第51話 汚っっ!!

 ドラゴンの鋭い角は頬を掠り傷を作る。

 突進を受け止めた事で全身に衝撃が走り、指を鳴らした時と同じ音がそこら中から聞こえた。


 ドラゴンの顔面を受け止めた両手は掌の皮が剥けているのかひりつき、火照る様に熱い。


「おおっ! この攻撃素手で受け止めるなんておじさんのレベルはもしかして俺より――」

「……10ですけどなにか?」

「10? ……あははははははっ! どうなってんのそれ!?」


 男性は俺のレベルがツボに入ったのか馬鹿みたいに笑い転げる。


 今まで驚かれはしたけど……この人ツボ浅すぎんか?


「あはは、レベル10でもその強さ……なら本気出しても大丈夫そうだね。おいっ! そのおじさんに特大のやつ喰らわしてやって!」

「ぐあ……」

「――お前、この距離でマジかよ」


 男性に意識をとられていると、今度はドラゴンがその大きな口をパカッと開いた。


 すると俺の【ファイアボール】と同じ様に口の中で光が集まり次第に膨れてゆく。


「ドラゴンといえば炎の息っわけか……。でも、そう易々と喰らってやるわけにはいかないんだよっ!こちとら大事な大事な髪の毛を死なすわけにはいかないから、なっ!」


 俺は地面を思い切り足裏全体で蹴ると跳ね上がった膝をドラゴンの顎にぶつけた。


「痛っ!」

「ぐあっ……!」


 顎に当たった膝は鱗で皮が剥けて血が流れる。

 切り傷になったっていうのも痛みの原因だけど、それ以上にドラゴンの顎が異常に硬いのが効いた。


 痛みでいうと角に小指をぶつけたくらい……間違いなく激痛だ。


「――ぐごおおおおおおおおおおおおおおおっ!」

「うわっ! あっち!」


 顎に膝をぶつけられてドラゴンはそのまま顔を天井に向かって跳ね上げられ、口から溜めていた火を解き放った。


 火は天井を焦がし、辺りに火の粉を撒き散らす。


 最悪な事にその火の粉が俺の頭に……燃え上がらなかったけどこれ絶対ハゲ出来ちゃったじゃん。


「こいつっ!」


 俺は火を吐き終わったドラゴンをこれでもかってくらい殴ってやった。


 鱗のせいで皮はずる剥け、祭りの大太鼓を叩き終わった後みたいになってしまった。

 しかし、俺以上にドラゴンはダメージを負い、牙は折れ翼はボロボロ、鱗も剥がれてその辺に飛び散っている。HPも残りは僅か。


 どうする? 殺してしまうか?

 テイムモンスターといってもモンスターはモンスター情けは掛けなくてもいい。


 ドラゴンの強さを思い知った今、どんなに時間が経とうとも新しくドラゴンを倒しにいく気は更々ない。

 だったらせめてここでこいつを倒して、生涯最初で最後のドラゴンの肉パーティーを開催しよ――


「本当に強いねおじさん。まさか『幼体のドラゴン』が手も足も出ないなんて」


 弱ったドラゴンを一思いに殺してしまおうと考えていると、いつの間にか背後から声が。


 この声はさっきの男性のもの。


 まさか知らない間に後ろをとられるなんて……この人どんだけ強いんだよ。


「くっ!」

「あっ! そんなに身構えなくていいよ。もうこいつは手に入れたから。テイムして……これで最下層の宝箱にコカトリスの発生装置も追加されたかな。……それでおじさんの話しに乗って上げるのは止めておくよ。協力関係なんて面倒だから。ただ……おじさんの事はまた今度スカウトに行かせてもらうからね」


 そう言うと男性は腰に下げていた剣を思い切り地面に刺した。


 そして切っ先から突風が巻き起こると、その周りの土が高く舞い、大きな穴が作られた。


 男性はそこに気絶したコカトリスを放り込み、アイテム欄から何かを取り出す。


『毒液危険:コカトリスに溶かされたくない人は近づかないでください』


 男性が取り出したのは太めの黒いマジックと白い看板。

 マジックで看板に書くその文字はやけに綺麗だ。


 ……にしてもなんか見たことのある気がする看板と字体だな。


「よし。そんでここに……おーいちょっとこっち来てくれ!」

「があ」


 男性が呼び掛けるとドラゴンは必死にその穴に近づく。


「俺が命令するまでこの穴の上でコカトリスを見張っててくれ。テイムはしたけどコカトリスは毒液を吐くからね。人で言うところの排泄物、つまりは尿や糞みたいなもの。万が一穴の外までそれを飛ばしてきたらお前が身をもって飛び散るのを防いでくれ」

「がぁ」

「あと、勝手に俺のモンスターを持ち去ろうとする人がいたら優しく追い払うように」

「がぁ」


 男性はそれを俺の顔を見ながら命令した。


 大分警戒されてるな。


「俺だってわざわざ怪我するって分かってて無茶はしな――」

「ん? おじさんどうしたのさ?」

「今毒液は尿とか糞って……」

「そうだよ。毒っていう前にあれメチャクチャばっちいから」

「う、う゛ぉ゛ええ゛ぇぇぇ!!」

「え? えっ? ええ? あのえっと、水いる?」

「いどぅうううううっ!!」


 俺は男性からペットボトルを受けとるとしばらく吐いては口をゆすぐ吐いては口をゆすぐを繰り返すのだった。

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