。
婚約破棄を言い渡すというのも寝耳に水だし、たかだかそれを言うためだけに魔牢を用意する意味もわからない。
魔牢は、魔法使いを拘束するための魔力でできた牢だ。
魔法を牢の外に放出できないように、何人もの魔法使いが魔力を込めて檻を作る。
遠まきに見ている招待客に紛れて、魔法使いの黒いローブ姿がちらほら見えていた。
彼らはみなプルプルと震えている。
魔力を込め続け維持している魔牢に、レティシアが魔力で干渉して負荷をかけているからだ。
(魔力の層が厚い……。この魔牢は破れないかもしれないわね……。さすが宮廷警護団の魔法使いたちだわ)
騒ぎを聞きつけたのか、レティシアの友人たちが駆け寄ってくるのが見えた。
「レティ!! なんで魔牢に?! ――――第二王子殿下! これは一体どういうことですか?!」
薄茶色の髪を高々と結い上げたパストリア侯爵令嬢セゴレーヌが、ストーリッシュに食ってかかっている。
他の友人たちも口々にストーリッシュを非難した。
「レティシア様!! 今、お助けいたしますわ!!」
「ひどいですわ! これが婚約者に対してなさることですの?!」
友人というのは本当にありがたいものだ。
レティシアは思わず微笑みそうになったが、顔を引き締めた。
「――――だめよ。あなたたちまで捕まったら困るわ。わたくしは大丈夫だから、ね?」
「レティ…………」
この場で一番怒りを表していたセゴレーヌが、眉を下げる。
令嬢たちに非難され、一層機嫌を損ねたストーリッシュが「ふん、くだらない」と吐き捨てた。
そこに寄り添ってきたのは、レティシアの
ストーリッシュの腕に腕を絡ませ、目を引くピンク色の髪をすりよせている。
「リッシュ、早く片付けてしまいましょう~?」
「ああ、そうだな」
魔牢に捕らわれたレティシアの前で二人は満足そうに笑った。
「みなも聞いてくれ。ストーリッシュ・レイ・ヒラピッヒはここに宣言する! レティシア・ブルーメ・エーデルシュタイン! お前との婚約を破棄する!」
シンとした広間。
この場の主役である王子の声が響く。
「王族と婚姻を結ぶというのに、ろくに夫人教育も受けず、ふらふらと地方へ遊びに行っているそうじゃないか。そんな慎みがない女とは婚姻などできない! 俺はお前の異母妹のローズと結婚する!!」
「お姉様、牢に捕らえられたお気持ちはどう? 今まであたしを虐げ、殿下に不敬を働いた罰よ!」
「――――なんとか言ってみろ、レティシア。それとも声も出ないか?」
「…………」
レティシアは呆然としていた。
地方に行っていたのは魔物討伐だ。
魔力が高い血を代々重ねてきた貴族は、基本的に魔力が高い。
領の騎士団はあるが、魔力が少ない者も多いので、領主だろうが嫡子だろうが魔物討伐に出ないと領を守れないのだ。
その土地の領主や領騎士団の手に負えない魔物が出たとなれば、国立シュタープ魔法学園の高等部生や研究院生や卒業生へ討伐要請がくる。
持ちつ持たれつ、困ったときはお互い様。どこかの領の魔物を放っておけば、必ず自分のところも困るのだ。
ローズとストーリッシュはその討伐要請をレティシアに押し付けた。
「お姉様~、あたし怖い~。代わりに行ってくれる?」
「レティは婚約者である俺が怪我をしてもいいと言うんだな」
そんなことを言う二人に代わって、レティシアは討伐へ行った。
異母妹に来た要請、婚約者に来た要請、自分に来た要請を受けていれば、それは地方へ行くことが多くなる。
シュタープ魔法学園の研究院生なので研究もあり、研究のためのダンジョンにも行かないとならない。
忙しくて大変だったが、わがままだけどかわいい異母妹と、頼りないけどかわいい弟のような婚約者のために、なんとか時間をやり繰りしてこなしていたのだ。
遠征で知り合った騎士が、家族のためだと思って魔物討伐の遠征に出て、しばらく家に帰れなかった間に妻に浮気をされたと言っていた。これがそれか。
(な、なんてことなの…………。お姉ちゃん悲しいわ――――!!)
年を追うごとにとげとげしくなっていく二人を、反抗期だと思っていた。
思春期で照れくさいのだと、当たると評判の占い師“北町の母”も言っていたのに。
優しく見守っていればそのうち……というのは見当違いだったらしい。
というか、青天の霹靂ではあったけれども、言ってくれれば話し合いに応じる。なのに、なぜ、魔牢?
「……あの、ね? 二人の言いたいことはわかったわ。でも、おうちのことでもあるし、わたくしたちだけでは決められないこともあるわよね? だからとりあえずこの魔牢を……」
魔牢は大きな犯罪を起こした魔法使いを拘束するためのもので、使うには陛下と裁定院の許可がいるほど大掛かりな魔法なのだ。
ストーリッシュがきちんと手続きを経て使っているようには見えない。
そういえば、ストーリッシュが親しくしていた友人たちの中に、宮廷警護団の副団長の息子がいた。
そこから手を回してもらい、私用で使ったのではないだろうか。
「なんだその見下したような言葉は! お前のそういう態度が気に入らなかったんだ! いつもいつも王族である俺を馬鹿にして! 不敬だ!!」
「そうよ! 子ども扱いして、自分が正しいように見せかけるのが本当に得意よね! とにかくお姉さまは邪魔なの!」
二人はぎゃんぎゃんと騒ぎ立てる。
レティシアはそれでも、不当に魔牢を使ったと二人が罰を受けることが心配だった。
「わたくしは逃げたりしないから、この魔牢をやめてほしいの。これはそんな簡単に使っていい魔法じゃないのよ」
焦りながら説得しているところへ、新たな登場人物が現れた。
豪華な扇子で口元を隠しながら現れたのは、マルティーヌ・リラ・ヒラピッヒ。この国の第二子であり第一王女で、大騒ぎしている第二王子の姉になる。
レティシアとは同じ年で、魔法学園のクラスメイトだった。
学生時代も派手だった彼女は、今日も弟と同じ赤毛を豪華に巻いてたらしている。そしてそのとなりには芸術家風の超絶美形を侍らせていた。
「――――ふふふ。ごきげんよう、レティシア。光り輝いて素敵な格好だこと」
「……ありがとうございます。ストーリッシュ殿下が用意してくださったのですわ。マルティーヌ王女殿下こそ、今宵もお美し――――」
「いやみに決まっているじゃないの!!」
「あら……そうでしたの?」
「アンタ変わってなくて本当に頭にくるわね!!」
たいがいこの幼なじみは、勝手に怒っては機嫌が悪くなるのだ。
だが、今日は扇子の向こうで笑ったようだった。
「――――まぁいいわ。それで、レティシアは逃げないけれども魔法攻撃はするのよね? だから、魔牢はキャンセルできなくてよ?」
「ま、魔法攻撃などいたしま――」
「まぁ怖い! 当代一との呼び声高い魔法使いが、王宮で王族に向かって魔法攻撃だなんて!! 脅迫、いえ反逆罪だわ!」
「お待ちになってください! 反逆なんてしませんわ!」
「さぁストーリッシュ、早くこの魔法陣を! 王家に伝わる特別な魔法陣よ」
「わかった、姉上」
マルティーヌが差し出した魔法書らしき本を、ストーリッシュは受け取って短杖を構える。
その横でローズが意地の悪そうな笑顔を隠しもせずに立っていた。
「お姉さま、牢に閉じ込められてみじめね~。いい気味!」
「ふふ、本当にね。その魔法陣はね、すごく効き目があるのよ。特になまいきな者に効くの。永遠にお別れできるわ……楽しみね」
マルティーヌの目がにんまりと細められた。
レティシアは背筋がぞくりとした。
ここまでは異母妹と婚約者という身内のすることだからと、甘く見ていた。
だが、マルティーヌの様子を見ると危機感が募る。本気で逃げることを考えないとならないかもしれない。
魔牢は、捕まえておく者の魔力以上の魔力で拘束しないとならない。
それを振りほどくというのなら、さらにその上の、今現在魔力を込めている宮廷警護団の魔法使いたちを、凌駕するほどの魔力がいるということ。
力 対 力。
さらに、ストーリッシュが描いている魔法陣の方もなんとかしないといけない。
絶体絶命とはこのことだ。
身構えるレティシアに、嫌らしい笑顔が三つ向けられた。
完成した魔法陣が光り輝き、ストーリッシュの短杖の先がレティシアを指す。
「――――[永遠の牢]!!」
襲い来る魔法の光。
レティシアはありったけの魔力を魔牢へ叩きつけた。
[魔力反――転――――――…………
(杖もないし、さすがに無理よ――――――――……!)
ひっくり返せない膨大な魔力に抵抗したまま、レティシアは暗闇へと飲み込まれていった。
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