第25話 コボルトにじゅるり
「「「……」」」
「えっと、それじゃあ早速今後についてお話をさせてもらってもいいでしょうか? まずはこれからコボルトの素材とゴブリンの目を販売していこうと考えている企業のリストなんですが」
なんでこの人この空気感で平然としてんの?
コボはこっそり部屋に戻ったし、小鳥遊君もここにいるのがしんどそうで失せに戻ったてのに。
ほら店長ですら景さんの様子をちらちら窺って……反抗期の娘にビビる父親みたいになってるんだけど。
折角カスタムしたこの部屋には触れるどころじゃなくなってるな。
「お、俺は夕方もダンジョンに行こうと思うから、話はもう店長に――」
――ぎゅっ。
俺が席を立とうとすると、服の裾を景さんが掴んだ。
顔を俺に向ける事はないけど、絶対にここから逃がさないっていう強い意志を感じる。
店長も俺が逃げようとしたのを見抜いてとんでもない形相で睨んでくるし……
「宮下さんの言っていたコボルトとゴブリンの生産状況と効率、それに集まっている素材の数を見たいので、ダンジョンに行くのはもう少し後にしてもらってもいいですか?」
「一ノ瀬さんの言う事もそうだけど、『一番』の知り合いがこの場を離れるのは良くないと思うよ」
「……はい」
景さんと一ノ瀬さんの言葉で俺は逃げる事が不可能になった。
女性のとんでもない連携プレー……そんなつもりがあったわけじゃないのは分かるけど、こいつは強烈だ。
「それで、もし肉が過剰にとれるようであれば企業への販売以外にも肉を通販や店頭で――」
「あの、提案は有難いんですけど、そこまで店の人間ではない方が口を出すというのはどうなんでしょう? 一ノ瀬さんにはお勤め先があるんですよね?」
「辞めてきました」
「「「えっ?」」」
あまりにもあっさりとした声と内容が合わな過ぎて、俺達はつい驚きの声を漏らした。
「辞めたって……大丈夫なんですか? ここでこんな事をするよりも次の就職先を――」
「私は今日、この時を『面接』だと思っています。だからこの資料も私が勤める事になった後の計画です」
景さんが問いかけると、すんとした表情で一ノ瀬さんは答えた。
なんというか俺が初めて会ったときの雰囲気とは違って、キャリアウーマンって感じだ。
「いや、まぁこんな店の為にこんな事をしてくれようっていうんだから、そういった事もあるのかなとは思っていたが……会社の方は本当に良かったのかい?」
「心配には及びません店長さん。あそこは私のしたい事はさせてもらえない上にダンジョンに行けの命令ばっかり。自分の目的と合わな過ぎていて、焼肉森本の話を、宮下さんと出会っていなくても結局は辞めていたと思います」
「そういった心配もそうだけど、生活費の方は?」
「私、これでも節約は得意です」
探索者だから蓄えはありますじゃないところが、上手いな。
自分の娘より歳下の女性がこんな事言ってたら店長が断る訳ないじゃん。
「そ、そうなのかい?」
「雇っていただければ、今の何倍も資本を増やせる自信があります。店長の懐に入るお金も、他の方々、自分の給料だって今まで以上に……お願いします! 私の心配をして下さるのなら、利益を上げたいのなら、どうか一ノ瀬雅を雇ってください」
一ノ瀬さんは手に持っていた資料を一旦手放すと、頭を下げてお願いしてみせた。
変わった人だけど、自分の目的の為なら手段を問わないという姿勢が見られる。
こういうハングリー精神は今の焼肉森本に足りていない所かも。
俺も今より店を繁盛させて成り上がらせたいとは思ってるけど、今の現状に若干満足感を覚えてきてたから、一ノ瀬さんのような人は良いカンフル剤になるかもしれない。
……。考えればそれって店長や景さんにとってもそれは言える事か。
一時のお客さんがほぼ0みたいな状況からお客さんが絶えない状況に急になればしょうがない事かもだけど。
「分かった。というよりそうなったら迷わず雇おうと思っていた。正直君みたいな仕事が出来る人間はここにいないからな」
「うん。よろしく、一ノ瀬さん」
「ありがとうございます! ちなみになんですけど、このリストとか今後の計画を書いた紙は雇ってもらう為に適当に書いたものじゃなくて、本当に実現させる予定なので、安心してください」
温かい空気が流れ始めた。
景さんも一ノ瀬さんが仲間となる事を受け入れて、表情が若干緩んでいるように見える。
はぁ、一時はどうなるかと思ったよ。
「じゃあこのアプリとか、配送も可能なの?」
「はい! アプリはちょっと時間が掛かるかもですけど、配送なんて在庫があれば直ぐですよ」
「在庫……宮下君、ちょっと素材とお肉の在庫を一ノ瀬さんに見せてあげれる?」
「勿論です」
「じゃ、じゃあお願いなんですけど、コボルトとゴブリンの素材を手に入れる様子も……」
「大丈夫ですよ。じゃあ先にそっちからお見せしましょうか。おーいコボっ! 今肉の収穫行けるか?」
俺が大声を奥の部屋まで響かせるとコボが慌てて駆け寄ってきた。
こういう姿は犬に見えるんだけどなあ。
「準備出来てます!」
「よし! じゃあ早速養殖場へ……って一ノ瀬さん?」
「しゃ、しゃべるコボルト……はぁはぁはぁ、中、中身はどうなってるの? ど、どんな素材が取れて、その毛皮の質は――」
じゅるりと涎を垂らす一ノ瀬さん。
この人もしかして……。
「す、すいません! 私、モンスターの素材や剥製、後は解体とかにつよぉおい興味があって……今までも結構な数を開いてきたんです。昔から人の体を見て自分の体と比較、時には他人に比較の手伝いをしてもらって研究したり……いやぁ生物の体は最高の研究素材なんですよね」
比較の手伝いについては怖くて聞けないけど、つまりはあれだ、見られ慣れてて、他人やモンスター身体、素材を見るのが好きなただの生物オタク。
「それにしてもここちょっと暑いですね。よいしょっ――」
「あ! 一ノ瀬さん下着がっ!」
「温度下げるからちょっと待ってて!!」
急に脱ぎだそうとする一ノ瀬さんを景さんが止めて、俺が急いで温度を下げる。
そして、店長は……
「そういや、冷暖房機なんていつ……うわっ! これコンロ付のテーブル? それに奥のは厨房か!? 席もかなりあるぞ、おいっ!!」
今更カスタムされた部屋に驚いて見せるのだった。
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