第23話 肉とビールは火照っちゃうから仕方ないよね

「客として来る分には早くてもいいよね……」


 宮下要さんに会ったその日、私一ノ瀬雅は焼肉森本の暖簾を潜っていた。


 仕事が定時で上がれたからついつい来ちゃったけど……こんなに混んでるなんて思いもしなかった。


 ざわざわと賑わう店内、外には何組か待っているお客さんもいて絶賛大繁盛中。

 焼き肉屋だけど、私みたいに一人のお客さんも多くて年齢層は高め。


 居酒屋に近い雰囲気で軽く一杯飲んで帰るみたいな人も案外多いのかも。


「コボルトの肉……珍しいものを出す焼肉屋さんか。えーっとまずは、すいません注文お願いします」

「はい! ご注文お伺いいたします」

「生の大ジョッキと豆腐サラダ、コボルトのホルモン3種盛とタン1人前をお願いします」

「はいかしこまりましたっ!」


 若い男性店員は注文を聞くと元気よく返事をして下がっていった。


 あの顔、何か見た事がある気が……。

 そういえばあっちの人も……。

 んーどこでだっけ……ああもやもやする。


 私は店員になんだか見覚えがある気がして、スマホで検索履歴をスクロールさせた。


『今週の探索者紹介。期待のCランクルーキーとCランクのエース』


 これだ。

 自社のホームページで探索者特集の記事を掲載している大手企業『佐藤ジャーキー』。

 先月は自分のところの社員を2人取り上げていて……まさか、2人とも辞めてこの焼き肉屋で働いていたなんて。


 探索者業はもうしていないのかな?


「はい、お待たせしました! 生の大と豆腐サラダです!」

「ありがとうございます」


 さっきから私の席に来てくれているこっちの男性が期待のルーキー細江直之であっちにいるのが、小鳥遊誠か。

 

 素材の取引をする際重要なのは信用。

 特にコンスタントに素材を提供出する、それが出来る環境にあるというのがそれを得る為の早道。


 だから素材集めの効率は勿論、信用を得る為にランクの高い、もしくは名の知れた探索者はその信用を得る為のいい道具になる。


 SNS上でバズったとはいえ、宮下さんの知名度とランクじゃちょっと厳しいところもあったから、この2人を餌に取引出来るのは嬉しい。


 なんかもう今からここの仲間として働くのが楽しみかも。

 提供してるものを見る感じ、コボルトの素材も触れそうだし……。


「ふふふ。じゃあ、お疲れ私。――ぷはぁっ」


 仕事の事は一旦置いて取り敢えず、ビールを一口。


 キンキンに冷えたビールが疲れた体に染みるぅ。

 上司と一緒に食事をすると気を使ってあんまり飲めないから、こうして周りを気にせず思いっきり飲む酒は格別に旨い!

 

 女性だって生の大ジョッキ位簡単に空ける時代よっ!


「さて、次は豆腐サラダ」


 何の変哲もない豆腐にレタスと水菜と刻みのり。

 茶色いのはカリカリベーコン?

 それにしてはちょっと色が違う気がするけど、肉である事は間違いなさそう。

 ドレッシングには……匂いからするにごま油とニンニクを使ってるみたい。


 明日は休みだし、今日はニンニクも気にせず飲み食いしてやるかぁ。

 

「いただきます。――んんぅ、美味しい」


 カリカリとしているのは、ベーコンとは違う乾燥させたお肉。

 細切りだけど、肉々しさが残っていてこれをおかずにご飯が食べれそう。

 

 サラダにこのお肉はちょっと重めかなって思ったけど、レタスやこのニンニクの効いたドレッシングと合わせると、むしろ食欲が増す! ビールも進む!


「お待たせしました! タンとコボルトのホルモン3種盛です!」

「ありがとうございます。じゃあ追加で生ビール大ジョッキをもう1つ。そうだ、この豆腐サラダに乗っていたのって何か聞いてもいいですか?」

「ああ、それもコボルトの肉ですよ! 今は全品コボルト【RR】の肉の提供をしていて、このホルモンもタンもコボルト【RR】の肉なんです! 上等な肉にはビールもいいですけど米も最高ですよ!」

「そうなんですか? じゃあライス大とカルビも――」

「それもいいんですけど、今日から新メニューでコボルト【RR】の焼きおにぎりクッパっていうのを始めましてですね。お試し価格ってことでお安めなんですけど、いかがですか?」


 ビールでお腹も膨れそうだし、さらさらっと食べれる方が締めとしては確かにいいかもしれない。


 あんまり焼き肉屋さんでそういった創作物は頼まないんだけど、安いならそれもありかな。


「じゃあそれをお願いします」

「かしこまりました!」


 店員が戻ってい苦のを見送ると、次はタンに手をかける。


 サラダに乗っていたお肉からして、このタンもおいしそう。

 厚切りで、表面に格子状の飾り包丁が入れられているのが見た目的にもそそる。


「――そろそろかな」


 しっかりと火を入れて、備え付けのレモンだれで1口。

 もきゅもきゅと弾力のあるタンだけど、ちょっとだけ強めに噛むとさっくりと噛み切る感触が気持ちいい。

 

 臭みは無くて、あっさりとしながら旨味は強い。

 これもビールに合う。


「これはホルモンも楽しみ」


 一緒に焼いていたホルモン、ハツは備え付けの塩だれで焼き過ぎずコリコリとした触感を味わい、マルチョウはこれでもかってくらい脂と元々味付けに使われている味噌だれが混ざってマイルドに、レバーは生食でも食べられるからあぶる程度のレアでとろける触感。


「全部クセがあまりなくて……くっはぁ! ビールが美味しい。……ちょっと暑くなってきたかも」


 私は着ていたシャツのボタンをいくつか外して、裾を捲って食べ進める。


 いやぁ、これは繁盛するよ。

 コボルトの肉がこんなに美味しいなんて。しかもリーズナブルだし。


「――お待たせしました! 焼きおにぎりクッパで――」

「ありがとうございます」


 きたきたきた!

 テーブルに置いただけで香ばしさが鼻を突き抜け――


「あ、あのお客様ボタンはその、締めた方がいいかと……」


 さっきの……細江君じゃなくて女の子の店員さん。


 もしかして、私の服装を気に掛けてくれてるのかな。

 確かにちょっと谷間見えちゃってるけど……


「私あんまり気にしないので大丈夫です! ほら下着も見えてませんし。まぁ見えても気にしないんですけどね! はははっ」

「そ、そうですか。ではごゆっくり」

「はーい!」


 やば、ちょっと楽しくなってきちゃった。

 ちょっと飲み過ぎたかも。


 でも後は締めだけだからいいよね。


「それではまず普通に……。んーっ! 米とたれと脂が絡んで美味しい! それじゃあスープに浸して」


 焼きおにぎりをスープに浸して馴染ませる。


 淡泊に見えたスープにたれの茶色とコボルトの多めの脂が浮く。


 スプーンでそれを掬うと、脂がで照明余計に照って宝石みたい。


「うーん、美味しい! これなら何杯でも食べれるかも」


 スープが女性にはくどいと感じるかもしれない脂を中和して、食べやすくしてくれる。

 おこげの香ばしさとスープに浸してるからなのか強調された脂の甘味、それにふわふわの卵が調和されて……これは間違いなく至福の一杯。


「暑……。もうちょっとはだけても大丈夫大丈――」

「だいじょばないですっ! もっと空調効かせるので、服をはだけさせるのはそこまでにして下さーいっ!」


 あー、流石にブラ丸見えはまずかったかも。

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