第70話 圭子おおおおおおおおおおお!!

「……直之、だな?」

「えっと、その、俺名前を教えた覚えはないんですけど……」

「俺の顔を見た時の反応でもう、隠すのは諦めた。この前のデートは無理を言ってしまったみたいで……ごめんなさい」


 高めの男性の声から、裏声が強めになった女性の声に。

 そうやられると元々使っていた声になんとかなくその雰囲気があったような気もする。

 女性にしてはカッコ良い系だなと思ってたけど、まさか男性だったなんて……今思えば束縛する癖にホテルに行くのは嫌がるし、お家デートもしてくれなかったなぁ。


「圭子……じゃないんだな?」

「うん。ごめんなさい。直之。探索者をしているってのは聞いていたけど、まさかあのお店で働いているなんて……」


 ぐぐう……。

 いやここまできてのぞみを持っちゃいかけないのは十分理解してたけど、本人の口から利くとダメージが、ダメージがああああ!!


「社、社長? その話し方は一体――」

「黙れ。今お前と話をしていない」


 社長? ああこの人が『橘フーズ』の社長ね。へぇ……って俺の彼女なんですけどね! いや正確には彼女じゃないんですけどね!


「その、黙ってた事は本当にごめんなさい。でも、俺、私はあなたの事が本当に好きで……こんな私でも許して、くれないかな?」

「いや、あのその、えっと、ごめん。ちょっと考えさせてもらわないと俺駄目かもしれない。なんか頭痛が……」

「頭痛!? 大丈夫? ――おい鈴木! 一旦戻って頭痛薬買ってこい!」

「え? でも――」

「こんな簡単な事も出来ないとは……減給も検討――」

「わ、わわわわ分かりました! 直ぐに買ってきます!」


 わー本当に社長なのかよ、圭子。


「待ってて、今お薬持ってきてくれるから……」

「あ、ああ。ありがとう。でもいいのか? 『橘フーズ』の社長なんだろ? 本当は俺を倒してイベントの中止をさせたいんじゃ……」

「直之に攻撃なんて出来る訳ない! 私にとって仕事なんかより直之が大切なの!」

「じゃあここで俺が別れたいって言ったらどうなるの?」

「毎日ちゃんと連絡しないと別れるとか、女性の知り合いの名前を報告しないと別れるとか、買ったり借りるAVの種類が私の指定したものから外れたら別れるとか、あれは本心じゃないの! 本当は別れたくない! 別れたくないの! だからそんな話はしないで!」


 さっきまで凛々しかったのに、泣きじゃくりだしちゃったよ。

 ああ。これ俺の知ってる圭子だわ。

 こうなると、俺にはこの男性が女性にしか見えないのが不思議だよ。


「俺もまだ圭子への気持ちは無くなってない。ただ、圭子が俺を裏切って攻撃して来たり、店の邪魔しようとするなら心変わりするかもな」

「絶対しない!約束する!待ってて弟にも焼肉森本に干渉しないように連絡するから!」


 圭子こと圭一社長は俺の軽い脅しに即答すると、早速スマホを取り出して副社長に連絡し始めた。


 こんな簡単な事なら最初から……あ、でもこれの所為で俺の恋愛事情がとんでもない状態で固まってしまったのでは?

 後から別れようなんて言えるはずないし……。はぁ、男同士の夜かぁ。今日はBL本でも買って帰ろ。


「……ごめんなさい。今出られない状態みたいで。絶対邪魔しないって約束するから弟のところに行って直に今回の件は諦めるように言ってく――」



「がああああああああああああああああああああああっ!!」



 まさかの展開に天を仰いでいると、背後の階段から何かがとんでもない速さで飛び出して来たみたいだ。

 階段通路の壁が破壊されたのか、ガラガラといった音も混じってたな。


「はははははは、でっけー。あれちょっとヤバイな……。でもなんでだろう、緊張感も危機感も全然湧いて来ないのは」

「あれはやっとの思いで殺したドラゴン! 下の階でスポーンしてたのね! 引っ付いてるのはうちの社員と、コボルト? とにかくこのままじゃまずいわね……直之、危ないから逃げ――」

「あははははははははははははははははははははははっ!! こういう時は暴れてやるしかないんだよなあっ! あははは! ……うっうううう、くそったれがあああああああ!!!」

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