夏休みと女の矛盾

26

あの日以来、関わってはいけない女には会っていない。何の謎も解けないまま、季節は夏になった。入学したてのあの頃より、幾分か交友関係は広がったが、もっぱら好んで一緒にいるのは寮室の3人だった。共に過ごす時間が長かったからか、それぞれがどんな人間か見えてきた。すっかりイメージが変わってしまった人もいれば、全く変わらずそのままの人もいる。

桔花たちは時間の許す限り、とにかくたくさんのことを話した。家族のこと、友人のこと、楽しかった思い出。苦しくて辛い話は、示し合わせたように出てこなかった。

些細なことで笑い、古くからの友のように冗談を言い合った。




「そういえば、もう少しで夏休みだね」


その日の夜も、4人は中央テーブルに集まっていた。繁夏が用意した紅茶を飲みながら、桔花と知里は明日提出の課題を、鳴見は部屋の模様替えをしているところだった。彼女のスペースにあった古城のポスターが、夜空に輝くオリオン座のポスターに替わった。夏を意識したセレクトだろうか。桔花は密かに、不定期でやってくる鳴見の模様替えタイムを楽しみにしていた。大きく家具を動かしたりしない彼女は、ぬいぐるみの並び順を入れ替えたり、枕カバーの色を替えたりと、まるで間違い探しの問題みたいなことをする。難易度は日によって違う。今回は簡単だった。


「夏休みですね。それと、ポスター替えました?」

「きーちゃん、カンニングしてたでしょ。白々しく言わないの。てことで、今のはノーカン。私の勝ち!」


負けず嫌いの鳴見は、いつもなんだかんだと理由をつけて、負けを認めてくれない。


「ところで、課題は? 終わったの?」


そのことを指摘しようとすると、こんな風に話を逸らす。繁夏とは違って、しょうもないズルさを持った人なのだ。


「ラスト1問です」

「おお、早いね。流石、学年1位様は違うわ」

「そのいじり、やめて下さい」

「なんでよ。褒めてるのにぃ」


彼女はお手製ぬいぐるみを両手に、桔花の前の席に座る。


「本当、つれない子」


右手に握られたウサギの頭が、ヘッドバンギングするように激しく揺れる。


「お姉様の言う通りですわっ! 褒め言葉を素直に受け取れないなんて、可愛くない!」


今度は左手にあるシロクマの腕が、あらぬ方向に曲った。鳴見が力任せに動かすから、関節やらを無視した体勢になってしまっている。彼女が人形劇のボランティアをしたいと言ったら、全力で止めようと桔花は思った。遊びにきた子どもたちに、トラウマを植えつけるわけにはいかない。


「……何か言いたげだね」

「…………いえ。それより、休憩しませんか? 知里、ペン置いて。繁夏さんも本閉じてもらって」


集中していた2人の肩から、ふっと力が抜ける。やりたいこと、やらなきゃいけないことから離れて、息抜きすることも大切だ。

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